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書き出し書庫  作者: Jint
2/23

戦力外となったおっさんが再び立ち上がるまで

第六回書き出し祭り参加作品

第二会場12ポイント

総合34位

ジャンル:ヒューマンドラマ


第五回に続いて参加してみました。

参加作品の傾向はある程度把握しつつも

好きに書いてみようとした作品です。


 26歳――。


 日本でのプロサッカー選手の平均引退年齢だ。いくつものふるいにかけられ選び抜かれ一握りのプロとなっても、彼らがピッチの上で輝ける時間は短かった。長い人生の中のほんの一瞬でしかない。

 それでも彼らは夢を追い続ける。それは栄誉を得るためか、大金を掴むためか、後戻りの効かない惰性なのか理由は人ぞれぞれだろう。一貫して言えることがあるとすれば、幼き日に目指した目標に向かって走り続けているということだ。

 歩みを止めた時に彼らは生存レースから脱落してしまうのだから。


 ニッセイアリーナの芝生は年の瀬が近いこの時期でも青々としていた。岩下亮はピッチの上からがらんとした観客席に目を向ける。いつもなら熱狂的なサポーターたちが集まるゴール裏も今は人影がなく寂しげだ。

 それでも公式戦と変わらない緊張感がそこにはあった。これは単なる紅白戦ではない。チーム構想から外れて無所属となった選手を拾い上げるトライアウト。救済措置と言えば聞こえはいいが、生き残りのチャンスを賭けた一発勝負だ。

 そこにサポーターから背中を押されるような温かい声援はなく、各クラブのスカウトや関係者の厳しい視線が向けられるだけだった。


 亮は目を閉じて深く息を吐く。興奮して熱を持っていた頭がすっと冷えたように明瞭になった。頭の中に直前に見た光景が浮かび上がる。不安な気持ちを隠しきれない同じチームの仲間たちの荒い息づかいも聞こえてくるようだ。

 しかし、今は仲間であっても天国への切符を奪い合うライバルでもある。いや、よそう。そんなことを考えても仕方ない。他人の足を引っ張ったところで地獄から抜け出せないのだ。自分が持つ最高のパフォーマンスを見せることだけを考えればいい。吉報を待っている家族のためにも。


 亮は戦力外通告を受けたあの日のことを思い出していた。


 ◆◇◆


「すまない、岩下。お前は来期のチーム構想から外れている。契約更新はされないだろう」


 掛川GM(ゼネラルマネージャー)からそう言い渡されたのは、夏が終わったばかりのまだ暑さの残る時期だった。例年ならひぐらしの鳴く季節だが、高過ぎる気温のせいか秋の訪れを感じさせる寂しげな声はまだ聞こえてこない。


 驚きはなかった。ついにこの時が来たのかという思いだけだ。


 所属するクラブ、ポルトゥス神戸の成績は長く低迷している。今シーズンはまだ十試合を残しているが、ぶっちぎりで最下位の降格圏内だ。

 本来なら残留のためにクラブが全力を出し切らなくてはいけない状況だが、亮はその輪に加われない。恨めしい目で左膝を見つめた。

 プロになってからの年月を考えれば、満足に試合に出られた期間の短さに絶望したくなる。怪我からの戦線離脱、手術とリハビリ、そして復帰。そんなサイクルをもう何度も繰り返してきた。

 我慢強く復帰を待ってくれたフロントやサポーターに何も恩返しできていない。何より今も戦い続けるチームメイトたちは絶望的な状況の中でも希望を失っていなかった。

 そんな状況の中での戦線離脱だ。これからの人生を考えるよりも先に自分自身の不甲斐なさに腹が立った。


 今シーズンはこれまでの鬱憤を晴らすように最高のコンディションを保ったまま試合に臨んだ。開幕戦を1ゴール、2アシストでクラブは快勝。そこからの三連勝。前シーズンを降格圏内ぎりぎりで踏み止まったチームとは思えない変貌ぶりだ。

 体がとても軽く感じた。頭でイメージした動きをトレースするように動く。羽が生えたように縦横無尽にピッチを駆け回る。相手選手はまるでスロー再生のような鈍重な動きだ。フェイントから切り替えして右45度からのアーリークロス。いつもの得意のパターンだ。

 その時、左膝の辺りでばちんと音が鳴り、力が抜けて立っていられなくなった。崩れ落ちるようにピッチに跪いた姿を見た観客からどよめきの声が上がった。


 最初に頭に浮かんだのは――ああ、やっちまった、だ。


 プロになって二年目に負った右膝前十字靭帯断裂から始まってヘディングの競り合いでDFと接触して肋骨骨折、タックルを受けて左足首捻挫、そして今回の左膝前十字靭帯断裂とサッカー人生の大半を怪我と共に歩んできた。

 調子がいいときに限って戦線離脱して試合から遠ざかる。好事魔多しという奴だ。自分がチームの柱だと主張するつもりはないが、亮が抜けてからのチームは連敗を続け、ずるずるといつもの定位置に戻った。


 このままではJCリーグジャパンチャンピオンシップから降格は確実だ。来シーズンに向けてフロントが補強のために動き出すのは当たり前のこと。そして次のチーム構想に若いとはいえない満身創痍の選手が必要とされないことも想像に難くなかった。

 亮はリノリウムの床に映る顔のない男をじっと見つめていた。表情は陰になってわからないが、肩を落としてしょぼくれた姿は負け犬そのものだ。心の中に静かに芽生えた諦念とわずかに残った意地が、掛川GMの顔に視線を上げさせた。


「長い間、お世話になりました」


 万感の思いを胸に深く頭を下げた。


 三十歳となった亮には妻に娘と息子の三人の家族がいる。結婚して十年目、娘は小学四年生、息子は小学校に入学したばかりだ。娘は辛うじて亮がサッカー選手として活躍していた記憶があるが、息子にいたってはシーズン中、ほとんど家に帰らない父親がどこで何をしているかなど知りもしないだろう。

 スポットライトを浴びた記憶は過去のものとなっていた。ここ数年はスタメンに選ばれるどころか控えとしてベンチに入ることも稀だ。下部リーグへの降格圏内にいるチームの試合はスポーツ番組でハイライトが放映される以外に露出はない。


 息子はサッカーにあまり興味を示さなくなった。将来の夢は電車の運転士になることだ。小さい頃はあれほど一緒に蹴っていたボールも納戸の奥に仕舞われたままだろう。それでも息子はまだマシな方だ。

 娘はサッカーを毛嫌いしている。テレビに映像が流れれば、チャンネルを変えてしまうほどだ。それもこれも父親の不甲斐なさが発端なので、娘の顔を真正面から見られなくなってしまった。よくない傾向だということはわかっている。

 これでも元は父親の熱狂的なサポーターだった。物心ついた頃は波に乗っていた時期と重なっていたお陰もあり、亮が出場する試合にはよく応援しに来てくれた。娘にとっても自慢の父親だったのだろう。


 変わってしまった原因はいじめだ。


 負傷から戦線離脱した亮は手術とリハビリで1シーズンを棒に振った。復帰後も調子は戻らないままでは、ベンチに席は残されていない。高額の契約金を得ながら戦力とならないお荷物をフロントは持て余し、サポーターは許さなかった。

 学校から呼び出されて初めて娘がいじめを受けていたことを知った。同級生から揶揄われていたそうだ。父親がクラブから金だけ掠め取っている寄生虫だと。娘は泣きながらその子に掴みかかったらしい。反対に突き飛ばされて軽い怪我を負った。

 加害者の男の子が両親を伴って謝りに来た。親子そろって亮の所属するチームの熱心なサポーターだ。自分が抱えている後ろめたさから強く相手を非難することも娘を守ってやることもできずにいた。

 その時からだろう。娘との歯車が噛み合わなくなったのは。


 次のクラブへ移籍した時は地元に家族を残し、単身赴任のようにひとり旅立った。それが家族を守るためだったのか自分に自信がなかったからなのかはわからない。ただ、お互いのためにそうした方がいいと、その時は信じていた。


 ◆◇◆


 戦力外通告を受けた日、クラブハウスからどうやって帰ったか記憶にない。見もしないテレビの声が夜のしじまを揺らした。単身赴任先のワンルームマンションは安いLED照明で薄暗く、ひとりの寂しさを強く感じさせる。

 買ってきた発泡酒をあおったところでたいして酔いもせず、気は晴れなかった。こんな時まで節約かと自分のことを笑いたくなっただけだ。


 これからどうするべきか亮は迷っていた。拠り所としていた足場が崩れてひどく不安定な精神状態に陥ってしまっている。焦りだけが増幅されてアクセルをふかしながらブレーキを踏んでいるようだ。この事態を予想していたはずなのに具体的な未来を考えることから逃げていた。

 いくら共働きで妻も稼いでいるとはいえ、家族を養うためには働かなければならない。問題は家族を犠牲にしてまで夢を追い続けるか否かだ。

 リハビリの間にB級コーチライセンスは取得している。現役にこだわらなければサッカー関連の仕事に就く機会もあるだろう。もちろん地元で職を探す手もある。

 しかし、心の奥底で燻り続ける種火が残っていることも、同時に感じていた。


 ひとりで悶々と考えたところで答えを出せず、真夜中近くまでぐずぐずと迷っていた。ようやく重い腰を上げて妻に電話をかける。夢を追いかけるための免罪符をもらって楽になりたいのかという自分自身を非難する声が頭の中で鳴り響いていた。


「もしもし、茉莉か。俺だ、亮だ。今日、クラブから戦力外通告があった。来期の契約はない。次の行先を決めなければいけないな……。なあ、聞いているか、茉莉? 俺はどうすればいいと思う? 俺を受け入れてくれる新しいクラブが見つかれば、現役を続けてもいいか? お前たちに迷惑をかけてしまうことになっても……」


 通話先の妻は「そう」と一言、相槌を打つだけで明確な答えをくれない。いつも通り返ってくる言葉は少なく、送った救難信号が暗い夜空の向こう側に溶けていくように亮には感じられた。


私は四年に一度巡ってくる彗星のような

にわかサッカーファンです。

拙い知識しか持っていないので、

きちんと調べて書こうと

色々と本を買い込みました。

特に「RUN」と「アンチ・ドロップアウト」

(小宮良之著)三部作は珠玉です。

震えます。興味があれば是非に。


タイトルは大失敗でしたね…。

意外性を持たせたかったのと、

引きがないまま終わるので

救いを持たせたかったのですが、

内容が伝わらなくて読まれない

との指摘は深く頷かされるものでした。

構成は入れ替えて削って悩んだ結果なので、

もうすみませんでしたと頭を下げるしかないです。


いただいたポイントは前回と変わらずでした。

一応、中編程度なので書くつもりはあるのですが、

ガチガチのヒューマンドラマというわけでもなく、

肩透かしの印象を与えてしまうかもしれません。

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