第一章 4 丸は純愛が好きっ
「てか、インポって性欲が全くわかないもんなのか?」
丸は換気扇の下に移動して煙草を咥えた。
「あーそうかもしれん。前まではエロいなーって思ってたものを見ても何も感じなくなって、それが卒業してからずっと続いてたんだけど……………エロ感じるどころか、全然チンコ元気にならなくね?って気付いてさ」
「卒業……みこにフラレた時からね」
「バチくそ泣きじゃくってたもんなぁお前…………フフッ」
「うっせ」
ピザの先端を一口はみ、思案げにもぐもぐしている紗希。二口目でピザの半分を食べ終えると考えが纏まったのか、俺をじっと見つめてくる。
「心の病は得てして原因と治療法が表裏一体であることが多いの」
「うん」
「だから、七海。新しい恋を探すべきね」
「…………ハァ?」
薄ら笑いを浮かべていた丸の表情がこわばった。
「何?あなたにしては随分まともな面をしているわね」
「いや、は?それはお前と七海が付き合ってみるってことか?」
「違うわよ。明日から高校へ行くんだから、そこで新しい恋愛でも探してみれば、という話」
「だよな?え、お前マジで言ってんの?」
「七海の悩みに対してふざける訳ないじゃない」
「あのよ、この際だからハッキリ聞くけど、俺の勘違いじゃなければお前、七海のこと好きなんだよな?」
「ええ、好きよ」
丸は殆ど灰になりかけの煙草を揉み消し、苛立った表情で壁に寄りかかる。
「てことは、好きな男にわざわざ新しい女を見つけろって言ってんだよな?お前、メチャクチャなこと言ってる自覚あんのか?」
「……ふっ。まさかあなたに常識を問われるとは思ってもみなかったわ」
「っち。七海も黙ってないでなんか言えや。お前告白されてんだぞ」
「いや、紗希が俺のことを好きなのは直接聞いてるけど、付き合うつもりはないって、もう言ってるし」
「あぁん?……え、何?どういうこと?告白断られてるのに普通に過ごしてんのお前ら?」
「普通にっていうか。まぁそうかな」
「そうね。特に変わったことはないわ」
「…………あー、まぁ別に何でもいいんだけどよ。それってただ逃げてるだけじゃねぇの?関係崩すの怖いからチキって保留にしてるだけだろ。クソダサじゃん」
それはなんという表情か。昔、紗希に借りた本の中で、男娼に囲まれながら絶望に酔いしれている悪女へ白痴の男が愛を語る場面。感情の許容を超えて、癲癇の発作を目前にした一瞬の忘我的な表情を、白痴の男は天使が通ったと表現していた。
紗希のえも言えぬ、笑いとも怒りとも悲しみとも取れぬ表情に、その肖像が過ぎ去った。
「豚。あなたは愛について考えたことがある?」
「おう。俺は純愛派だ」
「そう。あなた如きの考えで純愛なんぞ、金輪際ほざかないことね。反吐が出るわ」
「……んだと、このくそアマァ!!」
「おーいマル。流石に酔い過ぎ。お前の言うことも分かるけどあんま人の事情に感情を剥き出しにすんなって」
「は?関係ねぇよ。俺は気にいらねぇことがあったらトコトン…………」
「はいはい。分かったから。お前が引かないのはよく知ってるから。ブレーキ置いてきてるんだもんな?」
「おう。俺はブレーキなしのF1カーだ」
「ふん、そのままクラッシュして、爆死すればいいのに」
「おあぁああん!??」
「あーはいはい。紗希も、もう煽るなって」
「…………分かったわ」
取り皿に残っていた、チーズが固まりかけのピザを一口で放り込み、席を立つ。
「七海。明日から学校なの忘れちゃダメよ。間違ってもそこの豚に付き合ってお酒なんか飲まないように」
「おけおけ」
「また明日の朝迎えにいくから」
「うい」
「へん!ご苦労なこって!」
紗希は丸に中指を立てた後、じゃあねと俺に手を振り玄関を出ていたった。
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