第一章 10 約束ってなに?
「きひひ、もうこれで逃げられねぇだろうな」
獲物を前に舌なめずり、丸は胸を振りながら心底嬉しそうに拳を打ち下ろそうとした。
しかしその瞬間、龍くんは丸のケツを突き上げるように膝で押した。
「んあぁ?」
丸はバランスを取るために両手を床に着くと、龍くんに両手で右腕を掴まれた。
龍くんはさらに右足も絡めて体をブリッジしながら半回転させる。
「あっ」
思わず声が漏れてしまった。気付くと体勢が入れ替わって龍くんがマウントポジションを取り返していたのだった。
「……………あ、あんで?」
丸も気付けば下になっていたことに驚いたのか間抜けな声を出す。
「おいおい、マウントを取ったからって油断しちゃだめでしょ〜。最後の気合いは最高だったけど、ま、ここまでだな。もし再戦する気があるなら次はちゃんとなんかしらの格闘技習ってくるこった」
拳を打ち下ろした。が、それは顔にめり込むことなく寸前で静止していた。
「はい、俺の勝ちね」
そういうと龍くんは立ち上がった。
レフリー役の男が前に出て龍くんの腕を取り、高らかに勝ち名乗りを上げた。歓声が沸く。
寝転んだ丸は顔を隠しながら荒い呼吸を繰り返している。
「おーい、大丈夫か」
「あーくそ。勝てんかったわ……」
「……ドンマイ」
俺は丸に手を貸して起き上がらせた。
「さんきゅ……」
丸はそのままカウンター内にあるタオルウォーマーから勝手におしぼりを拝借して顔を拭き、Tシャツを着た。
「なんかあれだけど、いい戦いだったぞ」
「…………あぁ」
珍しく意気消沈している丸にかける言葉を失っていると、龍くんがこちらにやってきた。
「丸。お前がまた鍛えたらいつでもタイマン受けてやるからそう落ち込むなって。根性はマジ花丸だったぜ?」
「…………」
「とは言え約束は約束だ。お前、ちゃんとまもれよなー?」
「…………わかったよ」
「約束?」
「ふふ、その内わかるよ」
龍くんはニタリと笑うと丸の坊主頭に手を置いた。
丸はそれを振り払うと無言で出口へ向かっていく。
「今日はタダで飲ませてやるけどおー?」
丸は振り返り、立ち止まって頭を掻いたが、そのまま手をひらひらさせて店を出ていった。
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