第一章52 体調悪い時のたまご粥最高
「てか、家鍵かかってなかったん?」
当たり前のように俺の部屋にいる春乃。
紗希が戸締まりを忘れたのかと疑問に思った。
「んーん。紗希さんに家の鍵を開けてもらったの」
「なるほどな……紗希はそのまま帰ったのか?」
「うん。わたしがいれば大丈夫でしょって」
「ほう」
大人しく春乃に譲って帰宅するとは、あいつも成長したようだ。
「七海くん、汗がすごいから着替えた方がいいと思う」
びっしょりと濡れているTシャツを見て春乃がそう言った。
「確かに」
「ちょっと待ってて。体拭くもの用意してくるよー」
春乃は洗面所から桶と濡れタオルを準備して俺の横に陣取った。
「サンキュ。タオル貸して」
「……病人は安静にしてなきゃ駄目なんだよ」
「?」
「わ、わたしが拭いてあげるね!」
茹蛸みたいに顔を真っ赤にしながらタオルを構えている。
俺は言葉に甘えてTシャツを脱いで背中を春乃に向けた。
春乃は少し顔を背けたが一拍おいて息を飲むと、温かく湿ったタオルを背中に当てて、優しく体を拭い始める。
他人に体を拭いてもらうのは久しぶりだなと心地よさに目を細めた。
「ど、どうかなー?痛くない?」
「んにゃ、むしろ気持ちいい」
「よ、よかったー」
背中は全体的に拭いてもらえたので、俺は声をかけて春乃の手を止めた。
「次は前を頼む」
「う、うん……」
春乃の方を向くと、タオルを両手で握りしめながら視線を逸らして俯く姿が目に入る。
視点は定まってないままぐるぐると目が回っていた。
「どうした?早く拭いてくれないと寒いよ?」
「そ、そ、そうだよね。風邪が悪化したらダメだよね」
俺と視線を合わせないように体を拭くことに集中する春乃。
おっかなびっくりな様子に悪戯心が顔を出し、春乃の肩に手を乗せ、耳元に吐息をふきかけた。
「ひ、ひゃん!!」
「……ププ……アハハハハ!」
変な声を上げながら驚いた猫みたいに飛び退いて尻もちをついた。
「な、な、七海くん!!!」
「プクク……春乃、ビックリしすぎ」
「……もー!」
照れと怒りと喜びがないまぜになった表情で、実に愉快な顔をしている。
俺はごめんごめんと言いながら感謝を述べて新しいTシャツを着た。
「春乃のおかげで大分風邪がよくなった気がするよ、ありがとう」
「……そんなこと言っても許してあげないんだから」
臍を曲げてしまいましたよとアピールしている春乃。
俺は風邪を引いてるからなと、口ではなくおでこにキスをする。
「これで許してくれるかな?」
「……ずるいよー」
オデコをおさえて恨めしげに俺を見ながら立ち上がる。
「七海くん、少しはご飯食べれそう?」
「あー軽いものなら」
「ん、わかったー」
春乃は桶とタオルを持って階段を降りていく。
数十分後、物音が収まるとたまご粥を土鍋に乗せて春乃が戻ってきた。
「おー!美味そう」
「ちょっと薄味かもしれないけど……」
「むしろありがてぇ!」
お椀にお粥を盛ってレンゲと一緒に俺へ差し出す春乃。
少し懲りたのか、春乃が食べさせてはくれないようである。
俺は湯気立つお粥を冷ましつつ口に運んだ。
優しい味に食欲が呼び起こされる。
「ねぇ、七海くん」
「ほぉあ?」
「昨日ね」
「んぐ?」
「塩見さんとデートの約束をしたってほんとぉ?」
春乃の熱を孕んだ口調に俺はお粥を飲み込んだ。




