第一章56 プライバシーが無いって今更かぁ
「七海くん起きて」
揺さぶられ、目を擦りながら体を起こすと春乃が制服姿で立っている。
いつの間にか寝入っていたようで外は暗くなっていた。
「……おはよ」
「ふふ、おはよ」
春乃はもうご飯用意出来てるよーと言いながら部屋を出ていく。
俺は覚醒しきっていない意識ながらに、春乃がいることを疑問に思ったが、昨日と同様に紗希が招いたのだろうと思い至った。
前々から思っていたけど、うちにはプライベートがないのだろうか。
もはや拡張家族のスタートラインに立っているような気さえする。
洗面所で顔を洗ってリビングに入ると、数枚の大皿に盛られた肉や野菜、ホットプレートがテーブルを占拠していて、焼肉のタレやレモンが数種類卓上に置かれていた。
俺はその光景に唾液が溢れ、ゴクリと喉が鳴った。
「美味さしか感じねぇぞぉ」
「まだ食べてないでしょうが」
紗希は苦笑しながらホットプレートの電源を入れる。
「今日は紗希ちゃんだけじゃなくて、準備をわたしも手伝ったんだよー」
「最近料理を始めたと言っていたけど、春乃は筋がいいわ。一回教えればすぐに理解してくれるしね」
「紗希ちゃんの教え方が良いからだよー」
ニコニコとお互い仲良く微笑んで、一見すれば気の置けない関係にみえるくらいの二人。
俺は信じられないものを見た心地で、そのやりとりを思わず凝視した。
「七海くん、すごい大口開けてるー」
「目が点になるとはこのことね」
「……いや、予想外過ぎるテンションだったもんでな」
小皿にレモンと焼肉のタレを準備しながら、クスクス笑っている二人に釈明する。
「昨日も今日も紗希ちゃんとお昼ご飯を一緒に食べてたんだけど、いっぱい七海くんの昔話を教えてもらって」
「彼女だから興味があるだろうと思ってね」
「中学生の頃、バレンタインのチョコを友達が全部勝手に食べちゃった話とか凄く面白かったよー」
「そんなこともあったな」
プレゼントされたチョコを一纏めに置いておいたら、丸がそれをパクって全部食い散らかしたことを思い出す。
俺としては食い切れる気がしなかったのでありがたかったが。
「あの豚もたまには廃棄物処理係として役に立つということを証明した瞬間だったわ」
「丸の窃盗はひとまず置いておくとして、プレゼントのチョコを廃棄物っていうお前の感覚は直していった方がいいぞ」
相変わらず失礼な紗希を窘めて、肉を焼き始める。
ジューという肉を焼く音。
食欲をそそる香ばしい匂いが鼻腔を満たした。
「それにね」
春乃は首につけていた革紐のネックレスを取り、満面の笑みで俺に掲げた。
春乃が首飾りをしているなんて意外だなと思いながら飾りの部分を見ると、それは鍵の形状をしていた。
「……家の鍵か?」
首飾り用に加工されたものではなく、本物の鍵である。
「そうだよー!七海くんのおうちの」
「あぁ俺んちの鍵か。どうりで見覚えのある形だなって……………ん?」
俺の家の鍵?
「紗希ちゃんが作ってくれたんだー」
俺は紗希に視線を勢いよく飛ばした。
「大丈夫。お父様にはちゃんと許可を頂いたわ。七海の彼女が私と半分ずつでお世話するって言ったら快諾してくれたわよ。なんなら涙声で喜んでいたくらいだし」
俺は女というだけで激甘になる旧型親父に心底呆れた。
「これでいつでも七海くんに会いにいけるね」
頬を赤く染めながら心底嬉しそうに蕩けた笑顔をしている。
「お、おう」
俺はもうどうでもいいかと、諦めることにした。
焼き上がったカルビを食べるも、先程までの喜びは微塵も顔を出さない。
脂が滴る肉は妙に重く、ジューという肉を焼く音は無味乾燥に感じた。
仲睦まじげに食べ進めながら談笑している紗希と春乃を見て、少し予想外だったなぁと思わずボヤく。
自業自得とはいえ、願わくば春乃が紗希2世にならないことを祈って、焼けたピーマンを口に運んだのだった。




