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電車に乗って旅に出た。
出ざるおえなかった。出来れば部屋で引きこもりたい気分であり、可能なら実家に帰りたい面持ちだ。
暇潰しに使うスマホは既にバッテリーは虫の息、気晴らしに使ってたのが仇になってしまった。
カバンを漁るがお目当のモバイルバッテリーが見当たらない。
急いで用意したので忘れたらしい…
起こり得る何もかもがもたらされた不幸の様に思えて思わず深く、誰にでも分かるようなため息が漏れる。
放送が流れて電車のスピードが下がっていく、横にいる高校生っぽい人達のクラスのあの子の愚痴大会で上手く聞き取れなかったので向かいの窓から看板を確かめようと上体を起こしたが、目の前の人と一瞬目があったので誰にも分からないように視線をずらして窓をみる。
(後2つ先か…)
予定より大分早いけど、待ち合わせに間に合わなくてドタキャンされるよりはずっといい。
今日は会わなければならない人に会うのだから、、、おそらく
これから起こる事、しなければならない事を想像していると省エネ設定のスマホの画面が暗くなる。
再びネットに心を沈めようとした時に不意に目の前の人の顔が映る。
「……。」
逆光で表情まで見えなかったのは幸いだった。
再び画面を表示して待ち合わせの人にメールを送る。
[もうすぐ到着します。]と出来るだけ丁寧な文面で送信する。
メールを送信した後に電車が駅を通り過ぎる不意に外を眺めて一息つく。
知らない風景を眺めながらざわつく気持ちを少しでも落ち着かせようとする。
眺めていると割とすぐに携帯からバイブ音がしメールが返って来た。
[何両目?]
ただ一言書かれていた。てっきり駅前だと思っていたけど、どうやらホームまで来ているらしい。
私はすぐに自分が最後尾にいる事をメールする。
もうすぐ到着する所為で少し雑多なメールになってしまった。
電車がスピードを落として駅に着こうとする。
私は一足先に席から立ち上がりドアの前に立つ。
キィ…と甲高い音を立て少しの振動とともにドアが開く。
電車を出てまず周りを見渡した。あらかじめお互いに見分けがつくように特徴を言っていたのでそれをまず確かめようとした。
メールを見てくれていたなら此方に向かっている人の筈と目星をつけて辺りを探って見る。
探っていると二回杖が地面に叩かれる音が聞こえる、音の方向を見ると1人の男の人が居た。
ツカツカと音を立てながら私の目の前に来て
「礼美ちゃんであってる?」
男の人は第1に私の名前を言った。
一瞬ドキッとしたがすぐに返事を返す。
「は、はい!そうです!あ、あなたが、その、お父さんの言ってた...」
「そうそう」
黒い杖を両手で持ち仁王立ちをしている彼は私の父の弟にあたる人
つまり私の叔父さんにあたる。
私の父は今年で40を過ぎてから五年経つ、顔のシワが少し目立つ年になった。
父はジムに通っているのでそれなりに体格も良く小さい頃はその大きな腕っぷしによくぶら下がっていた。
目の前の人ははっきり言って頼りないひとだった。
杖をついているという事は足腰が弱いのだろうか?
目はタレ目で眠たそうに見える。
「改めて自己紹介するね、上の苗字は君と同じ黒沢で、名前は晋三」
「晋三おじ・・・おにいさん」
慌てて訂正する。
「いいよ、叔父さんで、そんな歳でもないし」
「わ、私もお父さんの娘で礼美っていいます」
お互いに紹介とお辞儀をする。
「随分早かったね。待ち合わせまでは結構時間あったからコーヒーでも飲んで待ってようと思ってたんだ」
「その・・・迷惑だったでしょうか?」
不安が顔に出ていたのか叔父さんは片手を上げて訂正した。
「いや、悪くないよ、急ぎだもんね」
じゃあ、行こうか
杖をつきながら叔父さんは改札に歩き出した。
思ったより足運びが早い。
足が悪いのかなと思ったが左右のバランスは崩れていない。
じゃあなんで杖なんか?
疑問に思いつつも後をついて行く。
駅を出て車に乗り込む。
「何処に行くんですか?」
「んー・・・俺の家」
「あのー頼んでてアレなんですがこういう時って神社とかお寺とかそういう所に行くんじゃないんですか?」
率直な疑問をおじさんに投げかけてみる。
「まぁ、まずは民間療法からね」
少しはにかみながら叔父さんは困ったような表情をした。
頼りない印象とは言え顔は悪いわけではなくどちらかというなら好きな方なので違う意味でドキッとした。
「あの・・・民間療法って?」
「それよりさ、礼美ちゃんって今何年生なの?」
急に話題を変えられた。
「えっと・・・高校2年です」
「高2かー、あの頃から考えると時の流れは早いねぇ」
「あの頃って?」
「ええと・・・君が生まれた時に亮三さん、君のお父さんとお母さんに祝いを言いに行っててね。その時って事」
ああ、生まれた時に来てるんだ。
物心つく前の話をされてもピンと来ないがどうやら初対面という訳ではないらしい。
最も記憶がない私にはあまり関係ない話だが
「高校は楽しい?」
「ん、はい、友達もいるし楽しいです」
「そっかー良かったねぇ」
何の脈絡もなく雑談は進む、主に私の今までの経歴や思い出について聞かれた。
個人的には本命を話したいんだけど、話そうとするとはぐらかされる。
本当にこの人で大丈夫なのだろうか?
最初から募る疑心が大きくなる。
「ここを曲がればうちだよ」
曲がると大きな塀で囲まれた塀より大きな家があった。
庭の端には蔵があり、立派な日本家屋だった。
「えっ!?ここに住んでるんですか?」
びっくりして声を荒げてしまった。
「うん、元々はおじいさんの家だけど亡くなった時に受け継いだんだ」
唖然とした。
立派だ、としか言いようがない。
うちってこんなすごい家系だったのか。
親戚は多くいて毎年沢山回るけどここに来るのは初めてだった。
もし小さい頃に来れば家中駆けずり回っていただろう。
「立派ですね」
素直にそう言った。
「外面はね、中は古いから結構不便な事が多いんだ」
正面を通り過ぎて裏路地の方へ行く。
裏門の方にシャッター付きの車庫があるようで開けっ放しの車庫に駐車する。
車から降りて裏門を見る。
「1人で住んでるんですか?」
「基本はね、たまにお手伝いさんが来るけどそれ以外は1人で住んでるよ」
お手伝いさんって家政婦とかそういうのだろうか?
「お仕事ってどんな事されてるんですか?」
「在宅の仕事、頼まれた事をチョイチョイやってるくらいだよ」
チョイチョイで家政婦を雇えるくらいの職業・・・
(株主、売れっ子デザイナー、建築士とか、想像出来ないけどユーチューバーもあるかも)
色々述べてみたがどれも肯定する様な口振りではぐらかされる。
「契約もあるからむやみに晒せないんだ、礼美ちゃんも社会人になったら分かるよ」
(でも職業くらい言ってくれてもいいのに・・・)
口惜しさを残しつつ庭から正面玄関まで戻って来た。
本殿の前に行こうとすると
「こっちだよ」
指を指しした所はさっきみた蔵だった。
時代劇に出て来そうな重厚な白い壁
重そうな扉の前に立って
「じゃあ、礼美ちゃん」
「?」
「悪いんだけど、ここで携帯の電源切っておいて欲しいんだ」
「え・・・」
不意の一言に危機感を感じて一歩だけ退がる。
「ここに寄贈してあるものはデリケートでね、こういうデジタル系は最低電源を切る事にしてるんだ」
そう言っておじさんも持っていたスマホの電源を切っていた。
正直焦っている。ただでさえ出口が1つだけの蔵の中にスマホの電源を切って信用しきれない男の人と密室空間に入る事は現女子高生としては憚れる。
察したのかおじさんが蔵の扉に手を掛けながら
「・・・とって食ったりはしないよ、君に手を出したら親戚中に干されるだろうし何より君のお父さんにボコボコにされるは勘弁だからね」
「・・・」
言葉に詰まる。前に進むのも後ろに下がるのも私には選択出来なかった。
また頭の中でグルグル考えが巡る。
喉から何か出そうな時に暗闇の中からおじさんが話しかけてくる。
「電車が来た時」
耳を傾ける。
「後部車両に乗っていたよね?」
こくりと頷く。
「通り過ぎざまに女の人が立っているのを見たんだ」
俯く
「髪がボサボサでね、下を向いてたせいか顔は見えなかったけど、赤いジャケットを着てたよ」
自然と指先が震える、丸め込んで手に力を入れる。
「今も・・・向こうの柱に隠れて見てるよ」
それを聞いて身震いする。見ないように気にしないようにしていた視線の先をピタリと当てられる。
「大丈夫、この家には入ってこないから」
この蔵にもね
そう語るおじさんに今まで感じたことのない嫌悪感を感じた。
お父さんがここを頼れと言った時にある事を忠告していた事を思い出す。
『礼美…この問題はあいつに頼めば何とかなるかもしれん、晋三はお爺さん似で色々怪しい事に詳しいからな』
『いいか…解決だけを求めるんだ、深くは関わるな、それがお互いの為になる』
物言い的に変質者とかそういうものだと思っていた。
現にさっきまでは自分の貞操の危機すら感じていたくらい胡散臭が優ってた。
でも奥から感じるおじさんの声はそんな生優しいものでは無く、計り知れない深淵を感じさせる様な恐ろしいものの様に感じた。
ゴクリと生唾を飲み込む、そんな恐ろしい人が支配してる闇に私も覚悟を決めて入っていく。
中の暗さに徐々に慣れてくると少しずつ全貌が見えるようになった。
蔵の中は少し埃臭いが思ったより広く感じた。
両端には木箱や小さい箱が乱雑に並べられている。
その真ん中にあまり似つかわしくない二つパイプ椅子と小さな机がが置かれていた。
「汚くて悪いね、ここが1番安全だから」
奥の椅子に座っているおじさんに少し遠慮しつつ私も手前の椅子に座る。
「若い子をもてなす事は滅多に無いから大した事はないが、茶ならあるから飲みたかったら飲みな」
そういうと机の上に置かれたポットからお湯を出して
コップに注ぐ
パックからお茶の色が滲み出てくる。
(電気ポットに魔法瓶に市販品のお茶パック…雰囲気に合わなそうなものばっかりだなぁ)
見慣れないものばかりだっただけに軽く拍子抜けする。
(こんなでかいお屋敷に住んでるならもっと豪華だと思ってたけど、意外と庶民的なんだ)
「で、今はどうなの?」
「はい?」
「さっきの、見られてる感覚とか、何にも感じない?」
「あ…はい、そう言えば何も」
言われて気づいた、目先の恐怖に釘付けだったせいでさっきまで感じていたあの視線を感じなくなった。
「そう、ならそろそろ本題に入ろうか、君が何をしたか」
「は、はい…実は…」
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「ねぇレイちゃん、ちょっと時間ある?」
その日何故か帰り際に呼び止められクラスメイトが囲む一つの机に集められた。
机の上には長い紙があり文字と数字が綺麗に並べられていた。
「みんなでこっくりさんやろうと思ってレイちゃん入れて4人だから丁度良いと思って」
周りにも何人かいるのに何で私を選んだのか
それはこのクラスでは私は霊感持ちだと噂が立っていた為だ。
その理由は簡単で私がこの手の呪術ごっこに参加したがらないからだ。
恋占い、まじない、願い事系のあれこれなど、なにかを誘われても断るようにしていた。
それがどう歪んだのか、私が霊感持ちでそういう事はしない主義なのだと女子間で囃し立てられるようになったのだ。
ようは面白半分、冷やかし半分といった感じでこういった遊びに度々呼び止められる。
「どう?みんなもいるし大丈夫だから一回くらいしてみない?」
明らかに悪意のある含み笑いを浮かべる同級生
周りも面白いものを見るように見物している。
今までの経験からこういう場で断るのは今後のクラスの立ち位置を危うくする可能性がある。
こいつらにとっては遊びでも私には首に命綱を掛けられたような状況だ。
「いいよ…やるわ、でもめんどーだから一回だけね」
いい色眼鏡で見られるのはうんざりだからここで馬鹿な噂はここで終わらせよう。
そう思って空いている椅子にさっさと触る。
「じゃあ、役者も揃ったしさっさと始めよっか」
机を囲った4人組でコインに触れてお決まりのフレーズを呟く。
「「「「こっくりさん、こっくりさん……」」」」
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「って事があって……」
「ふーん、聞いてる限りだと特に問題は無さそうだけど」
入れられたお茶を飲んで乾いた喉を潤す。
「でも、実際私は被害に遭ってるんです…現に今もあの悪霊に…」
「ふむ、じゃあ並べられて一緒にやった生徒はどうかな、他も何かしら霊障を受けているとか?」
「あんまり親しくないのでそういう事は聞いてません…見た感じはさして変化はないかと」
「なるほど…」
晋三おじさんは言葉を切ってお茶を飲み込む。
「じゃあ簡単な話だね、その時のこっくりさんは特に関係ないのさ」
「え……でも現に私はあれで」
思いもよらない回答に思わず声が出てしまった。
「それはただの偶然だよ…それか……そうだな、きっかけくらいにはなったかもしれないけど、でもこっくりさんは関係ないよ、今回の例に関して言えば」
「それなら尚更…」
何もしていないならなんでこんな目に合っているのか…
少なくとも四六時中睨まれるような事なんてしていないのにと滲んだ目を見せない為に顔を伏せる。
「君は占いとかまじないはしないって言ってたね、誘われても断ってるとも」
「はい、昔からそういうのには興味が無いので…」
「興味がないのにその日はこっくりさんをしたんだね」
「何が…いいたいんですか?」
はっきりしない問答にイライラが募る。
喉元が熱くなるのを感じた。
「君は…自分が『興味がない』んじゃ無くて、自分が『危ない』と思ったからそういう"呪い"の類をしてないだけなのさ」
「無意識、本能、何でもいい、ようは可能性を寄せ付けないように自分で避けていたんだろうね」
ピクッと体が震えた気がした。
「だからクラスメイト達の言っていた事は噂は噂でも"嘘"ではないのさ」
「……めて…」
「今までは見えないフリが出来ていただけなんだ、それが『ただのお遊び』でも世間がいう見えるかもしれない儀式をする事で『見える理由』を自分で作ってしまったのさ」
「…やめ」
「だから…君は最初から"そういうもの"が見えていたんだよ」
「やめてっ…!」
立ち上がって言葉を静止させる。
私の荒い息が暫く蔵の空間に響き渡るがすぐに目の前の男がそれを打ち破る。
「落ち着きなよ、あくまでこれは推測の話さ」
「推測…」
「そ…今ある情報で1番当たってそうな事を出たら目に並べただけさ」
「実際、他の子がどうなってるのか分かってない以上、そう言い切れる証拠もないしね」
「じゃあ、アレがいなくなったらまた元の生活に戻れる可能性があるって事ですか?」
「あの人が君から離れらば或いはそうなるかもしれない」
「あれくらいならお寺で経をあげてもらえば済むかもしれない」
「そうですか…」
平行線だった話の流れで漸く事の解決案が出て来たことに少しホッとする。
「贔屓にしてもらってるお寺があるからとりあえず今回はそこでお経を読んでもらおうか」
「はいっ…!」
「じゃあ、ちょっと待っててね」
そういうとおじさんが蔵から出て行き、カラカラと別の扉を開けて消えていった。
(そっか、携帯ここじゃ使えないんだよね)
一息ついたところで私は蔵の中を見渡した。
さっきは目が慣れていないせいで見えていなかった奥が見えるようになっていた。
昔の棚が端に並べられてその真ん中の更に仏壇のようになった開きのある空間に鈍く光るものが見える。
何か気になって薄めで凝視していると…
「礼美ちゃん、お待たせ」
いつの間にか戻ってきたおじさんが扉の前で声をかけてきた。
「どうでした?」
「連絡とって俺の紹介だから特別にやってくれるって」
「今から行くけど大丈夫だよね」
「良かった!はい、すぐに」
「あっ…でも」
すっかり忘れていたがここから出るとまたあの女に会う事になる。
「はい、これ」
「え」
そう言っておじさんが手からよく見るお守りを渡してきた。
「安産祈願…」
「明記は気にしないで、あくまで終わるまでの避けだから」
一瞬セクハラかと思ったがそれらしいそぶりも見ていないしほんの少しだけどこの人が案外適当な人間だという事がわかったのできっと特に意味は無いのだろう。
「これ持ってれば見えませんか?」
「少なくとも眼前に迫られる事はないよ」
「さ、住職が待ってるから早めに出よっか」
「はい…」
少しの期待と不安を残して私は蔵を後にした。