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書き出し書庫  作者: Jint
5/23

鬣狗の理

第八回書き出し祭り参加作品

第三会場7ポイント

総合62位

ジャンル:ノワール


第七回に続いて参加してみました。

筆が乗らず悩みながら書いた作品でしたが、

残念ながら結果も振るいませんでした。

 何もかも夜が優しく包んでくれるなんて道にガムを吐き捨てるだけで逮捕されるお綺麗な街に住んでいないと出てこない言葉だ。闇の中でこそ悪徳は栄え、腐敗は進むというのに。


 跡をつけてきた男は三人。二十代前半、安っぽい服装、周囲を威嚇する目つき。わかり易い犯罪集団(ギャング)の構成員。公安が国外向けの建前を守るために汚れ仕事を外部委託する輩だ。


 人気のない路地に入ると、男たちが不用意に距離を詰めてきた。角で待ち伏せ、息を潜める。暴力に酔った高揚感、単純な思考、想像力の欠如。出会い頭に掌底で顎をかち上げる。ガチンと歯が噛み合う音が響いた。

 仲間を巻き込んで倒れるパーカー野郎には目もくれず、最後尾の赤シャツの腕を掴んで足を刈る。体勢を崩して後頭部を地面でしたたかに打った赤シャツはピクリとも動かなくなった。


 残りの一人、革ジャンは相棒のシャウが地面に組み敷いていた。相変わらず手際がいい。小柄な身体は荒事向きではないが、一対一(タイマン)で負けることはほとんどない。爺さんの薫陶の賜物だ。

 得体の知れない護身術だが、力で劣る俺たちにはなくてはならない武器となっていた。通信教育で習ったと爺さんは笑っていたが、何がおかしいのかサッパリだ。戦前世代の感覚はどこかズレている。


 手早く奥の暗がりに三人を引き込んで尋問を始めた。多少、騒いでもこの辺りで気にする奴はいない。訴える先が犯罪者どもとグルなのだから無駄だと躾けられている。目の前で倒れている奴らのお陰だ。


「なあ、なんで俺たちを狙う?」

「てめえらがコソコソしてるからだろ、ぐがああっ!」


 路地にうずくまったパーカー野郎の顔を爪先で蹴り上げた。くぐもった呻き声を上げて口を押さえるが、指の合間から溢れ出た粘り気のある液体が地面を濡らす。ゴボゴボと膨らんだ泡と共に白い欠片が落ちた。


 手っ取り早く相手の心を折るには痛みより視覚に訴える方が効果的だった。想像力が掻き立てられる。硬い殻は内部から膨れ上がった不安(ガス)で自壊する。

 痛みに耐える丸まった背中を一瞥し、脇腹に足先をめり込ませた。声にならない叫びをBGMに革ジャンの髪を掴んで顔を上げる。


「もう一度、聞く。俺たちを狙った理由は?」

「えっ、い、いや、俺は……」

「ほら、早く歌わないと、自分の歯で食べられなくなっちゃうよ。あんな風に」


 シャウが煽るまでもなく、革ジャンは怯えを隠せないでいた。自分がなぶられる側に落ちるとは思わなかったのだろう。立場が逆転したことを理解するまで無言で待った。


「あ、怪しい奴を片っ端から捕らえろと……」


 随分と曖昧な命令だった。それで問題なく組織が回っているのだから彼我の力の差は歴然としている。権力を笠に着て暴力を行使することを糧にしている輩はどこにでも湧く。かつて同胞だった者の血肉を喰らうゾンビのような存在だ。安らかな眠りを与えることだけが救いとなるだろう。


 計画が漏れているわけではないとわかれば、長居は無用だった。革ジャンの首を踵で踏み抜く。四肢は力を失い、だらんと地面に落ちた。ナイフひとつを持ち歩けない俺たちは介錯人よろしく首を折って回った。もう空き缶を潰すよりも手馴れた作業だ。ナムナムと爺さんの口癖を真似る。


 端末からSNSを立ち上げて三匹の子猫の貰い手を募集する。拡散されてすぐに候補者が現れた。どこかの部品工場の職員が小銭稼ぎに名乗りを上げたのだろう。臓器を抜かれた多くの廃棄物が毎日のように処理される。身元不明死体(ジョン・ドゥ)が見つかることはなかった。


 闇に沈む居留地――街灯のソーラーパネルさえ翌日には盗まれるからだ――では目に映らないからといって、そこら中にへばりついた汚泥が消えてなくなることはない。生まれたばかりの赤児でさえ信じないだろう。

 足元から湧き上がる腐った臭気が魂に染み込んでいた。最早、慣れ親しんだ身体の一部に他ならない。どいつもこいつも近づくだけで鼻が曲がりそうだ。

 まあ、ほとんど鼻が詰まっている輩にとっては暗闇が全てを覆い隠してくれるのだろう。過去の夢に浸って生きながら死んでいる。生ける屍が黄昏時に蘇り生者の肉を喰う。正しく地獄の有り様だ。


「ああ、ショッピングセンターの屋上からナイスショットを決めてやりてえ……」

「また、セイがぶつぶつ言い始めたぞ。戦前の映画なんて頭のおかしい奴しか見てねえから」


 シャウが腹を抱えて笑いながら俺を指差した。伸ばし放題の癖毛の間からのぞく目は世を拗ねたギラついた光を放つ。死んだ魚のように光を失った俺の目とは対照的だ。

 教化院を卒業して五年。十七歳になってもシャウは変わらない。ガリガリに痩せこけた小柄な体躯。いつも腹を空かしていたからだ。俺たちはよく近所の川で鯉を釣り、腹の足しにした。ヘドロの中で育った鯉の身は泥臭い味が抜けない。きっと俺たちを喰うゾンビどもも泥臭さに顔をしかめるのだろう。


「チッ、うるせえよ。それよりルートは頭に入ってるんだろうな?」

「当たり前だろ。俺たちゃ幽霊(ゴースト)のように神出鬼没だぜ」


 街灯は壊れたままでも監視カメラは二十四時間絶賛稼働中だ。手を出した者が軒並み収容所送りとなれば、アンタッチャブルな代物だと薬物中毒者どもの腐った頭でも理解できたのだろう。

 闇の中でも鮮明に映し出す赤外線。高度な顔認証システムは誰がどこで何をしていたか白日の下に晒し出す。政府に逆らうなんて後先考えない馬鹿のすることだ。例えば、金もなく、人脈もなく、仕事もない、そんな生きる価値のないガキども。


「さっさと片付けようぜ。いつまでもカメラが故障してくれるなんて思わない方がいい」

「へいへい、ったくセイは臆病者だよな。こいつを成功させれば晴れてBランクに格上げだぞ。もっと喜べよ。んな不景気な面でこの世に生まれてきたわけでもねえだろ?」


 シャウの言い分もわからなくはなかった。俺たちは小さな任務を積み重ね、ようやくこのチャンスを掴んだのだ。

 SNSから送られてくる任務のほとんどが誰にでもできる退屈なもので違法性も低い。材料の買い出しから荷物の運搬、風景の撮影、見知らぬ誰かの尾行。どれも計画の一端でしかなく、末端の構成員ではこれっぽっちも全容を把握できない。

 まだ監視カメラにペンキをぶちまけろと言われた方が目的はハッキリしている。


 数多の構成員に細かく切り分けた任務を与える。何をしているのか本人たちにもわからない。そこには崇高な理念も身命を賭すような使命感もなかった。

 それでも任務を遂行すれば難易度に応じて仲間内からファボがもらえる。集めた分だけ商品と交換できた。仕事のない俺たちにとっては今日を生きるために掴んだ細い糸だ。大きく稼いで美味い肉を腹一杯食いたい。先の見えない独立運動に身を投じる戦士なんて皆そんなものだった。


 運悪く監視カメラが故障したルートを抜けて俺たちはホテルの裏口からスタッフルームに入り、用意された制服に着替えた。指示通りにロッカーに残された荷物をピックアップし、カートに積んで目的のフロアまで移動する。


 ホールでは党の高級幹部の子弟たちのグループである紅玉団が開いたパーティが開かれていた。シャンデリアの灯りの下で可憐な花たちが綻ぶ。男たちから品定めされるような視線を投げられる彼女たちはいずれも二級市民。着飾ってはいるが、俺たちと同じ血を引く少女たちだ。


 ホールの華やかな雰囲気とは対象的に裏方ではスタッフが慌ただしく走り回っていた。ヘルプで集められたスタッフも多いのだろう。新顔の俺たちでさえ、怪しむような素振りをする者は誰もいなかった。


 掠れた口笛を吹いたシャウが脇腹を肘で突く。顎でしゃくった先に目を向けた。そこには口に手を当て、驚きの表情を隠せないでいる少女の姿があった。

 凛とした雰囲気と強い意志のこもった黒い瞳は昔とちっとも変わらない。腰まで伸びた烏の濡れ羽色の髪。嫌なことがあると、いつも無心で彼女の髪を梳いていたことを唐突に思い出した。


 トーカ、俺たちの幼馴染――。


 もう随分長い間、顔を合わせていなかった。彼女は同じ教化院の同級生でいつも一緒に遊んでいた。まだ幼い頃の話だ。

 資産家の両親は優しい人で俺たちのような薄汚れたガキにも嫌な顔ひとつせずに家に招いてくれた。チョコレートのほろ苦い甘さを初めて知ったのもこのときだ。


「元気にしてた?」

「まあ、なんとか」


 飲み物を取るフリをして近付いた彼女が小声で問いかけた。視線は一瞬交差しただけで離れた。互いの立場の違いが否応なしにそうさせる。パーティに招待されているということは彼女の目的もありふれたものなのだろう。


 紅玉団のメンバーは党の要職に就くことがほとんど確定している。彼らの係累になれば、特権的待遇を得られる。彼女たちの肩には両親や兄弟、祖父母など多くの血縁の命がかかっていた。皆が生きるために必死だ。


「急にいなくなったから心配してたのよ」

「食い扶持を稼がなきゃならなくてね」

「それぐらい父に頼もうとは思わなかったの?」


 これは絆の踏み絵なのか。思いがけず彼女の言葉が心の中に巻き起こした猛烈な嵐に翻弄される。思い出が急激に色褪せて見えた。彼女を生贄にして生きたいなど誰が望むものか。全てが馬鹿々々しく思えた。これは俺の最後の意地だ。


「ここから……」

「えっ?」

「早く離れた方がいい。すぐにだ」


 もう振り向かずに足早にホールを出た。追ってくる足跡はひとつ。トーカのものではないとわかっていた。

タイトルは「ソーシャル・ネットワーキング・テロリスト 」

と迷って字面で選びました。


今回、ジャンルはノワールでいこうと決めて書いてみました。

精神的に余裕のあるときは読みたくなるんですよね。

エルロイとか馳星周。

落ち込んでいるときには本を開きたくもならないんですが。


舞台は「五分後の世界」のように分割統治された日本の居留地。

独立運動をSNSがつないでいます。

「コードギアス」の黒の騎士団が近いですね。

NSA並みの盗聴、ウェアラブル端末に

バックドアが仕込まれているような超監視社会。

融和政策の結果、民族固有の言葉と文化を失っています。


そんな背景をほとんど説明しないで書いてみたのですが、

思いっきり失敗でした。

読み解くのにカロリーを消費するのは

読み手に寄り添っていなかったですね。

主人公たちがホテルを爆破しに来たなんて、

まったく読み手にわかりません。

申し訳ありませんでした。

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