無能だとパーティから追放された斥候は重要な存在だった〜戻ってきてと懇願したら、もう遅いと返された。そこを何とかと食い下がると「今夜だけだぞ」と鍛え抜かれた大胸筋に包まれ至福の一夜を過ごした神官の話〜
題名のままです。
話題の「追放」から「もう遅い」から「そこをなんとか」から「ハピエン筋肉」で、まとめてみました。
そもそも、この件に関して僕は関与していなかったと主張したい。
僕が所用で実家に戻っていた間に、パーティメンバーが一人消えていた。
それもメンバーの中で一番重宝していた斥候が。
リーダーをつとめている剣士アレンに理由を聞いたら「追放した」と言われた俺の心境を、ひと言で表すならば「虚無」だ。
目から光を消した状態の僕の横で、同じ目をしているのは新しくメンバーとなった盾役の戦士。
彼が所属していた高ランクのパーティが解散するにあたって、うちのパーティに新規参入したとのことだったが……。
「アイツが仲間でいると、空気が乱れるんだよ」
「何を言っているのです? 新しい斥候は?」
「要らないだろ。アイツは女たらしで、仕事らしい仕事もしていない。同じメンバーでいるのは恥だとも思っていた」
「アレン……本気でそう思っているのですか?」
「本気だが?」
本気だが? じゃねぇよ。
いけないいけない、つい心の声が乱れてしまった。
僕は神官だ。常に清く正しく美しいかは人それぞれだけれど、綺麗な口調であり清潔な身なりである必要がある職だ。
これまで多少のわがままが鼻につくとはいえ、優秀の部類に入っている剣士のアレンとは穏やかな関係にあった。
しかし、今回の件についてはさすがに物申したい。いや、物申す。
「斥候は数が少ないのですよ? これから新しい斥候を探すとしても、時間がかかりますが……」
「だから、アイツが出来てたんだ。俺たちにも出来るだろ?」
なるほど。斥候としての彼が「役立たず」だと思っていたのか。
ふたたび盾役の彼に目をやれば、頭を抱えている。
うん、そうだよね。その気持ち、すごくよくわかるよ。
なぜかアレンの両隣にいる魔法使いの少女と弓使いの少女は、落ち込んでいるように見えるけれど……なんで君たちが落ち込んでいるの?
発言をする様子はないから、とりあえず今はアレンに現状を認識してもらうことから始めないと。すごく面倒だけど。すごく面倒なんだけど。(2回言った)
「アレン、そういうことではないのです。斥候とは特殊な訓練を経てなれる職なのですよ。斥候がいないことで起こる一例として、まず夜の見張り役が必要となります」
「なぜだ?」
「夜襲がくるのを事前に察知できる人間がいないからですよ」
「いつもお前が知らせてくれただろう?」
「はぁ、何を言ってるのですか……彼が先制で足止めしている間に、私が皆さんを起こしていたに決まっているでしょう?」
「なんだ……と?」
「それに斥候は常に情報屋と連携をとり、旅の道中は事前に危険を回避できるよう情報を集めたり、魔獣以外の危険に対しても安全を確保してくれていたのですよ」
「そんな、馬鹿な……!!」
いや馬鹿はお前だ。
おっといけない。聖職者が「どうしても分かり合えない罪深い者に執行する神聖魔法」が口から漏れるところだった。あぶないあぶない。
そして僕の横で盾役の彼が持っている何かがベキベキと音をたてているけど、それ大丈夫なやつなのかな?
「しかし、アイツは彼女たちを傷つけた!」
「彼女たち?」
「うちのメンバーのみならず、各所で女性たちに声をかけてたらし込んでいたじゃないか!」
本当に何を言っていんだコイツは。
確かに彼はモテていた。女性から声をかけられることも多く、それなりに楽しんでいたかもしれない。でもそれは斥候としての情報集めも兼ねていたんだ。
僕もちょっとモヤモヤすることはあったけれど、彼の仕事柄、情報を集めることは必要であり、中には情報屋も混ざっていたのを知っている。
あと彼は女性と一夜をともにしても、実際に体の繋がりがないことは分かっていたからね。
なぜ知っているかといえば、神官は「視る」ことが出来るからなんだけど……詳しくは機密事項になるから語らないでおく。
ところで、うちのメンバーをたらし込んでいたって何ぞや?
「私、真剣に告白したのに」
「私だって、ずっと好きだったのに断られた」
なるほど。彼女たちが斥候の彼を気に食わないのはそこか。
自信過剰なアレンは、女たらしであり、自分が狙っていたパーティメンバーから言い寄られたのが気にくわない。
自信過剰な彼女たちは、自分たちに振り向かない彼のことが気にくわない。
僕は短期間とはいえ、留守にしていたことを後悔した。まさかこんなことになるとは思ってもみなかったんだ。
すると、頭を抱えていた新メンバーの盾役さんが、やっと言葉を発した。
「一度了承したのにすまないが、正直このパーティに参加するのを辞退したい」
「はぁ!? どういうことだよ!!」
「どうもこうもない。事前の情報で斥候『万能のデュラン』がいるパーティだというから承諾したのだ。彼が抜けているのであれば受けなかった」
だよなぁと苦笑する。
盾役の彼は高ランク保持者だ。斥候の重要性は身に染みて理解しているのだろう。
そんな彼は、いかつい表情のまま僕の方を向く。
「神官殿も、そうだろう?」
「そうですね……気持ちとしては抜けたいのですが、こう見えてアレンはいいところの坊ちゃんなんですよ。そこの旦那様直々に任されてましてね……」
「お前も苦労するな」
そう言って立ち上がった盾役の彼は「万が一、斥候が戻ったら声をかけてくれ」と言い残して去って行った。
僕も正直、どこかへ行ってしまいたい。
「ルーファス」
「なんです? アレン坊っちゃま」
「その言い方はやめろ。すぐにアイツを連れ戻して来い」
「はぁ?」
「アイツを有能だというなら、お前が連れ戻してくればいいだろう? そうしたら盾役も戻るっていうんだからな。これはリーダー命令だ」
「はぁ……そうですか」
何だか疲れてしまった僕は、旅支度を整えるために自室へ戻ることにした。
部屋を出て行く時に魔法使いと弓使いがアレンにすり寄っているのが見え、さすがに腹がたって勢いよくドアを閉めてやった。
デュランはもう戻らないだろう。
それならそれでいい。僕は彼に「戻ってきてほしい」という伝言を、最後の仕事にすることにした。
これが終わったら、僕は、神殿に帰って引きこもるんだ……。
彼の行方を知ることは簡単だ。
いつも声をかけている酒場と宿屋の女性を『視る』ことで、だいたいの見当はつく。
情報屋と斥候の繋がりは深い。相互扶助の関係である彼らは、血の繋がり以上の信頼関係で結ばれているからだ。
裏切れば自分の命だけではない。周りをも巻き込む大きな不幸に見舞われることになるのだ。怖い怖い。
「ルーファスか」
「久しぶりだね、デュラン。少し痩せた?」
「……ああ、まぁな」
いつからだろう。
丁寧口調を心がけていた僕が、彼の前では素を出せるようになったのは。
そしていつも人を食ったような笑みを浮かべるデュランもまた、僕にだけは柔らかな表情を向けてくれる。
今は少し、不安そうにも見えるけど。
「大丈夫だよ。悪い知らせじゃない……とも言えないんだけどさ。アレン坊っちゃまが戻ってきてほしいって言ってるんだよ」
「断る」
「だろうね。……それじゃ」
「待て」
褐色の肌を持つ彼の腕が、僕の白い腕を優しくつかんでいる。
お互い何を問い何を答えるのかが分かっていたやり取りだから、すぐ終わると思っていたのだけど、引き留められるとは予想外だ。
「茶でも飲んでいけよ」
彼のいた場所は、アレンたちがいる場所からそんなに遠くない、山の中にある小屋だった。
外装はともかく、中に入れば居心地のいい隠れ家のような住まいに思える。
男の子なら全員が「好き!」と言いそうな感じだ。
「なぜ、もっと遠くにしなかったの?」
「なんとなく、お前が追ってくる気がしていたからな」
「そっか。ありがとう」
お礼を言うのも違うかなと思ったけど、彼から伝わる好意が嬉しくてつい笑顔になってしまう。
それでも言わなきゃならない。これが最後のお仕事だからね。
「もう一度言うよ。デュラン、パーティに戻ってきてほしい」
「断る。長いこと俺を無能だと罵っていたアイツが、今さら何を言っても遅いってやつだ。しかもアイツ自身が来るわけじゃなく、ルーファスに任せるとか人としてどうかと思うぜ?」
「そこをなんとか……」
「無理だ」
「……ダメ?」
心の中では断って当然だと思っているのに、実際ここまで強く言われてしまうとかなしくなってしまう。
なんだろう、この気持ち。
しょんぼりとうなだれた僕は、ふわりと暖かなものに包まれるのを感じた。
「デュ、デュデュデュラン!?」
「しょうがねぇな。今夜だけだぞ」
そう言ってベッドに引き摺り込まれる僕は、身体中が熱くなるのが分かって恥ずかしい。もう、これ、絶対デュランに伝わっちゃってるやつ……。
「ど、どゆこと!?」
「今夜だけパーティメンバーに戻ってやる。だから、ほら、こっち来いよ」
簡素なシャツとズボンだけだった彼が、乱暴に自身の胸元をはだけさせると、そこには零れ落ちんばかりの大胸筋。そしてチラチラ見える鍛え抜かれた腹筋の凹凸。
ああ……これは……あらがえない……無理ぃ……。
野営の時、寒いからってちょいちょい抱き合っていたけれど、僕はこう見えて?かなりの筋肉フェチだ。
デュランの筋肉と体つきは、僕にとって理想であり、垂涎の的でもあるのだじゅるり。
色香ダダ漏れのデュランにふわふわと引き寄せられた僕は、そのムチムチとした筋肉に抱き込まれてしまった。
優しく髪をすいてくれる彼の手はあたたかく、アレンとやり合ってささくれ立っていた心が一気に癒されていくのが分かる。ああ……しゅき……。
「そもそも、お前が結婚するために一度実家に戻ってると聞いたから、俺はアレンの追放宣言を受けたんだぞ」
デュランのとんでもない発言に、思わず飛び起きようとした……が、ムチっとした大胸筋にふたたび包み込まれてしまう。
仕方がないのでこのまま話そう。
いや、せめて呼吸は出来るように位置をずらそう。ムチムチぷはぁ。
「結婚? 僕が?」
「そうだ」
「言ってなかったけれど、こう見えて僕は高位神官だよ? 結婚するなんて有り得ない」
「なんだと?」
「妹の結婚式に出席していたんだ。それを……まさかあの馬鹿……」
「人の恋愛感情に鋭いとは、さすが剣士様ってやつか。魔獣の存在は近くに来るまでほとんど気づかなかったけどな」
「ほんと、あの馬鹿は……」
「いや、むしろこの状況に持ち込めたのは俺にとって幸運としか思えねぇ。もしかしたら、あんなのでも使える奴だったかもな」
そう言って男くさくニヤリと笑ったデュランは、僕の神官服を器用に脱がせていく。
え? なに? どういうこと?
「神官ってのは清らかさを求められるんだろ?」
「そ、そうだ、けど?」
「それは男女のに限ってのことだよな?」
確認してくる彼の目はギラギラとした欲望の光が見えていて、ここで拒否することは難しい流れになっていた。
いや、僕がもうメロメロに受け入れてしまっているのだからしょうがない。
なぜならば、僕は家を継がないよう、独身でいられる高位神官になったのだ。もちろん資格を取得するのも大変だったけれど。
そして高位神官になった時に知った、神殿でも秘匿されている情報があって……。
「大丈夫だよ。デュランが本当に僕のことを愛してくれているのなら、僕は生涯神官でいられるから」
「……なら良かった。俺はお前と初めて会った時から、ずっとお前だけを愛しているからな」
そう言って彼は「今夜だけ」と言ったはずなのに、一週間ほぼ毎日寝る間も惜しんで僕に愛を刻みつけてくれた。
もちろん僕だって負けてはいなかった。いや、負けることは多かったかもだけど……デュランのお色気魔人め……。
それからしばらくして、アレンが戻ってこいなどと言って我が家に突撃したところをデュランが返り討ちにしたり、他にもなんだかんだ騒ぎがあったりもした。
ただひとつ言えることは、僕は死ぬまで神官だったということ。
めでたしめでたし、なのだ。
お読みいただき、ありがとうございました。