第一章 33 カクテル勉強中
自宅に帰り、私服に着替えてから紗希と合流してバイト先へ向かった。
九龍に出勤するといつも通り、掃除等の雑務をこなして開店準備を終える。
紗希は俺の働く姿を可笑しそうに眺めていた。
「んじゃ準備も終わったことだし、お前に特製カクテルをご馳走してしんぜよう」
お手並み拝見ねといいながら紗希は不適な笑みを浮かべる。
俺は最近教えてもらったノンアルのカシスオレンジを作ろうとカウンター内で必要なものを揃えた。
モナンのカシスシロップと真っ二つに切ったオレンジ。
絞り器にワイングラスとスペアミントをカウンターに広げる。
「へぇ、結構本格的なのね」
「だろ?龍くんから学んだのじゃよ」
「ふーん、ちゃんと仕事はしているのね」
俺はワイングラスに氷を入れると、カシスシロップを30ml入れ、マドラーでかき混ぜる。
それから絞り器で果汁を出したオレンジジュースを半分くらい注いで、持ち上げるようにかき混ぜながらカシスシロップと果汁をしっかりと馴染ませた。
仕上げに残った果汁を注ぎ、スペアミントと輪切りにしたオレンジを添えて完成である。
「ほれ、ノンアルカシスオレンジ」
「ありがとう、戴くわ」
紗希はグラスを傾けて一口飲むと、目を丸くしながら口元を押さえた。
「甘酸っぱくて美味しい……」
「だろだろ。俺も龍くんに作ってもらって飲んだんだけど、美味すぎてビックリしたわ」
「ジュースってこんなに美味しくなるものなのね」
紗希は二口目を味わいながらしみじみ呟いた。
俺はしてやったりと満足感に浸っていると、湊さんがおっはよー!と言いながら扉を勢いよく開け、カウンターに座っている紗希を見つけると凄い速度で抱きついた。
「いやーん、かわい子ちゃんおるやん!!」
「お久しぶりです」
頬擦りしている湊さんを気にもせず、にこやかに答える紗希。
何故か湊さんには物腰が柔らかいので、こいつの人に対する判断基準が全く分からない。
「久しぶり!高校になって一段と美人さんになってない?」
「ふふ、そんなことないですよ」
「あぁ……その笑みは反則」
オーバーリアクション気味に手の甲を額に当てながら天井を見上げる湊さん。
鬱陶しいので黙らせる為にビールをお出しする。
アル中の湊さんは即座にテンションを切り替えてビールを呷った。
「いやぁ、早めに来て正解だったわ。むしろ紗希ちゃんがいるならもっと早く来ればよかったぜ……」
「私も湊さんに会えて嬉しいです」
「ん〜〜〜!!このこのぉ!嬉しいこと言ってくれちゃってぇ!」
デュクシデュクシと紗希の脇腹をつつきながらガハハと笑っている。
紗希は和やな表情であはは、やめてくださいと一オクターブ高い声を出していた。
湊さんに限らず、このテンションで普段から周りに接することは出来ないものかと毎回思う。
「学校はどう?たのし?」
「いえ、楽しいというほどでは。でも中学の時よりはマシです」
「そかそか〜」
湊さんは紗希の頭をわしゃわしゃ撫でる。
髪の毛を乱されるのは嫌ではないのかと思ったが、紗希は満更でもないようだった。
「紗希、なんかあったら突っ走る前に私に言いなよ?何かある前に絶対に止めてあげるから」
「ありがとうございます。絶対に相談しませんね」
「えへへ、分かればいいんだよぉ〜」
「いや、めっちゃ拒絶されてたやん」
俺は思わずツッコミを入れるが、二人は何かが通じ合っているのだろうお互い頷き合い、俺の存在を無視して二人の世界に入っていった。
今日という日ほど龍くんを恋しく思ったことはないが、結局上がりの時間まで、龍くんも客も来なかった。
俺はほろ酔い気味の湊さんに挨拶をして、紗希と一緒に帰路につく。
「今日はありがとう」
紗希は満足したようで声色も上機嫌だった。
「おう」
「買い物、また付き合ってね」
「暇だったらな」
少し前を歩く紗希がこちらを振り返って
「強制よ」
そう妖艶に微笑んだ。




