たとえそれが、キミの選択だとしても
第3回かざやん☆かきだしコンテスト!参加作品
?票
順位不明
ジャンル:ヒューマンドラマ
書き出し祭りの失敗を糧に参加してみました。
結果はまったく響かずに大失敗です…orz
優しく降り注ぐ雨も悪くない。
けれど、梅雨の合間に晴れ渡った空はどこまでも澄み切っていて、私の心を軽くさせた。
春には華やいだ雰囲気に満ちていたキャンパスも、すでに落ち着きを取り戻している。
サークル同士の殺気だった新入生勧誘にも一段落がついていた。
二年生となった私は少しだけこの風景にも馴染んで。
初めて実家を離れた解放感と一人暮らしの心細さを抱えながら大学生活を楽しんでいた。
午後の講義を終えた私は急ぎ足で駐車場へ向かう。
誰かと歩調を合わせる必要がないと自然にペースが上がった。
流れるように過ぎ去る風景が心地いい。
構内をショートカットするルートは新入生にまだ知られておらず人影はまばらで。
広い海を泳ぐようにスイスイと足を進めた。
「結愛ちゃんのこと、ちゃんと見てあげてください!」
突然、響き渡った甲高い子供の声に、何事かと慌てて視線を彷徨わせた。
ワンボックスカーの陰、男の行く手を遮るように立ちはだかる少年の姿を捉える。
幼さはあれど将来性を感じる端正な顔立ち。
私より頭ひとつ分は小さいのに、ぴんと背筋の伸びた姿勢には確固とした意志を感じさせた。
「はあっ? ウッセーんだよ。お前に言われる筋合いねーっての」
「あなたの子供じゃないですか。なんで話を聞いてあげないんですか?」
「チッ、ガキのくせに! 関係ねーってんだろ。ったく、だからあの時、俺は堕ろせって言ったんだ……」
男の身勝手な言い分が耳に届いて、心臓に杭を打たれたような痛みを感じた。
どこにでもいる大人しそうな雰囲気の大学生。
彼の口からこんなにも激しい言葉が飛び出したことに驚きもある。
他人の事情にくちばしを挟むつもりはなかったが、事の推移を見守るために足を止めた。
「自分の子供が可愛くないんですか?」
「俺を縛るだけの存在に、どうして愛情を注げるってんだよ。あいつが勝手に育てればいいだろうが」
「……それなら結愛ちゃんに手を上げないでください」
「はあ、てめっ?!」
激昂した男は躊躇うことなく拳を振り下ろした。
咄嗟に腕を上げて身を守っただけでもたいしたものだが、少年の身体は呆気なく地面に吹き飛んだ。
私は傍観者の立場をかなぐり捨て、身を挺して少年を守るように二人の間に割り込む。
「止めなさい! あなた、立派な暴行罪よ。警察沙汰になりたいの?」
「知らねーよ。そいつが勝手に転んだだけだろ」
「往生際が悪いわね」
「変な言いがかりつけてんじゃねーっての。お前らグルだろ。俺を騙そうとしやがって」
男の支離滅裂な言い訳に頭が痛くなった。
いい加減、通報してしまおうかとポーチに手をかける。
不意に背中で身じろぎをする気配。
振り返ると穏やかな表情の少年と目が合って毒気を抜かれた。
「お姉さん、ありがとうございます。でも、警察は呼ばなくていいです」
「大丈夫なの? 怪我してない?」
「はい、この通り。何ともありませんから」
「そう、それならいいんだけど……」
言葉には若干の強がりが感じられたが、私は気付かないフリをした。
立ち上がった少年は目の前の男に真剣な眼差しを送る。
不貞腐れた態度の男は苦々しげな表情でそっぽを向いた。
どう言葉を尽くしても彼の考えが変わることはないだろう。
私は漏れそうになる溜息をそっと飲み込んだ。
その時、少年の口から言葉が紡ぎ出された。
子供の声でありながら老成したように落ち着いた口調。
それはどこかチグハグな印象を与えた。
「どんなに嫌っていても結愛ちゃんが家族であることに変わりありません。あなたは自分のお父さんと同じことをしていると気付いていますか?」
「はあ?! あのクソ親父と、俺が、一緒……だと。バカな、あり得ない」
男は放心したようにぶつぶつと独り言を繰り返す。
自分のことで精一杯なのか、こちらを見向きもしなくなった。
魂が抜けたような男の様子を見て、少年はふっと息をついた。
「行きましょう、お姉さん。もう十分です」
「……えっ、うん。そうね」
男をその場に残して私たちは足早に立ち去った。
最初は早歩きだったペースが次第に落ちる。
片足を庇うような歩き方を見れば、理由は素人目にも明らかだった。
「足を挫いたんでしょう?」
「すみません、黙っていて」
「しょうがないわね。キミ、家はどこなの?」
「えっと、ホームセンターの裏辺りです」
「ちょっとここで待ってて。いい、動いたらダメだからね」
私は自分のバイクを取りに行くと、とんぼ返りで少年の下に戻った。
タンデム用の新品のヘルメットを胸に押し付ける。
スカートの友達は乗りたがらないし、ベタベタと触りたがる男は乗せたくない。
そんなわけで買ったはいいが、これまで一度も使ったことがなかった。
「その足じゃ、帰れないでしょう。家まで送ってあげる」
「そんな、いいです。迷惑じゃないですか」
「帰り道の途中だから、気にしないで」
それでも躊躇っている少年を強引にタンデムシートに乗せた。
困ったような顔に、満面の笑みを返す。
「ほら、腰に手を回して。しっかり掴まっていてね」
「……は、はい」
おずおずと伸ばされた手を引っ張って体を密着させる。
背中から伝わる体温が少年の存在を強く感じさせた。
道案内をしてもらいながら家まで二十分のツーリング。
初めての二人乗りに心が躍るよりも、命を預かっているという責任感から緊張の連続で。
一人で気楽に走るよりも、ずいぶん時間がかかってしまった。
少年の家は年代物のアパートの一階だった。
合板がはがれかかっている安っぽいドアには表札もない。
今更ながら互いの名前も知らないことを思い出した。
「挨拶が遅くなっちゃったけど、私は楠奏歌。あの大学の二年生よ」
「僕こそ、すみません。家まで送ってもらって、ありがとうございました。桜木律紀、小学四年生です」
「えっ、本当に四年生? 十歳ぐらいだよね? しっかりしているなあ」
「友達にもよく言われます。おっさんくさいって」
子供っぽくないのとおっさんくさいの間にはとんでもなく広い溝があるように思えたが、あえて指摘はしなかった。
自分が十歳だった頃の記憶を遡る。
友達が通うピアノ教室に行きたいと親に駄々をこねたことを思い出し、眉間に皺を寄せた。
「あの、何もお礼できませんが、お茶でもどうですか?」
「迷惑にならない?」
「大丈夫です。母さんは朝まで仕事ですから誰もいませんし」
「そう……、それじゃ、お邪魔します」
ステンレス製の流し台横の短い廊下を抜けて中に案内された。
学生向けのアパートと然程変わりない間取りに少し驚く。
家族で暮らしているわりに最低限の物しか置かれていない生活感のない部屋。
自己主張の少ない少年にどこか儚さを感じる。
「何もなくて驚いたんじゃないですか?」
「そんなことないわ。ただ、キミが今にもいなくなってしまいそうで」
「こっちに引っ越してきたばかりなんです。家、色んな所を転々としてて」
「もしかしてあの男が原因?」
「いえ、あのお兄さんは結愛ちゃんのお父さんですよ。学童保育で知り合った女の子なんですが、困ってたみたいだから」
知り合いの女の子を助けるために直談判に行くなんて、子供らしくない行動力とも言えるし、子供らしい短絡さとも言えた。
その原動力が正義感からか同情心からかはわからないが、彼の行動自体には好感が持てる。
きっと救いを求めていた女の子を放っておけなかったのだ。
誰もが関わり合いを避ける中、手を差し伸べた勇気を称賛したかった。
いつの間にか頭の中で女の子の姿と自分自身が重なって見えた。
「随分、危ないことに首を突っ込むのね。大人に任せようとは思わなかったの?」
「何度か先生にも相談したんですが、上手くいかなくて」
「だからって直接、話しても解決しないでしょう?」
「そうとも限りません。お兄さんも思い直してくれたみたいですし」
言葉が持つ力は思った以上に小さいものだ。
呼びかけたところで答えが返ってくることなど多くはないはずなのに。
少年の自信に満ちた眼差しに、私も信じてみたくなった。
優しい心を持っているのにどこか臆病で。
目的に向かって真っ直ぐ突き進むのに自分のことには遠慮がちで。
落ち着いた雰囲気なのに純真さを失っていない。
そんな不思議な少年との出会いがあんな悲劇を生んでしまうなんて、そのときの私は予想だにしていなかった。
空中庭園とは名ばかりの農学部の畑が広がる大学の屋上には、私と律紀の二人しかいなかった。
夕日がコンクリートも給水塔もベンチも、何もかもを赤く染めていたのに。
彼の顔だけが青ざめて見えた。
フェンスの上の有刺鉄線に段ボールを被せて乗り越える計画的な行動。
私と出会うことだけが予想外だったのだろう。
「律紀くん、バカなことはしないで。家に帰ってこれからのこと、一緒に考えましょう」
「来ないでください! 僕は奏歌さんと、もう顔を合わせるつもりはなかったんだ……」
「私は諦めていないよ。何が最善かなんて、わからない。でも、死んでしまったら、それもわからないままじゃない」
「そうじゃないんだ。僕は……」
「ねえ、話して、答えて。言葉じゃないと伝わらないものもあるのよ」
「僕は、僕は奏歌さんの子供の代わりにはなれないんです!」
決定的な決別の言葉だった。
私の視界に映る少年の姿が歪んで見えた。
いつの間にか頬を伝う涙が零れ落ちたことを、受け止めた手の甲で感じた。
接触テレパスの少年と世話焼きなお姉さんが
周囲で起こる事件を解決するバディものです。
それぞれが問題を抱えた共依存関係なのですが、
そこから新たな一歩を踏み出すような結末を目指していました。
いつもはジャンルから書くものを決めているのですが、
今回は様々なアドバイスに全力で従ってみようとしました。
・出だしで主人公の情報を伝える。
・三行で引き込む。
・結末を匂わせるような構成。
構成は上手く扱えませんでした。
後半になるほど推敲が甘くなるのは悪い癖ですね。
今回も情報の整理で失敗したようです。
書き出し勝負なのに情報を出し渋っているのが問題かも。
多くの人に指摘された大学生なのに父親との違和感も、
説明しないまま流してしまいました。
経験が活かされていないなあ。