第一章 32 紗希のちょい過去バナ
「そういえば昨日、春乃となんか話してたけど何喋ってたん?」
俺は二人で教室を出ていったことを思い出し、紗希の様子を伺った。
「あぁ、別に大したことじゃないわ」
事もなげにそっぽを向いて答える紗希。絶対に嘘である。
「んなわきゃねーだろ。自分が今まで仕出かしてきたことを思い返してみ?」
「……私なにかやったかしら?」
口笛でも吹きそうなとぼけた横顔に張り手をくらわしたくなった。
「お前、みこ以外で俺に近づいてくる女に悉く因縁をつけてただろうが……」
影で何をしていたか殆ど知らないが、友好的に話しかけてくる女の子は時間が経つと俺を避けるようになり、更には紗希を見る目が恐怖で染まっているのだ。
ごく稀にそれをものともしないで俺に関わってくれる女の子、例えばうちの学校に在学していることが分かった村田メアリなど、根気よく接してくれるやつもいたが、そのタイプは例外なく紗希と血で血を争う対立関係にまで発展していた。
その中でも痛み分けで終わったのは記憶する限り、メアリ一人だけだったはずだ。
そしてたまに男友達にすら噛み付くことがあったのだから、もはや狂犬である。
しかし、みこと俺が付き合うようになってからはパタリと狂犬ムーヴを封印した紗希だったが、フラれてしまった今、過去の紗希に戻っているのではないかと若干懸念していた。
一例ではあるが、俺にちょっかいをかけた女の子を監禁。
ボイスレコーダーに録音した〝近づくな〟という何処ぞのオッサンのねっとりした肉声を目隠し拘束の上、大音量のヘッドフォンから聞かせ続けて、女の子が泣き喚いてもやめず、涙が涸れ果てるまで脳に刻み込んだという、ちょっとした拷問が判明した時は震えたものだ。
なんでこいつはシャバにいるんだろうかと、たまに思わないでもない。
そんな紗希がぽわっとしている春乃を呼び出したので、何をかましていたのか気になっていたのだった。
「因縁なんて失礼ね。お願いをして回ってただけよ。七海に近づかないでねって」
「その発言のクレイジーさにいい加減気付こうな」
「あら、あなたのお父様に頼まれていることだからその資格があるのよ、私は」
「解釈間違えてんぞ」
「そんなことないわよ」
紗希は嬉しそうに笑った。
「……んで、春乃には何の話をしたん?」
「別に。七海の為に千枝春乃さんにも頑張ってもらうようお願いしただけよ」
「…‥頑張ってもらう?」
「それは彼女の行動をみて、七海が感じてあげればいいのよ」
紗希は冷めたコーヒーを飲み干すと伝票を持って立ち上がった。
「そろそろバイトの時間でしょ?私も今日は客として一緒に行くわ」
俺は釈然としない気持ちで席を後にした。
会計は紗希が払い、代わりに九龍のお代は俺が持つことになった。
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