表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
書き出し書庫  作者: Jint
3/23

巣立ちの鯨は最果ての地へと

第2回かざやん☆かきだしコンテスト!参加作品

23票

4位

ジャンル:ハイファンタジー


書き出し祭りに味を占めて参加してみました。

いつもはなろう風のタイトルで変化球を投げていたのですが、

今回はファンタジーの直球でいこうと決めて書いてみました。


 それは生き物というにはあまりにも大き過ぎた。


 地上から見上げる神鯨はくすんだ灰色をしている。明るい場所では白く神々しい外皮も陰に包まれたこの街からでは、その片鱗も窺えなかった。神鯨は空を覆い隠し、陽の光さえ遮ってしまう。特に繁殖期となるこの季節は出産のために地面近くにまで高度を落としていて、その影響は顕著に表れた。


 薄明の街。神鯨の腹の下に広がる街を人々はそう呼んだ。日中でさえどこかはっきりしないぼんやりとした明るさ。朝も昼も夕方も、常に境界は曖昧だ。それでも夜の暗さだけは明確にわかる。星の瞬きも月の光もない夜空は真っ暗で、長く寂しい時間を闇で覆っていた。


 当然のことながら街の空気はじっとりとした湿気を帯び、古い館の地下室のようにかび臭い。人が生きるには適さない環境。こんな住み難い場所にしがみついている理由はひとつ。安全。そう、神鯨によって守られているからだ。何から守られているのか。世界からだ。


 世界は人が生きるには過酷な環境だった。凶暴な獣が徘徊し、脆弱な虫や美しい花でさえも牙を剥く。そんな弱肉強食の世界で人が死に絶えなかったのは、神鯨と寄り添って生きてきたからだと言えよう。


 神鯨――。


 街を覆うほどの巨体でありながら、雲のようにふわりと空に浮かぶ。神聖にして不可思議な存在。遥か長い時を人と共に生きてきた。それでもこの生物がどういう類のものなのか、説明できる者は誰もいない。学者でさえも匙を投げる他なかった。ただ、空に在るだけだ。


「この光景も見納めだね」

「私は嫌い。こんな灰色の空、見なくていいなら清々する。アルトゥールはそう思わない?」


 荷造りの手を止めて空をちらりと一瞥すると、フリアは振り返りもせずに吐き捨てた。顔は見えないが彼女が涙をこらえているのはわかる。後頭部でまとめて垂らした赤い髪が小刻みに揺れている。


 声をかけ損ねたアルトゥールは黙ってフリアを見つめた。別れを告げた年少の子供たちから何度も引き止められて困った顔をしていたのを思い出す。こんな薄暗くて狭い鳥籠の中に閉じ込められても、彼女の輝きはくすまなかった。


 明日になればアルトゥールもフリアもここを離れることになる。十五歳になり、成人として認められた二人は、半ば強制的に第二十七次分封隊への参加を命じられた。明日にはこの街を旅立たなければならない。


 孤児の将来なぞ良くて兵士か女中、悪けりゃごろつきか娼婦だ。多少なりと支度金をもらい、盛大に送り出してもらえるだけありがたいことなのかもしれない。例えそれが死出の旅路だとしても。


 曲がりなりにも国家事業として認められているが、送り出された分封隊がその後どのような道をたどったか知る者はいない。連絡が届いた事例もない。なにせ行先は前人未踏。


 最果ての地なのだから――。


  ◇◆◇


 沿道を埋める観衆から一際、大きな歓声が上がった。神鯨の仔が流れる雲のように風に身を任せて空を漂い、地上では剣走竜が引く一際豪奢な台車の上から少女が手を振っている。


 神鯨を想起させる白で統一されたチュニックを身に纏い、ベールの中から垣間見える慈愛に満ちた微笑みは観衆からの視線を釘付けにした。彼女の美しさは信仰を集めるに足るだろう。それに続く白銀の鎧に包まれた騎士団の威容もそれを後押しした。


 しかし、その後に続く人の群れは哀れさを強く印象付けた。揃いの灰色のローブを着ているが、その下の服はてんで統一感がない。丈夫さだけが取り柄のリネンのチュニックにズボン、ブーツどころかサンダル履きの者もいる。モザイクのような集団は分封隊に付き従う移民たちだ。


 街に居場所のないはみ出し者が集められいる。いなくなったところで誰も悲しまない者たち。知識もなく、技能もなく、縁もない。そんな若さだけが取り柄のどこにでもいる若者たちが、俯き加減の暗い顔で歩を進めていた。


 空に浮かんだ神鯨の仔を先頭に、蛇のように長くなった行列が見えなくなるまで観衆はその場を立ち去らなかった。直接、彼らと関係のあった者はほとんどいないだろう。だが、それが自分たちのために犠牲となったのであれば、憐憫の情を感じざるを得ない。二度と会うことはないであろう人々の無事を祈らずにはいられなかった。


  ◇◆◇


「フリア、荷物を貸して、僕が持とう」

「大丈夫よ、アルトゥール。まだ出発したばかりじゃない。こんなところでへばってられない」


 気丈にもアルトゥールの助けを断ったフリアだが、足元はふらついていて息は荒いままだ。生活用品や食糧を詰めた背嚢は子供ひとり分の重さにもなる。ずしりと肩に食い込んだ背負い紐は体力的に勝る男であってもうんざりするものだった。


 この分ではそう遠くない内に彼女は集団から脱落してしまうだろう。周囲を見渡してみれば息の上がっている者は多く、まとまっていたはずの行列は長く伸びている。限界が近いことを悟ったアルトゥールは意を決し、近くの若い騎士に駆け寄った。


「騎士様! 皆、歩き通しで疲れています。この辺りで休憩してはどうでしょうか?」

「ふんっ、流離人はすぐ怠けたがる。この程度で弱音を吐いていては先が思いやられるぞ」

「しかし、重い荷物を背負って、これほど長時間の移動は少々過酷ではありませんか」

「ほう、我々に意見するつもりか。流離人風情が!?」

「意見だなんてとんでもない。ただ、このままでは多くの脱落者が出てしまうでしょう」


 若い騎士は剣走竜に乗ったまま後ろを振り返った。顔を上げる元気もない疲れ果てた様子の人々の群れがそこにあった。一瞬、顔をしかめるが、アルトゥールの傍らを歩くフリアの顔を覗き見て口角を上げる。


「なるほど確かに疲れているようだな。それならいい方法がある」

「……なんでしょうか?」

「そこの女、夜になったら俺の天幕に来い。子を孕んだ女は神鯨の背に乗って悠悠自適の旅を楽しめるぞ。ふっはっははは!」


 アルトゥールはかっと頭に血が上って周りの景色が消えていくのを感じた。ぎりっと奥歯を噛みしめる。握りしめた手から血の気が引いて真っ白になっていた。不穏な空気を感じ取ったフリアが腕を取らなければ、そのまま殴りかかっていたかもしれない。


「そこまでだ、ナサン。範を示すべき騎士が、ごろつきの真似をすることもあるまい」


 突然、剣走竜に乗って現れた男は涼し気な声で語りかけた。兜の額当を上げると、優し気な目がアルトゥールたちに向けられる。身に纏う雰囲気は柔らかなものだ。だが、隙の無い立ち振る舞いは確かな実力を感じさせた。


「エンゾ隊長……。はっ、失礼しました!」

「キミ、名前は?」

「えっ、あっ、アルトゥールです」

「アルトゥールくん、貴重な助言に感謝する。我々は訓練と勘違いをして少々無茶をし過ぎていたようだ。ナサン、先頭の部隊に休憩を伝えてきてくれ」

「はっ、了解です」


 ナサンと呼ばれた若い騎士は伝令のために竜を走らせた。やり取りを聞いて気を揉んでいた周囲の人々もほっと安堵の色を浮かべる。早速、座り込んで地面に身を投げ出す者まで現れた。騎乗したままエンゾは良く通る声で人々に語りかける。


「皆さん、お疲れでしょうが、域外は危険な場所です。先頭に合流するまでもう少し頑張ってください。アルトゥールくん、荷物は私が運んでおく。最後尾まで伝令を頼めるか?」

「はい、大丈夫です」

「キミの分の荷物も貸してくれ。ひとつじゃバランスがとり難くてね」


 フリアが拒否する暇さえ与えず、手を伸ばして背嚢をかっさらうと、手早く二人分の荷物を竜の背中に括りつけた。そして現れた時と同じように軽やかに走り出す。その姿は川面を渡る一陣の風のようだ。周囲を警戒しながらも竜の駆ける速度は衰えず、見る見るうちに彼の姿は小さくなり、やがて見えなくなった。


「とても素敵な騎士様ね」

「うん、まあ、騎士様の中にも話せる人がいて良かったよ」

「ふふっ、アルトゥールもちょっとだけ格好良かったよ」

「……おまけみたいに言わなくてもいいって」


 眉間に皺を寄せたアルトゥールは面白く無さそうに呟いた。その様子がまたフリアの笑いを誘う。彼はいつも身の丈以上に背伸びをしていた。虚勢を張りでもしなければ守れないものがあったからだ。それでも彼の手からはほとんどのものが零れ落ちていく。何も掴めないまま。だからこそ残った何かを大切にしたいと願っていた。


穢物(けもの)だ!?」

「うわあぁぁぁ、来るな、来るなっ!?」


 突如として辺りは騒然となった。後方から聞こえる叫び声は切迫した事態を知らせていた。人の波が押し寄せる前にアルトゥールはフリアの手をしっかりと握ると、先頭に向かって走り出す。悲鳴と断末魔を背中に受け。


 背筋を走る冷たいものを感じる。刹那の判断。アルトゥールはフリアを抱き締めると、横っ飛びで宙に身を躍らせた。地面に落ちるまでの一瞬、隣を走っていた男の上半身が吹き飛び、血と臓物を撒き散らす。


 地面を転がりながらフリアを背にして立ち上がり、支給された長剣を腰から抜いて構える。恐れはあった。当然のことだ。だが、自分の命を失うことを恐れているわけではない。自分が何の役にも立たないまま、この世から消えてしまうことを恐れた。


 墨をこぼしたように混じり合う穢物の目がアルトゥールを捉える。少しだけ警戒したように静かに四足を進めた。耳まで裂けた大きな口から低い唸り声を上げ、生臭い息を吐く。


 ここが自分の死地となるならそれでも構わないとアルトゥールは心を決める。フリアを守ることさえできれば。そのために目の前の敵を倒す。ただそれだけだ。







設定を書いていたら楽しくなって8000字を超えてしまい、

バッサバッサと削り落として今の構成に。

鯨の生態についてはほとんど次回以降です。

説明不足を補うために、

なるべくビジュアルでイメージをし易いようにとか、

共通認識を使いつつ、ひとつまみの独自性を目指しました。


鯨の背で暮らす上層民と腹の下で暮らす下層民との階級闘争。

限られた土地で人々が生き残るために取られた棄民政策。

なんかを縦糸と横糸にしていますが、

基本的に誰も見たことのない

世界の果てを見に行こうという探検記です。

ロードムービーの雰囲気を出したいなあ。


「メイドインアビス」とか「BLAME!」に影響を受けつつも、

「クジラの子らは砂上に歌う」からは

なるべく離れようと足掻いていますが、はてさて。

穢物のイメージはジェヴォーダンの獣とかノロイとか。

ただ生態については実際の生物を手本に、掘り下げたいですね。


これまでで一番評価もいただけた作品なので

もちろん続きを書くつもりはあります。

その前にひとつずつ完結まで導かないと…。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ