第一章 31 とはいえ紗希のオススメする本はオモロい
書店の中はかなり狭い。
背の高い本棚が店内を仕切るように並列しており、大人が半身になってギリギリすれ違える通路が唯一のスペースだ。
本棚には文庫本や単行本、箱本などがビッチリと陳列され、パッと見、日本文学と海外文学でジャンル分けされているようであった。
平時の紗希はどこか高慢な印象を与え、美人なところも相まって近寄り難い雰囲気を放っているが、目をキラキラさせて本を手に取っている様は年相応の可愛らしさを醸している。
今日はコンタクトではなく眼鏡をかけていて、たまにズレる眼鏡を調整しながら文字を追い、垂れてくる髪の毛を耳にかけてはページをめくっていく。
俺は紗希の隣に並んで、手慰みに単行本を開き、ページをパラパラと流す。
奥付けの見開き左上に、鉛筆で¥500と書かれていて、存外安いなと思った。
細い通路を行ったり来たりしている紗希を店外で待つこと数十分、会計を終えたホクホク顔の紗希が店から出てきた。
「探してた本はあったの?」
「ええ。この店に全部あったわ」
「ラッキーじゃん」
「本当にね。これであと3軒くらい廻れば十分よ」
俺は紗希の言葉に絶望して肩を落とした。
「……マジで言ってるん?」
「フフ。嘘よ、いつものところでお茶にしましょう」
「よかったぁ……」
俺は心底安堵して、この街に来ると必ず寄っていく喫茶店へ向かった。
その喫茶店は山小屋のような外観に古材などを生かしたウッド調の内装で、業界人もお忍びで通っているらしい有名な喫茶店のようだ。
中学生の時に初めて訪れ、紗希一押しの作家が通っているという理由で行ってみることになったのがきっかけである。
紗希にしては珍しく、無邪気にはしゃぐミーハーな姿が面白くて、お前もお洒落な雰囲気とか好きなんだなぁと弄ったところ、かなり不機嫌になってしまったことが懐かしい。
店の雰囲気もさることながらコーヒーの味も格別だ。
いい豆を使っているはずの自宅で作るコーヒーより、何倍も美味しく感じるのだから技術というものは偉大である。
俺と紗希は頼んだホットコーヒーをすすり、一息ついた。
「この本面白いわよ」
紗希は鞄から文庫本を取り出し俺に渡してくる。
「眠れる美女。川端康成か」
「ええ。これで特殊性癖にでも目覚めて元気になるといいわね」
「……特殊性癖に目覚めるってどういうことよ」
俺は手渡された文庫本の裏に書かれているあらすじを読んでみると、男でなくなった老人が眠らされた裸形の若い娘の傍らで一夜を過ごす物語らしい。
「いやいやいや気の使い方が狂ってるだろお前」
「問題解決の為には手段を選ばないタイプなの、私」
真面目な表情で俺を見つめる紗希に呆れ、開いた口が塞がらない。
「焦点はそこじゃねぇんだわ……てかお前ちょっとディスってるだろ」
「もしこれで反応があれば…‥少し怖いけど、睡眠薬を飲んで私……一糸纏わぬ姿で七海の傍ら、一夜を過ごすわ」
「決死の覚悟を固めているところすまんが、仮に俺が何かに目覚めたとしてもお前には頼まないし、なんなら睡眠薬を持っている事実を聞かされた俺の方が怖いんだけど」
「照れなくても大丈夫よ。もし助けが必要ならいつでも声をかけなさいね」
「だめだな、こりゃ」
俺は相変わらず本気なのか冗談なのか判断に困る紗希の戯言を無視することに。
しかしそれはそれとして、なかなかに面白そうな本なので一応感謝を述べて鞄にしまったのだった。




