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第八章 ゲーム ice edge   第三部 街の混乱

 都心は大雪に見舞われ異常気象が珍しくない今日でさえあまり、驚かなくなっていたが、今日の雪はまさに異常だった。足がずぶずぶ埋まるぐらいの積雪。

 

 通信学校の面々とカラオケやボーリングを楽しんでいた零士にはあまり影響のないことだったが、さすがにショッピングになると刺さるような寒さを痛感した。


 チェーンを巻いていないほとんどの車がのろのろと徐行して行くが、中には既にタイヤが雪に埋まって身動きが取れなくなっている車もいる。


「こんな日にあっっちゃこっちゃ遊び回ってんのうちらぐらいやで、ほんま」

「いいじゃん。だって、最近全然遊んでなかったじゃん」


 零士はずっと悪七を警戒して、友達とも全然遊ばなくなっていた。悪七の屋敷にも行った零士だが、屋敷にはスーツを着たガードマンだけで、ミカエリが見当たらなかった。


 それに一日張り込んでみたが、人の出入りもなかった。嵐の前の静けさというのを実行しているようだ。


「ほら見てよ。凍ってるよ」

「あほか、やめときーや。転ぶで」

 凍結した道路の上で押し合っていると一人が、騒ぎを聞きつけた。

「向こうが騒がしいみたいだな」


 雪が十センチも積っているので足をもつれさせながら昼間のサラリーマンが走ってくる。

「誰かあいつを止めろ。通り魔だ!」


 繁華街のど真ん中での堂々と男子学生が刃を振りかざしている。すでに一人刺されている。被害者と同じ制服を着ているので、ひょっとしたら通り魔ではなくて、同じ学校の生徒を刺したのかもしれない。


 手にした刃物には血がべっとりついていてはじめは気づかなかったが、よく見るとその刃は、つららのような氷だった。


「出よったで、また関係ない人間巻き込んでんねんな」

 友達に呼び止められるのも気にせず零士は男子学生の方へ走って行った。

「お前ら、早よ、逃げい! あいつはきっとうちに用があるんや」


 零士にはこの少年からライに辿りつける自信があった。少年は未だ、動悸が激しく何かを成し遂げたような、何かに怯えるような歪んだ目をして肩で息をしていた。


 周囲が敵に一変した瞬間から、目は激しく動き回り、次にどうするべきかも、分からず刃を振り回していた。もう後には引けないと苛ついた唇が、誰彼構わずに、悪態に似た脅し文句を投げている。


 零士はあえて少年から見えるように踏み込んだ。そのとたん少年は目を見開いて驚きを見せたものの唇を固く結んでさっきまでとは違う恐ろしい剣幕で早口に言った。


「標零士だな。もう時間がない」

「ライの差し金やな」


 相手は話も聞かず刃をかざし走ってきた。零士は横に飛びのいた。アスファルトの上をきらりと氷が走った。一瞬にして足場は氷上と化し見事に滑って転んだ。

「んなあほな」


 仰向けに転んだ。降り下ろされた少年の刃。握る腕を足で蹴り上げる。少年もバランスを崩して足を僅かに滑らせたが反対の腕で、がつりと膝を殴られた。ハンマーでも食らったかのようにやたら骨に響いた。少年の右手は氷づけになっている。


 その握りしめた手の中には携帯。ライのミカエリの姿は近くにないが明らかに携帯を介して冷気が吹きさらしてくる。氷が少年の腕を飲み込みはじめている。当人も顔をしかめて早くかたをつけようと上にのしかかる。


「あんさんも命蝕まれとるやんか」

 刃を持つ腕を捕まえようとして指が切られた。次に氷づけの右フックがきた。むせた。が、負けじと服をつかんで引き寄せて頭突きをお見舞いする。少年が一瞬ひるんだ隙に今度はこちらが押し倒して氷の刃を奪い取った。


「観念しいや」

 なおも少年はもがいているのは氷の浸食が腕から肩まで達したからだ。零士は携帯を持つ指の部分だけでも溶かせないかと真奈美に見せる。真奈美の顔のパズルから機械音が発せられる。音で破壊する気だ。だが少年の腕にまでひびが入った。絶叫する少年。


「何やってんねん!」

 真奈美の顔のパズルがそろい真奈美は冷ややかに告げる。

「芯まで凍ってるよ」


 そういった拍子に少年の腕はガラガラと散らばって崩れた。断面は尚も凍って不思議なことに血は飛び散らない。だが肉片はガラスみたいに、てらてら輝いて、自分の身に起きたことの恐怖と激痛に少年は絶叫とともに意識を失った。


「誰か救急車や」

 零士の声に見ていた取り巻きは一瞬気後れしたまま携帯をかけはじめた。その中の何人かは零士を異様な目で見ていた。さっきまで暴れていたのは零士だと言わんばかりに。


 少年の腕を自分の上着で巻いてやっていると救急車を呼んでいるはずの男性がうろたえた声を出した。男性の携帯を握りしめる手が氷づけになっている。顔面、蒼白になりながら、それでもあり得ないことだと男性は冷静を保とうとして状況を話し出した。


「救急車を呼んだはずなんだが、知らない少年に繋がって。急に俺のやましいことを色々と暴露されたんだが。君を殺すか自分が死ぬか選べと言われた」

 男性は自分の腕の氷が指から腕へ厚く、這い上がってていくのを感じて、手をがりがりと振り払ったが、氷は取れない。


「き、君は確かニュースで見たことある。君は奇跡の生還を果たしたばかりなんだから、殺す気はない。だが、何とかしてくれ!」


 男性の異変に気づいた女性が代わりに救急車を呼びますと名乗り出た。

「あかん。それはやめとき」


 腕の粉砕した少年の脈が無くなった。息もしていない。少年を巻いた上着が完全に凍りついた。少年の顔も氷で覆われていく。

 携帯を使うのは諦め公衆電話を探そうとしていた女性の携帯が鳴りだす。

「こんなときに何よ」


 今このタイミングで知り合いから電話のようだ。不吉な予感しかしない。零士が危ぶむ中、この女性だけでなく、交差点であらゆる人々の携帯電話がいっせいに鳴りだした。驚いて立ち止まる人、急ぎ足で歩きながら自分の携帯と他人の携帯を見比べる人。


 早くも電話に出た人。一人、また一人、電話に出ていく。何を聞いたのか、不審な顔を浮かべている人々が、一斉に叫び出す。電話に出た人々の携帯を握る手が凍っていく。


 街は突然パニックになった。氷をはがそうと躍起になる人。信号が変わっても人々は自分の身に起こったことを取り消したくてそこから動かない。車のクラクション、いや、車の運転手の多くも凍った手を振り回したりして歩道に下りてくる。


 携帯を持っていない人の方がまれだ。凍てつく痛みにみな、顔をしかめて病院まで乗せてくれと血相を変えた人たちでタクシー乗り場がごった返した。


「ねえもしかして標零士って君のこと。これ」

 先ほどの女性はコールする電話に出ずにいると、メールが届いたといって、それを零士に見せた。ゲーム名ice edgeと書かれている。



《君たちには氷の刃が渡された。それで標零士を殺せ。刺殺が一番美しいからね。できなければ自分が死ぬ。タイムリミットは一時間。もちろんそれで誰かを殺してもいい。


 自分が憎い人間でも思い浮かべて手当たり次第に殺してもいいし、今隣にいる人間を試しに殺してみるのもいい。そうすれば、一人殺すとタイムリミットは五分伸びる。逃げようとしても無駄だから。自殺も禁止。早くしないと全身凍るよ》



 女性の手が凍りつきはじめた。危うく携帯を取り落とすかに見えたが、携帯は手のひらに吸いついて離れない。メール画面を開いたまま凍っていく。

「なに、ちょっと助けてよ」


 女性の携帯を握る指が凍って、氷の爪になる。ミカエリの力は誰にでも簡単に扱える。イメージするだけで手に刃が収まる、魔法のようなものだから人々にはそれがいつしか自分の力だと錯覚する。近くで早速、ナイフを造形している馬鹿な男がいる。


 取りだしただけの刃に刃以上の期待と、自分の可能性を確信する。そして、誰もが一度でも考えたことのある誰かを消したいという衝動に出くわせば、たちまちのうちに、人は変わる。


 走って逃げる人、不安と、期待をないまぜにしたような面々が、周囲に何百人といる。悲鳴が上がった。通り魔だ。周囲の混乱に乗じて逃げていく。居合わせた警察が取り押さえた。


 これだけでも普段のニュースなら一面を飾れるだろうが、それに加えて人々がその警察に助けを求めたり、その警察を殺した人がいたときには、もうこの街は引き返せなくなっていた。


「標零士って誰だー」

 大声であからさまに呼ばれるとは思っていなかった零士は思わずそちらを振り向いた。凍ったスマホで何とか音声検索をかけて調べている。


「ライのやつ。あの取材からやっぱ仕組んでたんやわ。うちが一回でもテレビ出たらネットに載るもんな」


 悪態をつきながら、零士は人目を避けるように走った。

 路地に走りこむ間際、視界の隅にとらえた大型ビジョンに速報が走った。


「街中で混乱が起きています。通り魔が多発しています。取り押さえられた何人かの犯人は、どれもメールを受け取っているか、または電話で、男の声で脅迫されたと答えているようです。


 また、各地で人々が氷づけになっています。原因は不明ですが、身体の一部が突然凍るという怪奇現象とも呼べる症状に、病院は手をつけられない状況になっています」


 今では街中、氷漬けにされた人々の悲鳴が響き渡る。後ろから片手が凍った男が追ってきていた。目立たない黒の服に動きやすいスニーカーで、氷のナイフを二本持ちあらかじめ用意していたような出で立ちだ。


 携帯でライから指示を受けた人間は二種類いるのかもしれない。以前から指示されていた限られた人間とたった今大々的に指示を受け取った人間。そして前者はおそらく自殺志願者だ。


 男はフードを深くかぶり低い物腰で腕を交差して両側に振り開く。真奈美が零士のをかばうように盾になった。いつもなら顔はないのにこのときになって顔のパーツが苦痛を訴える。


 それならば俺が斬られた方が良かったと零士は痛烈に思ったが男の猛攻が遮った。男には真奈美が見えていないのだ。鼻の頭を切っ先が走った。


 その軌道を追ってもう一つの刃も通りすぎていく。男と横にすれ違いざま、膝蹴りを繰り出す。フード下の男の表情が歪む。が、すぐに体勢を立て直してくる。左、右と交互にナイフが降りかかる。

 

 真奈美が金属音を発した。零士は聞き慣れているが男の頭は割れんばかりの轟音に感じるだろう。男の耳から血が流れる。鼓膜が破けたのか。真奈美やり過ぎだ!


 足早にその場を離れた。真奈美は必死に痛みを堪えるような顔をする。腹が裂けている。痛みを感じるわけではないはずだがこれも代償か。確かに真奈美の顔でやられると見ていて辛い。ひとまず男をまけたようだ。小さな公園に来ていた。


 立ち入り禁止の茂みの奥まで踏み込んだ。こうして追われる身になってみると犯罪者になったみたいだ。本当の犯罪者はライだというのにあいつは平気な顔をしているはずだ。そこまで思考してみて零士はライがまたこんなゲームまがいのことをするのは何故かと疑問にぶち当たった。ライは愉快に楽しんでいる訳じゃない。きっと俺を殺しても満足しない。


 ふと記憶の中でライの笑い声がする。ライとの親しい記憶さえ醜悪に思えた。

 真奈美の傷は何ともなかった。やはりミカエリが大げさに俺を心配させたくてやっていたようだ。だが顔のばらばらのパーツから光が消え、少なからずダメージもあったようだ。ミカエリにも命があるのか。なら、真奈美の姿も意味がない訳じゃない。


 零士は恐る恐る自分の携帯を見た。直接俺の携帯にかけてくれば大勢の人間を巻き込まなくてもよかっただろうに。無差別に殺人を強要している手口に憤りを感じた。


 携帯でテレビを見てみた。たぶん、自分の携帯が一番安全な携帯だ。もしくは、何かコンタクトがあるかもしれない。


「知り合いからの携帯電話が鳴ってもでないで下さい。メールも注意して下さい」

 コメンテーターは気に食わない顔をして言った。

「単純にテロでしょう」


 ゲストには霊能力者まで呼ばれている始末だ。

「これは不の連鎖反応ですね。超常現象は時折、連鎖して同じようなことが起きるんですよ」

 話の噛み合わない滑稽なバラエティ番組のようだ。


「携帯を使っているというのは一種の忌ましめのようですね。私達は携帯に頼り過ぎているという。これが人為的に行われている可能性は十分あるとも、思いますけど、実際インターネットやテレビはこうした乗っ取りがまだ行われていないようですし」


 ネットにアクセスしてみると、自分の名前がすっかりリアルタイムの話題を網羅していた。顔写真はもちろんのこと、誰が調べたのか家の住所まで載っている。

「ばあちゃんやばいやん」


 駆け出しそうになって、もう一度携帯で自分の家の情報がないか調べた。もう遅かった。家の画像がアップされていたが、玄関から氷の結晶が覆い尽くし、窓も割れ、氷山が家に突っ込んでいた。しかも、周囲は人がうろついているようだ。


 警察の画像も上がっていて、氷の刃物を持った人間により負傷していた。道端に横たわる警官の死体、氷漬けのパトカー。アクセスが集中しすぎて繋がらなくなった。別のサーバーは既にダウンしていた。


 真後ろでシャッターを切る音が聞こえた。

「あほか。なに勝手に撮ってくれとんねん」

 異常時でさえ面白半分に撮影する人間いるのは分かっていたが、実際に目の当たりにするとこれほど腹立たしいものはない。

 

 更に悪いのは、その撮影した若い男の携帯もすぐに凍り始めたことだ。この後どうなるか、知っているらしく、慌てふためいているが、まさか自分もこんな目に合うとは信じていなかったのか。都合のいいように生きてんねんな、こいつ。


 素早くその場を離れ、大通りを抜けた。そのとたん、大勢の人間が氷をかざして追いかけてきた。洗脳された人間がわずか五分程でこれだけ広がっているとは。


 悪七はどこだ。きっとこれだけのことをするのだから、どこかで見ているはずだ。いや、見ていたいはずだ。零士は直感的にビルを見上げた。タワーだ。悪七は見下ろすのが好きだった。天体観測のとき、俺達が上った屋上から、俺は星ばかり追っていて、楽しげに微笑んだライはときどき、手すりから下を見下ろしていた。


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