第一章 58 犬猿の仲
「しかし君はいつ見ても不貞腐れているような面構えで、本当にそそるよねぇ」
メアリは俺との距離を詰め、耳元で囁く。
そこはかとないシャボンの香りが鼻腔をくすぐった。
「どう?学校なんてサボって一緒にホテルへ行こうじゃないか」
俺の太腿に手を這わせながら、耳たぶを甘噛みしてくる。
「な、なにしてるの!!?」
春乃は驚きのあまり声を荒げ、メアリと俺の間に入って強引に引き剥がした。
「……邪魔をしないでくれるかい?」
「きゅ、急に寄ってきてわたしの彼氏に何するの!!」
「……彼氏?」
春乃をつま先から頭のてっぺんまで舐めるように確認し、視線を向ける。
俺は彼女の春乃だとメアリに伝えた。
「ふぅん。みこ以外に新しく彼女が出来たんだ。おめでとう」
「わかったのなら七海くんに近づかないで。ましてや、ほ、ホテルに誘うなんて……ありえないよ!!」
「何故僕が君の頼みなんざ聞かないといけないんだい?彼女がいようがいなかろうが、僕は寝たい相手と寝るだけさ」
「な、何を言って……っ!」
不敵に微笑むメアリを、戸惑いと怒りで半分涙目になりながら睨みつけている春乃。
俺はちょっと修羅場っぽいなと思った。
「下品な声が聞こえると思って来てみれば、思った通り、一人称が僕とかいう、クソ痛な厨二病ビッチがいるじゃない」
「……あれれ?七海に全く相手にされないくせにしつこく付き纏っている哀れなどクズストーカーの声が聞こえるなぁ」
いつの間にか教室に戻ってきた紗希。
返し刀のメアリの言葉に、青筋がピクピク動いていた。
「あら?性欲でしか物事を考えられない売女には私と七海の崇高な関係を理解できないようね。まぁ、煩悩で脳が破壊されている貴方には仕方ないことなのでしょうけど」
「ハァ。学力テストで僕に負けている変質者がよく頭の出来について言及できるよね。やっぱり客観的に周りを見れない愚か者は反省が出来ない分、妄執に囚われやすいとは本当のことのようだ」
「たまたま2回だけ、それも数点上回ったテストでいつまでも勝ち誇り続けるってよっぽど惨めよね。他のテストでは私が何回も上回っていたことを忘れたのかしら?それに貴方、かなり臭いわよ。鼻が曲がりそうな臭い香水を振り撒いて、男に媚びへつらう様は目も当てられないわねぇ」
「僕が気分じゃなくて回答を埋めずに帰宅したテストの点数で勝ったと思い込んでたんだ!あーごめんごめん!勘違いさせちゃったね。でも、それならそう思ってた方が幸せだろうし、構わないよ!僕は君と違って人の幸せを願える人間だからね。ちなみによくダサい奴が香水を臭い臭いって騒ぎ立てる現象はなんだろうね?オシャレのオの字も知らないストーカー君、よかったらその理由を教えてくれないかなぁ?」
「……ふぅ。やっぱりビッチを人間扱いして会話することは時間の無駄ね。前みたいに血だるまにしてやった方が早いかしら」
「あれー?血だるまになったのは君の方だったと思うけど?ま、やるなら来なよ。二度と立てないようにしてやるからさ」
一触即発。ガンを飛ばし合いながらジリジリと間合いを詰める両者。
キャットファイトを見たいような気もしたが、ここで暴れられると俺にまで被害が飛んできそうである。
二人の恐ろしさに足がブルブル震えながらも俺に近づかせないよう前に立っていた春乃の肩を優しく叩いて、脇によせた。
睨み合う紗希とメアリの間に入ってドードーと仲裁に入る。
「お前らさ、殴り合うのはいいけど学校ではやめろよ。やるんならその辺の路地裏とか人気のないとこでやれ」
「七海、悪いけど下がっててくれるかしら?この害虫を駆除しないと貴方にまで迷惑をかけられてしまうわ」
「僕の心配をしてくれるのは嬉しいけど下がっててもらえるかい?金輪際、ストーカー被害に悩まないようにしてあげるからさ」
「そういうのいいから。ほら紗希。お前はとりあえず下がれ、メアリもなんか用があったんだろ?それ済ましてさっさと帰れ。昼休み、もう終わるぞ」
「いやここでこの害虫を……」
「紗希」
「………わかったわよ。覚えてなさい害虫。いつか表を歩けないようにしてやるから」
「やれやれ。出来ない奴に限ってビックマウスなんだよなぁ」
射殺さんばかりにメアリを睨みつける紗希だったが、深呼吸を一つして、自分の席へと戻っていった。
「ほれ、お前もくだらないチャチャ入れないではよ用件を言え」
「……はいはい」
興がそがれたと言った風に嘆息すると、ポーチから煙草を取り出して口に咥えたメアリ。
ライターで煙草に火をつけようとしたところで、そういえば教室だったねと思い出し、ちぇっと舌打ちしながら煙草をケースに戻した。
「明日の土曜日のイベント、七海も来るんだよね?龍さんから聞いてさ」
「まぁ」
「それなら話が早い。七海、明日のイベントは僕に付き合ってよ」
「付き合う?」
「久しぶりに七海と二人っきりでお酒を酌み交わしたいと思ってさ。会場が知り合いの系列で、VIPルームに案内するからさ」
「酒ねぇ……」
正直喜んで飲むほど酒を美味しいと感じない俺にとってはあまり魅力的ではない誘いだが、こいつが今何をやっているのか好奇心として気になる部分もある。
ウーンと悩んでいると、春乃が俺を横から抱きしめ、毅然とした態度で
「ぜ、絶対にだめ!七海くんをアナタと二人っきりになんてさせないんだから」
と言った。
「君には聞いていないよ。それで七海。返事は?」
「うーん、そんなに長くいるつもりもないしなぁ。お前と話したい気もするけど、また別の日にしてくれ」
メアリは俺の返答に落ち込んだ様子はなく、さっぱりした態度で仕方ないねっとため息をついた。
「ま、別の機会でもいいか。イベント中に少しは話せるだろうし、君の顔を久しぶりに確認出来たことだしね……それじゃあ、龍さんによろしく伝えておいておくれ」
メアリは春乃を一瞥し、挑発的な笑みを飛ばして教室を出ていった。
きっとあのまま学校から帰るのだろうが、一体全体出席日数やら何やらはどうなっているのだろうか。
春乃は鬼気迫る勢いで、明日は絶対わたしから離れちゃ駄目だからねと念を押してくるのに生返事をして流す。
遠巻きに騒ぎをみていた亮が近づいてくると
「お前の周りにいるやつって、基本ヤバい奴しかいないのな」
と言ってきたので
「な?俺って可哀想だろ?」
と同情を引いてみた。
亮は苦笑いしていた。
ちなみに、亮を明日のイベントに誘ってみたがあのやり取りを見てドン引きしていたのか、流石にゴメンと断られて、ションボリ落ち込んだのだった。




