白昼夢
真っ白な世界。
地面も天井も、自分が今
どこに居るのかさえも
掴めない。
「…またか」
古高 冴は
溜め息まじりに小さく
呟く。
目を細めて意識を集中
しようと、試みるが
この真っ白な世界では
何の意味ももたなかった。
勇気を出して、右足を
前に踏み出してみた。
地面であるモノが
まるで、水面の様に
大きな波を立てる。
ふいに、こめかみが
ズキッと痛んだ。
その瞬間、辺りは
冴の部屋へと変わる。
何の変化のない男の部屋。
夕べの、飲み残しの
缶ビールがテーブルの上にある。
「やべ、置きっぱだ」
右手を伸ばし、缶を
掴もうとする。が、指は
すり抜けてしまう。
チッと舌打ちをした。
「…っつぅ」
再び、頭痛。
目の前に、大きな花畑が
広がった。
鼻を付くほどの
甘い香がたちこめる。
空のモノには雲が浮かび
暖かな太陽があった。
『―ぇ、冴』
遠くから、呼ぶ声がする。
視線をやると、そこには
見覚えのない顔。
何故か、感情が揺らいだ。
心臓の鼓動が早くなる。
視界も、熱でぼやけた。
『やっと、見つけた…
冴。もぅ、安心だよ』
眼前までやって来た男は
いとおしそうに目を細め
冴を抱き締める。
―これは、夢の世界だろ?
男の胸の中で冴は考えた。
夢とはすなわち
現実味のない世界、空間。
そして、無感覚である。
が、冴には感情があった。
現に頭痛が証拠だろう。
その痛みの度に
場面が変化する。
それこそ、夢その物だが?
『冴の願望。
まさに夢の世界なんだ。
ついでに僕は、冴の理想。
思う通りに動くよ。
冴が少しでも、何かを
望めば、この世界は全て
君の思い通りになる。
素敵だろう?』
優しく耳を撫でる様な声に
頭の芯を揺さぶられる。
吹き抜ける風も
草木や花の香り。
それはまるで
現実世界のようだった。
自分のこの胸の高鳴りは?
熱を帯びて
まともに見る事のできない
瞳は?
今まで、同性にときめいた
事などあるはずない。
それは
自分は普通なのだ。と
只、言い聞かせてきただけ
だったのか?
『全ては、冴。
君の意識の中の事だよ?
君はずっと、“僕”を
待っていてくれたんだね』
考える間もなく、唇が
彼に塞がれた。
彼の熱い舌が入ってきた
途端に、冴の背中が
ザワッと逆立つ。
周りの景色はいつか
闇へと変わっていた。
闇が支配する漆黒の世界。
息する間も、何も考える事が
できない程に、冴は
彼の熱いキスを求めた。
舌を差し出せばすぐに
応えてくれる彼。
ふと、一瞬唇が離れた。
彼の唇元で、何か言葉が
発されたが、またすぐに
熱く舌が絡まりあう。
冴は、もう、彼をひたすら
求める事しかできなかった。
いつの間にか
頭痛などしなくなっていたから。
丁度、その時であった。
元居た、真っ白な世界。
の、その下の“現実”で
冴の鼓動は止まり
心電図は波打つことなく
一本の線になった。
傍らで泣き崩れる母親。
只、立ち尽くす父親。
やがて、すぐに
医師が病室へ駆けつけた。
冴の左手の脈を確認。
さらに聴診器で心音確認。
伏し目がちに俯き
こう告げた。
「誠に残念ですが
『――午後0時
ご臨終です―――』」
それは、漆黒の世界で
悲しくも、彼が冴へと
発した言葉だった。