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ヤンデレの時代は終わりだ!!!  作者: 松岡由樹
第一章 千枝春乃
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第一章 51 風邪

朝、ベッドから起き上がると体が重く、頭痛がした。

激しい悪寒に倦怠感がつきまとい、喉もイガイガしている。


俺は体温計を薬箱から取って脇に刺すと、ピピと音が鳴った。

38.2度、久しぶりに風邪を引いたようだ。


怠い体を引きずって1階に降りると、棚から学校の電話番号が記載してあるプリントを引っ張り出し、病欠の連絡をする。

併せて紗希に風邪を引いたから休むとLINEをして冷蔵庫を開けた。


風邪の時に冷えた飲み物は体に悪いような気もしたが、異常な渇きに抗えず、ペットボトルに入ったミネラルウォータをコップに注いで飲み干す。

水が喉を通る時、ズキズキと痛みを訴えていた。


必要な連絡を終わらせると、俺はまた這うように階段を上って自室に戻り、流し終えていたプレイリストを再生させてベッドへ横になる。


激しい曲は頭痛を誘発させそうだったので、女性ジャズシンガーのアルバムを流した。


お気に入りの歌声に少し体が楽になった心地でウトウトしていると、階段を上がる足音が聞こえた。


「風邪の時くらい音楽を消しなさいよ」


紗希はビニール袋を下げて、呆れた表情で部屋に入ってきた。


「俺の心はいつも音楽と一緒なのだ……」


「なるほど、熱せん妄というやつね。初めて見たわ」


「そこまで変なこと……言ってないだろ」


机の上にビニール袋を置いた。

中から水を持ってヘッドボードに置き、鞄から風邪薬も取り出して俺に手渡す。


「これ飲んで」


「うい、サンキュー」


俺は紗希が用意した風邪薬を水で流すとベッドに横たわった。


「ビニール袋の中にウィーダーゼリーが入ってるから、寝て起きた後にでも飲みなさいな」


「あざ」


「じゃあ私は学校に行くから、ちゃんと安静にしているのよ?」


「……学校間に合うのか?」


「別に少し遅刻するくらいなんてことないわよ」


紗希はちゃんと寝てなさいねと念押しをして部屋を出ていく。


俺は横になったまま紗希を見送ると瞼を閉じた。


柔らかく、温かみの中に枯れたニュアンスの入った歌声にジャズピアノの旋律が郷愁を誘い、幼い時の胸を締め付けられるような行き場のない母を求める気持ちを思い出させた。


小学生の頃、丸とみこと紗希と遊んでいた。

夕方になってみんな家に帰ったが、俺だけは父のいない空虚な家に帰るのはなんとなく気が乗らなかったので、ブランコを一人漕いでいた。


公園には誰もいない。

夕日は沈みかけている。

母はもう迎えに来ない。


口笛をピューピュー鳴らして、ブランコの勢いに乗ってジャンプした。

柵を越えて着地のポーズを決めて辺りを見回した。


砂場もジャングルジムも滑り台も、そして雲ひとつない夕暮れの空も、全てが遠く、何処までも自分から離れていって叫びたいような気持ちになる。


「あああああああアーーーーーーー!!!!」


叫び声が聞こえない。

きっと発したはずなのに、ここは真空で何も伝わらないのではないか。

俺の叫びは確かに存在したはずなのに、それは結局のところ無いということ、それと同じことではないのだろうか。


俺は不安を振り切るように大声で学校で習った通りゃんせを歌う。


「とぉーりゃんせーとぉりゃんせー」


「ここはどこのほそみちじゃ〜」


俺は自分の歌声に合わせた声に驚いて後ろを振り返った。

そこには帰ったはずのみこが笑いながら立っている。


「ーーーくん」


「みこ」


「ーーーみくん」


「みこ……」


「ーーーなみくん」


「みこ!!!」


布団を跳ね除けて起き上がると、キャッと声を上げて飛び退く人の気配がした。


寝汗で布団はびっしょりと濡れていて、動悸も早く、息が切れている。


俺は深呼吸して周りを見渡すると、時計が16時を指しているのを確認した。

どうやら気付かぬ間に深く寝入っていたらしい。


「び、ビックリしたよ……」


「……あれ、春乃?」


「七海くん体調どう?お見舞いに来たらうなされてたから起こしちゃったんだけど……」


春乃はすまなさそうに言葉尻が小さくなって、そう弁明していた。


「あ、いやありがとう。あんまいい夢じゃなかったからよかったわ」


「ううん。それならよかったよー」


春乃は椅子を引いて腰を下ろした。

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