第一章 63 龍くんの定期的な頼み事
地下のフロアは1階とは違い、少し落ち着いた雰囲気だった。
観客はステージで歌っているパフォーマーに合わせ、リズムを取りながら体を動かしたり、盛り上がったタイミングで歓声や拍手を送ったりと健全なライブといった様子である。
俺は今別府さんの後ろを付いていき、龍くんが控えているバックヤードに通してもらった。
俺と春乃の姿を認めると、龍くんは椅子に座ったまま手を上げた。
「よう。来たか」
「うっす」
「後ろにいるのが春乃ちゃん?」
「あ、はじめまして」
「よろしく。七海から噂は聞いてるよ」
龍くんは春乃に手を差し出した。
春乃はそれをぽかーんとしばし眺めていたが、意図に気づいて握手を交わす。
「今別府さんもボディーガードありがとうございます」
「おう…………まぁちょっと守り切れたとは言い難いがな」
「何かあったのか?」
「…………いえ、何もありませんでしたよ」
不思議そうに俺を見る龍くんに真実を教える。
あれはそう、悪い夢だったのだ。
ならいいけどと言いながら煙草を咥える龍くん。
俺達に空いてるレザーベンチを指差しながら、座ればと勧めてくれた。
龍くんに従って丁度腰を下ろしたところに湊さんがいつものTシャツGパン姿で出入り口から俺達の方へやってきた。
「オッスー!どうだい?楽しんでるかーい!」
「いや、全然」
「ありゃりゃ…………ん?ん?もしかして……七海の隣に座っているのが春乃ちゃんかな?」
「はい。千枝春乃です」
「うぉぉぉおおお!!予想以上の美少女!」
湊さんはテンション爆上がりの様子で春乃の前にスタタと歩み寄り、手をギュッと包みこんだ。
「私は湊!よろしくね!」
「よ、よろしくお願いします」
湊さんのテンションに若干目を白黒させながら何回も頷く春乃。
ケラケラと笑いながら春乃の隣に座って、湊さんはマシンガントークで質問を飛ばし始めた。
「龍くんの出番はいつなんですか?」
「次の次」
隣がうるさかったので二人から距離を取り、龍くんの右斜め前に立つ。
今別府さんはひとまず依頼完了かと、恐らく癖であろう首に手を当てながらコキコキ骨を鳴らした。
「ここのフロアならビタ付きしなくても大丈夫だろ。端の方で全体見とくから何かあったら呼んでくれや」
「ありがとうございます。助かりました」
今別府さんは片手を上げながら持ち場に戻っていった。
「わざわざありがとうございました」
「気にすんな。上はサイケイベントで変な奴が多いし。帰りの時も今別府さんに声かければ入り口まで送ってくれるからよ」
「助かります」
龍くんは煙草を揉み消しながら、そういえばと口を開く。
「さっきメアリが挨拶に来たけど、あいつお前んとこの高校に行ったんだな」
「そうなんすよね。あ、メアリがよろしく伝えといてくれって言ってました」
「いや遅ぇよ」
龍くんは笑いながら腕を組んだ。
「一つ頼み事があるんだけど」
「頼み事?」
「あぁ。メアリのことさ、気にかけといてくんねーか」
龍くんはシリアスな空気を醸し出し、俺を見つめる。
「……いいですけど、また何で」
「詳しくは言えないが、あいつが今つるんでるグループ、あんまりよろしくねーんだわ。その内俺達とぶつかるかもしれないし」
「龍くんとぶつかるかもしれないグループ……」
敵対出来るくらいに不良の数が多く、龍くん達とやり方が違う集団。
少し不穏な話だ。
「ある話をされて、その内容が俺には手伝えない頼みでな。断ったらあのバカ、碌でもねー奴等と結託し始めてよ。責任を感じなくもねーから、いざって時にはどうにかしてやりたいと思ってな」
「そうなんすね。あいつがピンチになったら知らせればいいってことっすか?」
「その前段階を嗅ぎ取って報告頼むわ」
「……おけっす」
「龍さん、湊さんそろそろ準備お願いしまーす!!」
龍くんの頼み事に頷くと同時に、運営スタッフらしき人が急いだ様子で龍くんと湊さんに声をかけた。
「じゃ、ライブ楽しんでけよ」
「春乃ちゃん、私の歌聞いてってねー!」
俺と春乃はその言葉に頷いて二人を見送った。
「湊さん、すごく元気な人だねー」
「元気過ぎてたまにウザいけどな」
「そんなこと言っちゃだめだよー」
俺は春乃の手を引いて、龍くん達のステージがよく見える位置に行こうと、会場の中央に陣取った。




