第一章 11 ハンバーグ
「七海、何飲む?」
「あー……コーラで」
「あいよー」
サムズアップをしながらカウンターに入って、瓶コーラと冷えたグラスを俺の前に置いた。
「寿司も用意してるからたらふく食いねー」
「マジっすか。あざす」
龍くんはボックス席で騒いでいる人達に向かって手を上げると、その内の一人が寿司桶を持ってこちらにやってきた。
醤油皿や何やらのセッティングを終えると、押忍と龍くんに頭を下げ、イカツイその人は戻っていった。
「お前さー、なんか部活とか入るつもりなん?」
「いや、今のとこは何も考えてないっすねー」
「そんなら学校終わった後は、暇ってことだよな?」
「まぁ……そうですけど」
「そしたらお前、夜、うちで働けよ」
満面の笑みで見つめてくる龍くん。食べていた寿司が喉に引っかかった。
「いや、勉強とかあるし……」
「客いない時は適当に勉強してていいよ」
「…………いきなり休んじゃいますよ、俺」
「ずっと来なかったらお前んちに行くけど、先に連絡くれれば別にかまわねーよ?」
「………破格の条件っすね。そんなに俺に働いて欲しいんですか?」
「そゆこと」
俺は龍くんをジッと見るが、表情は変わらずニコニコしている。
特にやることもないが、微妙に気が進まないのでどうしようか考えあぐねていると、いきなり脳天に衝撃が走った。
驚いて後ろを振り向くと、湊さんがウハハと腰に手を当て、仁王立ちしていた。
「よ!久しぶり!」
「お久しぶりです。あと、いきなり叩かないで下さい」
ごめんごめんと笑いながら俺の隣に腰を下ろす。
湊さんは龍くんに、私も箸をよこせーと言いながら寿司桶を覗き込んで、どれを食べるか思案していた。
龍くんは肩をすくめ、ビールと箸を持ってくる。
「へいへーい、さんきゅー」
湊さんはご満悦な様子でビールを飲みながら寿司を食べ始めた。
「ほれー、ほういへばばふわー?」
「食べながら喋らないでください」
「ほお?…………あれ、丸は?今日、龍と対戦したんでしょ?」
「あいつならもう帰りましたよ」
「えー!!!久しぶりにあいつのツルツル頭をペシペシしたかったのに〜……………龍?あんたやりすぎてないよね?」
朗らかな表情から一転、龍くんをジッと睨みつける。
「さぁ?どうだろうな?」
「あいつなら大丈夫ですよ」
「…………………ハァ。ま、私がどーこー言えた問題じゃないんだろうけどさ」
呆れたように溜息をつくと、ビールを流し込んだ。
「そいや湊。今月から七海はうちで働くことになったから」
「おー!!マジか!!ウェルカム……ウェルカムだよ!!」
「え、あの、いや……」
「もうさ、ずーっと龍と二人でいんの飽きてたからさ。新しい風が入ることにわたしゃー感謝よ!」
「それ、彼氏の前で言うか普通……」
「うっせー!!倦怠期は倦怠期なんだから仕方ねぇー!若人が入って空気の換気、サイコー!!!」
湊さんはグラスを前に掲げて一気に飲む。
俺は愛想笑いをしながらそうっすね…………と答えて龍くんをチラリと見た。
まるで計画通りと言わんばかりに悪どい笑みをこぼしている。
俺は自分がNOと言えない日本人であることに悲しんだ。
それからしばらくして、明日学校があるからと挨拶をして帰路についた。
龍くんと湊さんは相変わらず仲が良いのか悪いのか、夫婦漫才を繰り広げながらどんちゃん騒ぎ。
とても賑やかで楽しかった。
家に着いてリビングの明かりをつけると、テーブルの上にハンバーグがラップをかけて置いてあった。
人参とブロッコリーを添えたデミグラスソースのハンバーグ。
俺はそれを完食して、空いた皿を写真で撮って紗希に送った。
少し胃が痛かった。
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