第一章 5 ノイズは憂鬱の特効薬
丸は椅子に浅く座りながら、両手を肘掛けに置いて大股を広げている。
俺はここまでダラシなく座ろうと思えることに驚愕した。
「さっきの話しなんだけどよ、俺も新しい女引っかけるのは賛成やわ」
「あー反対ではないんだな」
「俺が言ってたのは紗希のことだからな。みこのことをさっさと吹っ切って、ウジウジすんのやめた方がええぞ」
「まあなぁ……」
「あいつはアイドルになるとか言って、お前と夢を比べて、夢を選んだんだからよ、そんなやつのことはさっさと忘れろや」
「…………」
「あいつは夢に向かってよろしくやってるのに、残された方がウジウジしてんの、かなりミジメだろ。それどころかインポにまでなっちゃって……なんかさすがに可哀想に思えてきたぞ」
「ぐぅ…………」
丸は冷蔵庫からビールを取り出し、俺の前に置く。俺はなんだかシラフでいるのが馬鹿らしくなり、そのビールを受け取って、勢いよく呷った。
「な?ぐぅの音しか出ないだろ?こうなったらよ、可愛い女にどんどん声かけて、ハーレムでも作ってみろよ。お前イケメンなんだしな」
「ハーレムは興味ねぇけど、新しい恋、探してみるのもありかもなぁ…………」
「おうおう!その意気じゃ!今日は夜まで飲み明かして明日の入学式での作戦かい………………あ?」
丸のスマホが鳴った。小刻みに揺れるスマホの画面を覗くと露骨に表情を歪め、電話に出る。
「んだよクソアマ。これから盛り上がるところだったのに………………あ?帰れ?なんでてめぇの指図を受けなきゃ……………なんでその話知ってんだ?え、協力してやる?……………しゃーねぇな!!!!帰ればいいんだろ!帰れば!その代わり今の話が嘘だったら今後一切容赦しねぇからな!!」
怒声と共にスマホをテーブルに放り投げた。
「狙いすましたように電話しやがって……おめぇのストーカーがうるせぇから今日は帰るわ」
「ん」
「冷蔵庫に入ってるビールと食ってねーピザはお前にやるわ。飲まねーなら親父さんにでもあげろや」
「さんきゅ」
「あー呑みたりねぇ」
丸は冷蔵庫から酒を1缶取り出して、首を左右に揺らしながら帰っていった。
俺は散らかったリビングを掃除し、朝方に帰宅するであろう父さんに向けて、『ピザ、マルから』とメモを残して2階の自室に戻った。
スマホをオーディオに接続して音楽を流す。
ランダム再生で流れてきたのはパンクバンドのDogDish。通称DDとファンの中で親しまれている40年前に流行ったバンドだ。
今人気の鬱系ロックの鼻祖的な扱いを受けていて、ノイズの海の中から熱狂的なパーカッションと調子の外れた高音の歌声が混ざり合い、グルーヴで肉体を縛りつけながら頭をトバしてくれるお気に入りのバンドの一つだ。
俺は少し体が重いような気がして、ベッドに横たわってみる。
そう、それまでに感じなかった、いや、忘れていた憂鬱が襲ってくる。
人と会っているのはいい。気が紛れて、自分が一人じゃないような気がするから。
いつからだろうか。黒い靄が眉間に漂い、魂が吸い取られていくような錯覚を覚え始めたのは。
みこにフラレた時からだろうか。いや、その前からのような気がする。
俺はみこのことが好きだったはずで、みこと一緒にいるだけで満たされていたような気がしていたのだ。
スピーカーから流れる爆音のノイズが、俺を優しく撫でるような気がした。
俺はみこと一緒にいたかったのだろうか?そもそもみこを必要としていたのだろうか。
もしかしたら、俺は、みこを、必要としておらず、俺は、みこを、介して、その後にある…………それがもし本当なら一生俺は……………。
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