俺のギアスが世界を制す
第十回書き出し祭り参加作品
第四会場3ポイント
総合92位
ジャンル:コメディ
参加枠獲得競争に負けて
なにも書いていなかったのですが、
突然、ネタを思いついて
リザーバー枠に滑り込みました。
そして過去最低の評価をいただき、
なにも成長していないを地で行く結果に…。
まどろみから目覚めた俺はランタンの煙で煤けた宿屋の天井を見上げた。
そこに浮かび上がる白い文字。
俺にとってはもう見慣れた光景だ。
『朝食を抜く:体力やや上昇。なお朝は夜明けから四時間までとする』
今日の誓約は悪くない。
いくら得られる恩恵が大きくとも守れない約束では意味がないからだ。
すかさず空を掴むように右手を掲げた。
「我は受諾する」
体が光に包まれ、右手の甲に鎖の印が刻まれる。
俺はふうっと大きく息をついた。
成人の儀で流転の女神から恩寵を与えられて早五年。
十五歳となった俺はいくつもの印をこの身に刻んできた。
絶対的な強さに憧れがなかったとは言うまい。
だが、恩寵と共に女神から受け取った神託がいつも俺を苛んだ。
誓約を他人に知られたが最後、その権能は失われると。
こうして誰にも明かせない秘密を抱えたまま、俺は雁字搦めに縛り付けられていた。
そして誓約が紡ぐ網の目をくぐるように戦い続けている。
今更、歩みを止めることはできなかった。
俺は、いや俺たちは幼い頃に誓い合ったんだ。
みんなで吟遊詩人に語り継がれるような英雄になろうと。
「起きていたか? スヴェン」
おざなりなノックとともに返事も待たず扉が開いた。
顔を出したのは蜂蜜のような金髪の癖毛に端正な顔立ちをした少年。
幼馴染みのルドヴィックだ。
同じ村の出だが、妙に気品があってやたらと女にもモテる。
貴族の落し胤ではないかと噂になったこともあるが、当人は笑い飛ばしていた。
まあ、ヤツの両親を見ればすぐにわかることだ。
村一番の美人を嫁にした父親の血は争えない。
「ああ、今、目が覚めた」
「よし、それじゃ、中庭で相手をしてくれ。さあ、起きた、起きた」
ルドヴィックは聖騎士の恩寵を得ていた。
剣と盾の扱いに長け、聖術と呼ばれる癒しの魔法も操る恩寵。
とても貴重で強い力を与えてくれる。
俺の誓約とは雲泥の差だ。
その上、毎日の鍛錬を欠かすこともない。
息を吸うように身体を鍛え、技を磨くことを楽しんでいやがる。
天はヤツに二物も三物も与えたようだ。
背中を押されて中庭に出た俺に木剣が投げ渡された。
ルドヴィックが煽るように木剣で盾を叩く。
どこからでもかかって来いとの合図に思わず苦笑した。
ヤツとの実力の差は歴然としている。
だが、才能はなくとも俺も鍛錬は嫌いじゃなかった。
毎日の積み重ねが、わずかでも足を前に進めてくれると感じられる。
そう、誓約のような不確かなものではない。
確かな力だ――。
さんざっぱら打ち据えられてほうほうの体で戻ってきた俺を出迎えたのは、鼻をくすぐるパンの香ばしい匂いだった。
宿屋の食堂にはもう仲間たちが集まって朝食をとり始めている。
同じ年に成人の儀を受けた幼馴染みの五人。
今は冒険者となって一緒にパーティを組んでいる。
自慢の仲間たちだと胸を張って言えるだろう。
たとえ彼らと肩を並べることが、俺には分不相応だとしても。
「ああ、朝飯はいらない。腹が減ってないんだ」
「スヴェン、食べておいた方がいい。体を作るにはまず食事からだぞ」
素通りしようとした俺を咎めるように、アストリッドが苦言を呈する。
射すくめるような鋭い視線。
長い黒髪を後ろで結った彼女は俺より拳ひとつ分背が高く、均整の取れた肢体は見ていて惚れ惚れするほどだ。
彼女の強さは決して剣聖の恩寵によるものだけではないだろう。
その言葉には思わず頷いてしまうような説得力があった。
アストリッドは固いパンを千切り、スープに浸して口に運ぶ。
淀みなく流れるような所作は見惚れるほどだ。
眉間に皺を寄せているくせに、その手は休むことなく動いていた。
食事を楽しんでいるとき、彼女はいつも真面目くさった顔をしている。
俺はおもむろに彼女の背後に忍び寄ると、両頬をつまんで上に引っ張った。
「にゃにをしゅる。やめりょとひつもいってるだろ!」
鬱陶しそうに手を払い除けたアストリッドが目を細めて睨み付ける。
威嚇しているつもりかもしれないが、俺にとっては逆効果だといい加減、気付いてもいいだろうに。
毎日、儀式のように繰り返すいたずらの隠された意図を彼女は気付いていない。
戦うこと以外では呆れるほどの察しの悪さだ。
『好きな人の頬をつまむ:敏捷性やや上昇。なお人には亜人を含む』
果たされた誓約による力が体の中に流れ込んできた。
これで今日も仲間たちの隣に立てる。
俺は密かな満足感を得て口の端を歪めた。
「ったく、スヴェンはもう少しみゃじめぇにしゅればあしゅとも」
余計なことを漏らしそうなルドヴィックの頬もついでに引っ張っておく。
これで勘の鈍いアストリッドには完璧な偽装になっただろう。
そんな俺を横目に彼女は大きなため息をついた。
「小さい頃はあんなに素直で可愛かったのに……。どこで間違えたのか」
「アスは昔も今も変わらず可愛いぞ」
「お前のそういうところに、信をおけないと言っている!」
旗色が悪くなった俺は仲間たちの笑い声を背中に受けながら自室に撤退した。
俺たちはこの一ヶ月の間、モーイ・ラナ迷宮に挑戦している。
現在の到達深度は地下十階。
冒険者ギルドの最高到達深度十八階まで、ようやく半分を超えたところだ。
新人のパーティにしてはよくやっていると酒場で噂になる程度には優秀な面子が揃っていると自慢していいだろう。
「みんな準備はできたか? それじゃ、出発だ」
ルドヴィックの呼び掛けに頷きを返すと、荷物を担いだ仲間たちは次々に外に出て行った。
俺も後に続こうとして、寸でのところで立ち止まる。
『宿屋から左足で出る:体力大きく上昇。なお宿屋は敷地までとする』
危ないところだった。
大きな恩恵を与える誓約は破ったときの反動も大きい。
気を引き締め直して。
「何をしている? さっさと行くぞ!」
後ろから近寄ってきたアストリッドが俺の肩をとんと突く。
たたらを踏んで思わず踏み出した右足。
目の前に浮かんでいた白い文字が消え去り、体の中から大きな力が失われた感覚に頭を抱えた。
「あああ……、俺、ちょっと、調子悪いみたいだ。今日は休ませてくれ」
「はあっ?! 急に何を言い出すんだ、スヴェン」
「すまない。このまま一緒に行っても足を引っ張りそうで」
「……まったく、腕は立つくせに波が激しいのがお前の悪いところだぞ。しっかり食べないからだ」
腕を組んだアストリッドが咎めるような視線を向けてくる。
返す言葉もない俺はひたすら謝り倒して、その場から逃げるように背を向けた。
今頃、仲間たちは上層で魔物を狩っているだろうか。
自室に戻った俺はベッドに寝転んで天井を眺めていた。
隣に立つと誓ったはずなのに、俺だけがこの体たらくだ。
恩寵に頼らなければ彼らに追いつけない。
だが、それに頼りきりでは確固たる力を得ることは叶わない。
「素振りでもするか……」
起き上がった俺の目の前で、不意に浮かび上がった白い文字が消え去る。
『仲間に大怪我をさせない:精神力少し上昇。なお大怪我は命の危険があるものとする』
喪失した力なぞ目もくれず、咄嗟に剣を手に取って宿屋を飛び出した。
大きな荷物を背負ったように体は重く、反応は鈍い。
気がせくばかりで、心が千々に乱れる。
『石畳の境目を三十歩踏まない:体力少し上昇』
『石畳の境目を八十歩踏まない:体力少し上昇』
『石畳の境目を二百歩踏まない:体力少し上昇』
小走りで急ぐ俺を、すれ違った人たちが不思議そうな目で見る。
いつもならなるべく人目を引かないように誤魔化していたが、今はそんなことに気を回していられなかった。
夢が潰えてしまうかもしれない瀬戸際で、俺だけが蚊帳の外なんて到底納得できるものではない。
そして、その引き金を引いたのが自分だということに。
迷宮の入り口は見張りの兵士が詰めているだけで閑散としていた。
冒険者たちが迷宮に入るのは朝の内だ。
危険な場所で夜を明かすことなんて誰も望んではいない。
昼近くともなれば姿が見えないのも当然のことだった。
仲間たちに危機が迫っているのは確かだ。
だが、闇雲に駆け回るだけで見つけられるほどの幸運は期待できないだろう。
しばし逡巡しているところへ、慌てた様子の冒険者が迷宮から転がり出てきた。
「気を付けろ。地下三階までミノタウロスが上がってきてやがる!」
その警告が雷のように俺を貫いた。
本来ならミノタウロスは地下十階まで潜らないと出会えないはずの強敵だ。
万全の体勢なら俺たちのパーティでもなんとか倒せただろう。
だが、今日は面子が一人欠けている。
呼び止めようとする兵士を振り切り、俺は迷宮の中に駆け込んだ。
もう迷っている時間は残されていなかった。
仲間たちを救うためなら何を犠牲にしたっていい。
そして、保留していた誓約から、ひとつの文言を頭に浮かべた。
『死ぬまで童貞を守る:全ての能力を二倍』
空を掴むように右手を掲げる。
「我は受諾する」
体が光に包まれると同時に、荒れ狂うような膨大な力が流れ込んできた。
コメディに挑戦しようとしたのですが、
中途半端になってしまったのが駄目でしたね。
情報の整理も上手くなかったのですが、
オチも盛大に外してしまいました。
好きな人と関係を持つと力を失う
葛藤を取り込もうとしたのですが。
うーん…。