#5 『精霊武具』と調査依頼
だいぶ遅くなりました……すみません
「で、私に何か?」
フォルティナは今、〈ライア〉の街の冒険者ギルドの応接間にて、受付の女性とギルドマスターのギルバードと向かい合っう形で話し合いをしていた。
「はい……その……突然なんですが、フォルティナさん……最近影の様なモノを見ていませんか?」
「?え……っとそれはどういう……?」
フォルティナはよく分からずそのまま訊ねた。
「先日、此処から北にある町が一晩にして滅んだ」
「……え?」
ギルバードから発された言葉を理解できなかった。どれだけ小さな町であろうとも冒険者や衛兵などが居る。ある程度の襲撃などには対応できる筈だ。
それでも対応できないとなると、災害級や厄災級の魔物が現れたりしたという事だ。
しかし、その様な魔物が現れていれば少なくとも〈ライア〉にもその影響がある筈なのだ。
しかし、現在もこの街に何かしらの被害や災害に近いものは起きたと言う気配すらない。
「俺ら冒険者ギルドはこれを〈特級クエスト〉とし、実力のある新人からベテラン冒険者に声を掛け、調査依頼を出す事にした」
(……成程……つまりソレを俺にも参加して欲しいってことか……)
フォルティナはそう捉え、悩ましげな表情で思考した。
「突然の事で本当に申し訳ありません。ですが、いつこの街に災厄が訪れるか分からない以上、この様な形でしか依頼を出せないのです……どうか、ご一考頂けませんか?」
受付の女性が頭を下げながら言った。
恐らく、彼女が言った『この様な形』と言うのは先程の私闘の事であろうと考え、フォルティナは首を縦に振り承諾した。
「分かりました。その依頼、受けましょう……因みにこの依頼は私だけのソロになるんですかね?それとも──」
そこまでフォルティナが聞こうとすると、応接室のドアがノックされ、女性の声が外から聞こえてくる。
「ギルドマスターがお呼びしていた冒険者の方がいらっしゃいましたが、今大丈夫ですか?」
「ん、おお。大丈夫だ、通してくれ」
ドアをノックし、入ってきた女性に対し、そう言うギルバード。
「失礼します」
すると、女性と入れ替わる様に別の女性が入ってくる。
その女性は軽鎧の様な装備に腰にかなり立派な片手用直剣を携え、腰まで伸ばした金髪をポニーテールにした剣士タイプだった。
「よく来てくれた。ああ、紹介からだな」
「はい、初めまして。私、レティシア・ファーレンと申します。冒険者ランクはBランクで、この通り剣士ではありますが、少しの魔法も使用はできます」
レティシア・ファーレンと名乗った女性は正に貴族の様な綺麗なカーテシーをして自己紹介をした。
「あ、私はフォルティナと申します。……剣士タイプで、魔法も何種類かは使用できます。一応〈特殊技能〉も修めています、よろしくお願い致します」
フォルティナも少し遅れて自己紹介をすると、ギルバードを含めた全員が驚いた表情でフォルティナを見る。
因みに、〈特殊技能〉とは基本的に『どのスキルや魔法にも属さない、人から人に伝えられる特殊な技術』を意味する。
〈神楽坂神明流〉等の流派もこれに属するものとなっており、一長一短で身に付けられるものでは無いのである。
「フォルティナさんは〈特殊技能〉を使えるのですか……あれはそう簡単に習得できるものではなかったと記憶していますが……」
レティシアは感心したように目を見開き、驚いていた。
「成程な……私闘俺のスキルを受け流したのもソレだったのか」
ギルバードは愉快そうに笑いながら言った。
「凄い人だったんですねぇ……」
「……さて、自己紹介も終わった事だが……ギルド側としては準備してから直ぐにでも向かって欲しいが……どうだ?」
この場合の「どうだ?」は「すぐ向かえるか?」を意味するだろうと解釈したフォルティナは首を縦に振り、レティシアへと視線を移した。
「はい、勿論準備は整ってますわ。フォルティナさんが宜しいのでしたら向かえます」
レティシアも準備完了している旨を伝えた。
「よし、なら今から期限は二日を目安に調査してきて欲しい。全体を見終えたら早くても帰ってきてもらっても構わない」
ギルバードは満足気に頷き、依頼の期限や内容を話し始めた。
「先日一晩で滅ぼされた町には、黒い影の様な化け物がいたそうだ。その町まで商品を卸に行っていた行商人がそう言っていたという情報を掴んでいる」
ギルバードは一段真剣な表情になると、特徴などの説明を始める。
「行商人は殺されると思い、商品を忘れたのも構わずに馬車で逃げてきたそうだ。その後、商品取りに戻ると町は壊滅していた……と言うのが行商人の話だ」
後半になるに連れ、深刻そうな表情になっていくギルバード。恐らく全部が全部、真実だとは受け止めていないのだろう。だからこその調査依頼と言う事なのだとフォルティナは思考する。
「……しかし、その行商人の話だとおかしいのはその黒い影の事ですね……それだけの戦闘能力を有していながら町一つを壊滅させるだけというのも違和感はあります……近くにあるこの街にも被害は少なからずある筈です」
ギルバードの話を聞き、感じた違和感をレティシアが口にする。
「ああ、そいつらの目的がこの街や他の街には無く、その町にあったということなんだろうが……釈然とせんな」
ギルバードもレティシアもうんうん唸りながら思考を回していた。
すると、ここまでずっと黙っていた久遠が念話でフォルティナに話しかけてきた。
『のう、主よ。さっきから話にあった町についてもう少し情報が欲しいのじゃが……出ても良いか?』
久遠がそう言うと少し考えフォルティナは頷く。すると、フォルティナの胸元から光る球体が飛び出し、光を増すと人の形になった。
「なっ……誰……!?」
突然現れた久遠に、警戒心を隠すことなく、剣に手を掛け、引き抜こうとするレティシア。しかし、その剣は完全に抜かれることはなかった。
何故なら、久遠のその身に宿る神気によって威圧され、気圧されたのだ。
「……くっ」
「きゃっ!」
「…………っ」
ギルバードだけは眉間を軽く歪めるだけだったが、それでも久遠の神気による圧力は強力だった様だった。
「…………フォルティナよ。人間とはいきなり他者に剣を向け様としてくる生き物だったかのう?」
久遠が冗談混じりでフォルティナに問う。
「……いや、何も無い所からいきなり姿を現したら警戒くらいはするでしょ……」
「かっかっか。冗談じゃ」
喉を鳴らしながら笑う久遠に場の全員が唖然としていた。暫くすると、ギルバードが久遠を見据え訊ねる。
「あんたは……精霊か?かなり高位の存在みたいだが……」
「ん……うむ?妾は精霊では無く、どちらかと言うと神霊寄りじゃのう」
恐る恐ると言った様子で慎重に聞くギルバードに対し、何でも無いかの様にあっさりと答える久遠に今度こそ、ギルバードを含めた三人は驚いていた。
「そんな事よりさっきの続きは良いのかの?」
「……それもそうだな。今直ぐと言う訳ではないにしろ、何時この街にも奴等が来るか分かったものじゃないからな」
久遠の一言に気を引き締め直したギルバードが、先程までの話の続きをし始める。
「今回の調査依頼では、町壊滅の要因となったであろう存在の確認と生存者の捜索、可能であればその存在の討伐だ」
「今回はギルドからの依頼という形になりますので、報酬なども応相談となります…………あっ!」
「?」
ギルバードに続いて報酬等の話を始めた彼女は何かに気付いたように声を上げた。
「私の名前を伝え忘れてましたね。私はリーナと言います。基本的には受付担当なので他に困ったことがあったら聞いてください」
リーナは苦笑いをしながら軽い自己紹介をした。
そして、フォルティナとレティシア、ギルバード、リーナの四人は調査依頼についての注意点や依頼内容の最終確認等をし、準備の為に一時解散となった。
「それにしてもルナさん、その様なドレスで本当に大丈夫ですか?」
武具や数日分の食料の買い物の為に街を二人で歩いていると、レティシアが不安そうにフォルティナの服装を見ながら確認してきた。
ちなみに、「ルナ」と言うのはフォルティナの愛称である。万が一にでも調査現場で戦闘になった際、共闘するにあたってコンビネーションを高める為に…………と言うのは建前で、単純にフォルティナがフルネームで呼ばれるのが面倒なだけと言う理由でレティシアにギルドを出た後にそう頼んだのだった。
「ええ。一応防具も兼ねてるので、耐久面や性能も十分なものですよ?」
「そうなんですか……ちょっと見せて頂いても?」
レティシアが少し躊躇いつつも好奇心を顕にしながら訊ねた。それにフォルティナが「どうぞ」と頷いた事を確認し、レティシアもドレスを『鑑定』する。
すると、その性能に目を丸くした。
「物理軽減に被魔法軽減……それに防汚に耐熱・耐寒……とんでもない性能ですね……」
冷や汗を垂らしながらレティシアは呟いた。
「これ、『天魔族』の知り合いから頂いた物なんですよ。お陰で助かってます」
フォルティナも微笑みながらそう言った。
「『天魔族』……伝説上の存在だとばかり……本当に存在していたんですね?」
レティシアは何処かで読んだ本を思い浮かべながら疑問符を浮かべながら言った。
「ええ、私も初めは驚きました……と、此処ですかね?」
フォルティナが歩みを止めるとレティシアも釣られて足を止める。フォルティナが目の前の店の看板を見上げると、そこには『ディース商会』と書かれており、その隣には続けて『何でも屋』と書かれていた。
「はい、此処で合ってますね。『ディース商会』は良いですよ、防具や武器、食料に野営用品と大体の物が揃うので」
レティシアはそう言いながら、『ディース商会』の中へと慣れた感じで入っていく。それにフォルティナも着いていき、中に入ってその商品の品揃えに目を丸くした。
入って直ぐ右横には格安の剣や槍が立ててあり、左横には革製の簡素ではあるがそこそこの出来の肩当や胸当て等があった。フォルティナが近くにあった剣などを眺めていると、店の奥から二十代前半くらいの、紫紺の髪を肩口で揃えた若い女性が出てきた。
「いらっしゃいー……あら、レティじゃない。今日はどうしたの?その短剣なら先日修繕したばかりじゃない………ん、そっちの子は……随分身綺麗な子じゃない…………お貴族様の護衛?」
レティシアに気作な感じで挨拶した女性は、店の中にある剣の前でうんうん唸っているフォルティナに気付くと、レティシアに訊ねる。
「フォルティナと言います。今日冒険者登録をして、この後訳あってレティシアさんと調査依頼に行く為に買い出しに来てたんです」
「へぇ……駆け出しでレティと一緒に調査依頼に出れるんだ………貴女、何者?」
フォルティナの挨拶を聞いてか、何か勘づいたのか、一瞬で視線の鋭さが増した。
「ベラさん、そこまで警戒しなくても……それよりお願いしたい事が」
「ん、いつもので良いのよね?」
レティシアがそこまで言うと、ベラと呼ばれた女性は慣れた様子で、カウンター下から数日分であろう食料とレティシアが現在装備している物より少し良質な鎧を出した。
「はい、金額はいつもと同じね」
「ええ、助かります」
そんなやり取りを横目に、フォルティナは先程から視界の端に映っていた一本の剣を手に取った。
それに気づいたベラは驚いたように目を見開き、そして、今度はそんなフォルティナに興味を抱いたかのように舐るように見始めた。
「へえ、お嬢さん……ええと、フォルティナちゃんでいいかしら?どうしてその剣を?」
ベラの興味を隠すことの無い様子で訊ねる声に、フォルティナは剣から視線を外すこと無く言う。
「この剣には精霊が宿っていたので、ベラさんが出てきたあたりからずっと気になってはいたんです。……一体これを何処で?」
フォルティナの発言に驚くレティシア。しかし、無理もないだろう。精霊の宿る武具──それは、『精霊武具』と呼ばれ、精霊から見初められた者にのみ与えられる武具なのだ。剣だったり槍だったり、武器以外にも鎧や兜に宿っていたりもする。
しかし、だからこそフォルティナは疑問に思ったのだ。「何故そのような物が売られているのか」。『精霊の加護』は見初められた本人にのみ使用可能で、それ以外の者が手に取り、使用すると『加護』が『呪い』に逆転し、使用者を蝕み始めるのだ。
「ふうん、唯のお嬢様って訳じゃないんだ。それは元々の使用者が死んで、主が不在の剣なんだ。で、私は偶然見つけたんだけど、その時声が聞こえてきてね……」
「…………声?」
ベラの後半の言葉を反芻する様に聞き返すレティシア。フォルティナは黙って聞いていた。
「うん。その声は言ったんだ。『私の主は死んだ。上位ではあるが、この私は持ち主がいないと力を発揮できない。だから娘、私に新たな主を与えてはくれないか?』とね」
そこまで言って一度区切り、再び口を開く。
「だから私は聞いたよ。『私は商人でね。一々探す、ということをしている暇はない。売り物として店に飾り、アナタのお眼鏡に掛かる者がいたら譲ると言うのはどうだろう?』ってね。そしたら了承を得たからこうして掛けてるんだ。勿論、精霊に認められるだけでは駄目だと思って態と見えずらい場所に掛けてたんだけど……」
後半になってからチラッとフォルティナに視線を移すベラ。フォルティナはその視線を受け、再び剣に視線を戻す。
「折角だから声を掛けてあげてよ。認められたらその剣はフォルティナちゃんのモノだ」
ベラの提案にフォルティナは頷き、剣へと意識を移す。すると、その意識は商会の中から一変し、いつの間にか一本の大樹の元に居た。
その大樹の元には一人の女性が佇んでいた。翡翠の長髪に、胸元が開いたドレスの様な衣装を着た穏やかな雰囲気の中にどこか、儚さを併せ持つ女性だった。
フォルティナはその女性に暫くの間目を奪われていた。少しして、その様子に気付いたのかその女性はフォルティナを見つめ、柔らかく微笑み、立ち上がり、声を掛けてきた。
『─っ。──?』
然し、その言葉はフォルティナには届いていなかった。少し焦った様子で、何か呪文の様なものを唱えると、まだどこか拙くはあるが、声が聞こえるようになった。
『申し訳あリマせん。性質上、言語が通じ難カッタですね。……貴女ガあの剣を?』
若干の片言っぽさはあってもはっきりと伝わったフォルティナは頷き、大樹へと視線を移す。
『この樹ハ、私デあり、嘗てノ仲間でした』
そう言うと、女性は慈しむ様に樹の幹を撫で、フォルティナを見つめ、手を差し出し真剣な表情で言った。
『──私ハ『大精霊樹・ユグドラシル』。嘗て多クの精霊と人々と共に『魔神王』ト戦っタ、『神霊・ユグドラシル』の分霊デす……創世神様の寵愛を受ケし転生者様。是非、私達と〈精霊契約〉ヲ。コレは精霊樹も望んデいまス』
その表情は先程までの慈愛に包まれていたモノから変わり、覚悟を秘めていた。それにフォルティナも決意し、頷いた。
「ええ、是非。共に戦いましょう」
その言葉を聞き、嬉しそうに微笑むユグドラシルを見て、フォルティナも微笑み返した。
すると、フォルティナの視界が再び光に包まれ、気が付くと『ディース商会』の、剣が掛けてあった場所にいた。ふと、フォルティナは剣に視線を落とすと、先程まで鈍く輝いていた『精霊武具』がその光を取り戻し、ユグドラシルを想わせる翡翠の剣へと変わっていた。
「こりゃ凄い。初めて〈精霊契約〉をする所を見たよ」
「ええ、でも聞いていたものより少し違いましたね」
それを見ていたベラもレティシアも驚いていた。
『ベラ様、有難う御座いました。お陰で素晴らしき主に出会うことが出来ました』
すると、『精霊武具』から、先程よりも流暢なユグドラシルの声が聞こえてきた。二人にも聞こえていた様で、驚いていた。
「ああ、今度こそその主を護ってやりなよ。フォルティナちゃんも大事にね」
「はい。有難う御座います。……さて、そろそろ時間ですね」
フォルティナが言うと、レティシアも頷き二人はベラに挨拶をし、『ディース商会』から出てギルドへ向かった。
二人がギルド前まで来ると、ギルバードとリーナが丁度ギルドから出てくるところだった。
「あ、レティシアさん、フォルティナさん!」
二人の姿を見つけるとリーナが手を上げ、合図を送ってくる。それを見て、気持ち駆け足で向かうフォルティナとレティシア。
「よし……二人とも、準備は大丈夫か?」
「「はい」」
ギルバードの確認に返事をする。
「危険だと判断したら撤退する、何か痕跡や生存者がいたら保護して下さい。此方でも準備はしてますので……とりあえずこの二つを守って死なないように気を付けてくださいね」
リーナの心配そうな声に頷く。すると、ギルバードはポケットから何かを取り出すと、フォルティナとレティシアに差し出した。
「【転移の魔石】だ。危険と判断した場合はこれを使え。転移先はこの街の正門前にしてあるし、門番にも言ってある……こんなことでしかサポートできんが、宜しく頼んだぞ」
二人は再度頷くと、調査先の町へと歩みを進めた。
「これは……酷いですね…………」
「……ええ」
レティシアが言うとフォルティナも肯定する様に頷く。二人は何の問題も無く町だった場所まで辿り着いた。然し、その肝心の調査現場は酷い姿で残っていた。
建物は焼け崩れ、広場はまるで巨大な地震が来た後の様に地割れを起こしていた。
「この町……〈シェルハ〉は人の出入りも多く、かなり栄えていた町でした………この様子だと当時来ていた〈シェルハ〉以外の人も被害にあっていそうですね……」
「……ん、あれは………?」
フォルティナは噴水があったであろう場所に視線を移すと、その先には人の骨が倒れていた。
「………おかしい……この町が襲撃にあったのってつい最近ですよね……?」
フォルティナはその不自然さにレティシアへ質問をする。
「ええ、たしか一昨日だった筈です」
そう、人が自然に白骨化するには日数が足りない。そこに気付いた二人は得体の知れない何かに更なる警戒をする。
──ガラッ。
すると、瓦礫の落ちる音がする。
「──っ!」
音を捉えた二人は剣を音のする方向へ向け、警戒する。すると、建物の影からソレは現れた。
『グァアああァっ……?』
ソレは全身が黒く禍々しく染まっており、唯一顔であろう箇所にのみ五つの点が十字に妖しく光っているだけだった。
「あれが……〈シェルハ〉を壊滅させた元凶……!!」
レティシアの表情が怒りに染まり、今にも飛び出していきそうなレベルだった。
「あんな魔物、見た事がありませんね……一体だけでしょうか……?この惨状ですし、複数体だと思っていたのですが………っ!?」
すると、黒い魔物はその表情の読めない顔をフォルティナ達に向け、口を開いた。
その開かれた口に一瞬魔力が集束したかと思ったその時、魔力が爆ぜ、それをフォルティナ達の方にに放出した。
「危なっ!?」
フォルティナ達は間一髪でそれを避け、体勢を立て直した。すると、黒い魔物は体を前のめりにし、両腕を地面に付け、四足の獣の様な姿勢を取ると、そのまま突進して来た。
「─ッ!」
フォルティナは剣を使ってその突進を受け、その勢いで横薙ぎに斬りつけるが、然し、それは硬い何かに護られている様に傷を付けることは適わなかった。
「っ!?もしかしたら…………ルナさん、少し時間稼ぎしてもらう事って出来ますか?」
レティシアが何か思い付いたのか、フォルティナに近付き、耳打ちしてきた。それに軽く頷くと、フォルティナは更に意識を集中し、剣を構え直す。
因みに、先程からフォルティナが使っているのは、普段から愛用している愛刀ではなく、片手剣だった。
商会で手に入れた『精霊武具』の『ユグドラシル』を使いこなす為に刀ではなく、使い慣れない片手剣を使用していた。
(何するつもりかは分からないけど、取り敢えず今は目の前の敵に集中しないとな……)
一度深呼吸をすると、タイミングを見計らったかの様に黒い魔物は再び前のめりに屈み、突進してきた。しかし、先程と違うのはその勢いだ。
「──ッ!?かはっ!」
先程の突進より、更に体重が乗りやすい体勢からの突進だったため、フォルティナは勢いを消せずに後方に吹き飛ばされてしまった。
『グルおァ……!』
黒い魔物は吹き飛ばされたフォルティナを見て、愉快そうな声色で唸ると、フォルティナにジワリジワリと獲物を狙う獣の様に近付いていく。
魔物がフォルティナの目の前まで来ると、ゆっくりと状況を楽しむ様に腕を振り上げ、降ろした。
──が、その腕はフォルティナに届く前に肘関節辺りから斬り離された。
先の方へ目を向けると、そこには光り輝く粒子を纏った剣を振るったレティシアがいた。
「ルナさん、遅くなりました!」
その剣の光はもう消えて、腰に携えていた時と同じ片手剣に戻っていた。どうやら、何かしらのアイテムを使ったようだった。そして、それはフォルティナにも……否、ハヤトの時にも見たことがあった。
「有難う御座います!ちょっと油断してしまいました……でも、お陰で弱点が分かりました」
(さっきのは恐らく、『精霊の魔法瓶』……そして、魔法瓶の中の精霊は『聖』属性……)
その考えに至ったフォルティナは使っていた剣を仕舞い、『アイテムボックス』から『ユグドラシル』を取り出した。
『主様……いえ、これではクオン殿と被りますね……では……コホン。お呼びでしょうか、マスター』
『ユグドラシル』は嬉しそうにそう言うと、その剣身に纏っている光が更に強くなった。
「『ユグドラシル』、アレ、何か分かる?」
『アレ……?……──っ!?』
フォルティナがダメ元で訊くと、『ユグドラシル』は言葉を詰まらせた。剣の状態なので表情等は分からないが、目の前の異質な魔物について何か知っているのであろう事だけは分かった。
『な……何故………何故、アレが…………』
『ユグドラシル』が一度言葉を止めると、続けて言った。
『──〈深淵の魔人〉が此処に……!?』
◆◆◆◆◆
──ソレは突如として名も無く、地面も無い虚無の空間に生まれた。
『……こ、ここはどこ……?』
何も無い空間で九歳くらいの見た目の少女は只只一言呟いた。
『なに、ここ……さむい……さびしい………だれか…………だれかいないの……?』
その声は震え、今にも泣き出しそうだった。しかし、当然、此処には何も無く、人と呼べる者も草木の一本も生えておらず、上下の感覚すら狂いそうな真っ暗な空間だった。
『たすけて……!ここからだれかたすけて…………!!』
少女が右手を前に突き出し、虚空を掴む。すると、その何も無かった小さな手には、灰色の鍵が握られていた。
『……?』
少女はその鍵を見つめ、辺りを見回した。すると、先程まで何も無かった場所には小さな鍵穴が出現していた。
そこに鍵を差し込むと、カチャリと音が空間に響く。すると、鍵穴があった空間が裂ける。
そして、裂け目が拡がると中から手の平サイズの、少女には少し大きいくらいの水晶玉が転げ落ちる。
然し、その水晶玉は透明では無く、灰に濁った色をしていた。
『……なんだろ……これ──っ!?』
少女はその水晶玉に手を伸ばした。すると、水晶玉から黒い靄の様なモノが溢れ、少女の身体に吸い込まれて行った。
『っ!?かっ……あ、ああァアアア!!!』
然し、身体に靄が入っていった後、直ぐに少女は苦しみ始めた。
『が……あああ!!くるしい……いたい………にくい…………やめ……て……!!やめ……ああアアああアあぁぁぁ!!!………………』
絶え間無く襲う痛みと苦しみ、更に何かに対しての憎しみ等、今までに体験したことの無い程の苦痛に悶え続け最後には項垂れ、動かなくなった。
『……此処は……『深淵領域』か……我は……そうだ、『ヴォイド・ノア』……うむ、漸く色々と思い出してきたな』
『ヴォイド・ノア』と名乗った何かは先程まで名も無き少女の物であった四肢を眺め、溜め息を吐く。
『ふぅ……この身体は我によく馴染むが……なんとも頼りないのう……?それに、我が生み出した配下も居らぬ……。うむ、まずは新たに生み出すとするか』
『ヴォイド・ノア』はそう呟くと、何も無い空間に手を翳し、魔力を込める。
すると、そこに黒い球体が現れ、人の形になっていった。
数分経つと完成したのか、形成が止まりそれに意識が宿る。目覚めたそれは、全身が黒く、顔には十字に光る五つの点を持つ魔人だった。
『うむ、よく出来ておる。王であり、神である我に配下の一つも居ないというのは情けないからのう……さて、こやつに名を与えねばな』
『ヴォイド・ノア』は生み出した魔人に手を翳し、そこから魔法陣が浮かび上がる。
『汝の名は───』
主から名前を授かった魔人は、その後消え、新たに六体の魔人が生み出される。
その全ての魔人が同様に名前を授かると、他の魔人もその場から消えた。
『さあ、人間達よ……抗うがいい……!我をもっと楽しませてもらうぞ!クク……ハハハハハ!!!』
そう言うと、虚無の空間に『ヴォイド・ノア』の笑い声が只只吸い込まれる様に響き、消えていくのだった……。
遅くなりました、神代朧月です。正直、後半の話を後で『閑話』や『幕門』の様な形で書こうかと思ったんですが、割と短かったので一緒にしてしまいました。
遅れた理由としては私用と町を壊滅させた魔物の名前……というか、種族名?みたいなものがなかなか思いつかずグダってました(笑)あとは後半の話を書くかどうか、ですね。
さて、言い訳はここまでにして、楽しんで頂けましたでしょうか?もし、楽しんで頂けたら高評価、ブクマの方をお願いします。では、あまり長くなってもあれなんで、この辺で。ではまた次回〜