怪しくないって言われましても……
「なあ、そこの兄ちゃん」
茶髪でチャラい格好をした二十歳ぐらいの男が僕に話し掛けてきた。
「…え?え??ぼ、僕ですか?」
黒髪メガネ男子の僕は絡まれると思い、ちょっとキョドってしまったが、そんな事はお構い無く、男は話し始めた。
「そう、あんたや。あんた最近××岬に行ったか?」
「え?あ、はい、行きましたけど…何か?」
「あんた、よーさん連れとるわ。身体おも無いんか?」
「からだ尾も無い……??」
男は訳のわからない事を言い出した。
「いや、通じてへんな。最近、身体、重たく、無いか?」
「あー、そう言われれば、最近何となく重いような怠いような感じはしてますけど…?」
「まぁ、そらそうやろな。あんためっちゃ連れとるもん。それで何ともなかったら逆に驚きやわ。」
そう言い笑っている。
なんだ?この男は?絡まれてはいないけど、明らかに怪しい。
「あ、兄ちゃん今、こいつ怪しいなって、思ったやろ?俺怪しいやつちゃうで?霊能者の親の跡継ぐために、除霊の修行してるだけやねん。な?怪し無いやろ?」
いやいやいやいや、怪しく無いと言われても、滅茶苦茶おもいっきり怪しいですから。僕はその場を早く立ち去ろうと足早に歩きだした。
「なぁ、俺に除霊させてーや。修行中の身やから、お金なんか取らへんし、あんたも体調悪いの治るんやからWin-Winやろ?なあ?」
「いえ、結構です。大丈夫ですので、僕はこれで。」
しばらく付いてきて「お願いやわ」とか「すぐ終わるから」とか言っていたけど、諦めたのか一枚の名刺を出して、僕に押し付けた。
「なんか変わった事があったり、困ったら連絡して。絶対俺が助けたるから。」
そう言ってようやく僕から離れてくれた。
僕はファミレスでバイトをしているのだけど、今日はここ最近で1番と言っていい程忙しく、最近よくしてしまうお客さんに出す水の数の間違えが自分でも驚く程酷かったし、何もないところで躓いて料理や飲み物を少しこぼしてしまったりと連続で失敗していた。
バイトが終わった頃には、自分のダメさ加減に気分はどん底まで落ち込んで自己嫌悪していた。
「お疲れ様です。今日はすみませんでした。お先に失礼します。」
そう言ってバイト先を出ようとした僕に
「そんなに落ち込むなって、誰だって失敗ぐらいあるんだからさっ!」
「疲れてたんだろ?しっかり寝て、明日も頑張ってくれよ。」
「お疲れさーん、また明日なぁー!」
と皆が声をかけてくれた。
少しウルッとして泣きそうになってしまった。
落ち込みとぼとぼと歩き、1人暮らしの真っ暗なアパートの部屋へと帰った。
鍵を開け「ただいまぁ」なんて小声で言いながら玄関に入る。
「ん??」
なんだろう?なんか違和感を感じる。誰も居ないのに誰かに見られているような……。
あまり家具の無いこの部屋に隠れられる所なんてほぼ無い、ベッドの下、押し入れ、風呂場、トイレと見て回ったけど、誰も隠れて居ないし、気のせいだと結論付けた。
お風呂が少し怖かったり、なぜかテレビのチャンネルが勝手に変わったりと不思議なことが寝るまで続いた。
昼間あんなことがあり、バイトも忙しかったし、きっと疲れているんだろうと思い、いつもより早い時間だけど、ベッドに入った。
いつもは朝までぐっすりの僕が、なんだか重みも感じ夜中に目が覚めた。
「っ…?!?!」
うっすらと目を開けると髪の長い知らない女性が、僕の胸の辺りに座りこちらを見下ろしていた。
え?なんだ??
身体は全く動かすことが出来ず、視線で辺りを見ようとすると、知らないお爺さんやお婆さん、おじさんやおばさんもベッドの周りで僕を見下ろしていた。
訳がわからなく、もう1度僕の上の女性を見ると、『にたぁ~』っと笑った。
そして、僕は意識を失った。
次の日、めちゃくちゃ嫌だったけど、関西弁の男から貰った連作先に電話した。
呼び出し音の後『はい…』と落ち着いた声が聞こえた。
あれ?間違えたか??
「あ、あの、昨日、△△町の辺りで名刺を貰った…」
「あぁ~、昨日の兄ちゃんかいな。どしたん?やっぱなんかあったんか?」
落ち着いた声だったのが、いきなりハイテンションな感じで話し出し、良かった昨日の霊能者(?)だと安心した。
そして、昨夜の奇妙な出来事を話した。
「あー、兄ちゃんごめんなぁ、初めて姿見たんやったら、たぶん俺のせいやわ。昨日話し掛けた事で触発してもたみたいやな。夜中迄はなんも無かったんか?」
そう言われ、関係無いかもと思いつつバイト先での失敗を話した。
「あぁ、それも兄ちゃんに付いとる奴らの仕業やわ。お客さんに混ざって人数間違わせたり、足とか掴んだりしてたんやろな。」
まさか?という思いと、昨日の失敗は忙しかったとはいえ、自分でも異常だという思いとで揺れていた。
「あの……昨日逃げたのに、凄く申し訳ないんですけど、お願いします、助けて下さい。」
「どうした?何で謝るんや?昨日、言ったやろ?俺が助けたるって。俺に任せとき!」
そして、祓うなら早い方が良いって話されになり、家まで来てくれることになった。
30分程でインターホンが鳴り、茶髪のチャラい霊能者は、髪色以外は昨日とは違って神主さんが着るような服を着ていた。
部屋に招き入れようとすると、それを遮り、
「あ、名乗って無かったな、俺は神崎涼介。修行中の霊能者や。」
と、なぜか自己紹介をされた。
「あ、はい、よろしくお願いします。」
「ほんじゃ、お邪魔するでぇ……。」
チャラ男…神崎さんが一歩部屋に入ると、部屋の空気が変わった。キンッと張り詰めたような空気に息が詰まりそうになった。
「兄ちゃん、ちょっとここで立っといてな。動いたらあかんで。」
部屋の真ん中辺りに僕を立たせ、神崎さんはブツブツと何か言いながら室内を歩き回り、最後に僕の後ろに立った。
凄く苦しい。徐々に苦しくなってはいたが、背後に立たれた時、立っているのさえやっとの状態になった。
何やらブツブツと言っていた神崎さんが『去れ!』と言って僕の背中を叩いた。
その瞬間、張り詰めていた部屋の空気が消え去り、それと同時に身体の苦しさも無くなっていた。
「え…?何が…?」
「もう大丈夫やで、安心しい。浄化できるモンはしたし、強すぎてできひんかったモンは元の場所に跳ね返しといたから、兄ちゃんにはもうなんもついてへんから!」
「あ…ありがとうございます。」
昨日、声をかけられた時は全く信じてなかったけれど、実際に部屋の空気や身体の苦しみを体験した僕は、完全に神崎さんの事を信じていたし、目に見えないモノの存在を信じていた。心からお礼を伝えた。
「ええねん、ええねん。気にせんといて、俺の修行やねんから。えっと…兄ちゃん名前なんや?」
今更?と思ったけど「須藤あきらです」と名乗った。
「あきらか、ええ名前やな。あきらの波長は優しいから、所謂心霊スポットって言われてるトコは極力避けて通りや?変なモンひろてまう可能性高いから気ぃ付けんねんで?」
「は、はい、わかりました。」
素直に返事をしたら、ニッコリと笑い
「なんかあったらいつでも連絡しぃーや?俺が絶対に助けたるからな。」
「はい、ありがとうございます。何かあった時連絡させて貰います。」
頭を下げた僕に満足そうに頷くと「ほんならなぁ」と、言い残し手をヒラヒラと振りながら去って行った。
神崎の背中を見送りながら、これからは趣味である風景の写真を撮りに行くとき、現地に心霊の噂が無いか確認してから行こうと決めていた。
そして『ほんならなぁ』ってなんだろう?さようならみたいな事なんだろうか?と考えていた。