第一章 30 埋め合わせとは時間を捧げること
英語と公民の授業をこなしてHRを終えると紗希がツカツカと歩み寄ってきた。
「七海、前に言ったこと覚えているわね」
「前に言ったこと?」
紗希は嘆息しながらLINEの画面を見せてくる。
俺はその文面を読むと、紗希のハンバーグを催促しながらも龍くんに呼ばれた為に予定をぶっちしてしまった日。
それについて埋め合わせをすると謝りながらご機嫌を伺う内容が、スタンプ交じりで載っていた。
俺は嫌がらせのような青椒肉絲を完食したこと、それも2皿も完食したことで相殺されたと思っていたが、どうやらそうではないらしい。
「おーそれで?」
「今日がその埋め合わせの日よ。古書店廻るから付き合って」
「えー……今日?」
「そうよ。明日は休日だからストックを補充しておくのよ」
「まぁ約束は約束だからなぁ……」
俺はしぶしぶ荷物を纏めて紗希の後に続く。
「……七海くん、また明日」
ベッドフォンを装着し、ブレザーのポケットに片手を入れながらバイバイと手を振る春乃。
俺は明日の行く時間、後で連絡するわーと、聞こえているのかいないのか、気にせずそう伝えて紗希を追った。
俺達は最寄り駅から電車で揺られること数十分、制服のまま巷で有名な古書店街に降り立った。
紗希の読書欲は古今東西あれもこれもと手を伸ばしていて、歴史や文化について記された箱本を手に取っていたかと思えば大判の美術書を漁り、古典文学を読んでいるかと目を離せば四十八手が記された猥本を読んでいるといったような超乱読家なのである。
正直そんなやつとの古書店巡りなんぞ、興味のない側からしてみると苦痛でしかない。
なんなら雑貨屋とか服屋を巡っていた方が遥かに楽しいのだが、紗希はその手のものにほとんど興味がないようだ。
俺はそれを踏まえ、一緒に廻る時はひとつのジャンルに絞ってさっさと買い物を終わらすように言っているのだが、それでも2.3時間はゆうにかかるので勘弁してほしいというのが本音だ。
俺はそんな紗希を基準にして、この街にはお前のような読書好きがウヨウヨしているのかと思うとマジでヤバいなと言ったことがあった。
しかしそれを聞いた紗希は
「逆よ。精読ができないから濫読しているのよ。専門家はわざわざ時間をかけてこんなところへ頻繁に来ないわ。来るとしても目当ての稀覯本が入荷した時だけよ」
と、まるで恥じるかのようにそう自戒する姿をみてますます意味が分からなくなり、オタクのこだわりってやばいんだなぁという気持ちになったものだ。
車内で今日のお目当てを聞くと、どうやら文学系の書物を物色するようで、予算の都合上前回購入できなかった批評家の本と仏文学の何かがお目当てらしい。
紗希の大好きな文豪を新視点で取り上げたバフチンという評論家と毒舌で有名らしいサント=ブーヴという評論家の本を発見した喜びについて滔々と語っていたのだった。
そんなテンションの紗希は、古書店の立ち並ぶ大通りに出るや俺を置いて一目散に書店へ入っていく。
俺はその後に続いてかび臭い、しかしどことなく落ち着くような匂いのする店内へ入っていった。




