「天使」
「ううっ……ひっくっ……」
会社の会議室――今は面接の場として利用しているこの部屋で、俺の前で椅子に座っている青年が泣きじゃくっていた。大の大人が、この程度で泣くとは情けないヤツだ。
「泣くくらいなら、何しにここに来たの? この程度で泣くんだったら、この先社会でやっていけないよ? フリーターが関の山だよ?」
「うううっ……」
俺の言葉を受けて、青年がさらにうつむいて泣きわめく。全く、社会には無能が多すぎる。こういう無能を社会に出さないように、俺のような優秀な面接官が防波堤になるべきなんだ。こんな何の役にも立たない無能はこの世界のガンだ。こういうヤツは俺がちゃんと取り除かないと。
「大体なあ、私も暇じゃないんだよ。君みたいなやる気のない人に時間かけてられないの。君はどこの会社の面接を受けても、同じ結果だと思うよ? だからさ、早めに決断した方がいいんじゃない?」
「え……?」
ここまで優しい言葉をかけてやっているのに、察しの悪いヤツだ。こいつの根性をたたき直さないとならない。こんなヤツが存在すること自体が悪なんだ。こいつは社会の底辺なんだ。だから俺が制裁するべきなんだ。
だから俺は、思い切り机を叩いて、愛のある説教をしてやった。
「まだわからないのか!」
「ひいっ!」
「お前はどこに行っても就職なんて出来るはずないんだ! いや、お前は周りの足を引っ張るだけの無能なんだ! そんなヤツが生きてていいとでも思うのか!? 本当に社会の役に立ちたいと思うのなら、お前は今すぐにでもこの世を去るべきなんだ! いいか! お前を必要とする人間なんて、この世界のどこにもいやしない! 親も、親戚も、兄弟も、お前のことを疎んでいるのに違いないんだ! お前は無能なんだからな!」
「そ、そんな……」
青年は顔を青くするが、俺からすれば、その歳になってもまだ自分の無能さに気づかないことに呆れる。
「それがわかったら、さっさと帰れ! お前みたいな無能を、うちが雇うわけないだろう! 出てけ!」
「は、はいい!」
俺の素晴らしい説教を聞いた青年は、ビクビクしながら荷物を持って、会議室を出て行った。全く、ここまで言ったのだから、早めに自分の罪深さを理解し、自殺してほしいものだ。
そう、就活生というものは、そのほとんどが無能だ。そして無能は、自分が社会における失敗作だということを理解し、他人に迷惑をかけないように、早く自殺するべきなんだ。しかし、そのことに気づかない無能の中の無能がたまに存在する。そんなヤツを社会のために追い込むのが、優秀な面接官である俺の使命なんだ。
そう考えていると、会議室の扉をノックする音が聞こえた。
「××くん、〇〇だ。ちょっと入るよ」
〇〇というのは、俺の上司だ。全く、俺の神聖な面接の場に、何の用だというのか。
「どうされました?」
しかし、立場上は俺の上司だ。いつか追い抜いてやるが、今はこいつにも下手に出なければならない。
「いや……この部屋から大きな声が聞こえたから、何かあったのかと思ったんだが……」
「ああ、そのことですか。さきほど面接した就活生が、少し失礼な態度を取ったもので、私も熱くなってしまったのですよ」
「そうだったのか。ただ、あまりやりすぎないでくれよ? 今の若者は、すぐに『圧迫面接』だとか騒ぎ出すからな」
「はい、わかりました」
「それじゃ、次の面接希望者が来てるから、続けて頼むよ」
そこまで言うと、〇〇は会議室を出て行った。全く、何が『圧迫面接』だ。会社が就活生相手にそんなに弱気になってどうする。いや、むしろ『圧迫面接』こそが本来の面接の姿なんだ。面接官は就活生を自由に出来る、絶対の存在なんだ。
人間は社会に属していなければ、生きてはいけない。いわば社会は『神』だ。そして俺は、面接官は、その『神』の意志を代わりに執行する『天使』だ。俺はこの無能が蔓延る世界に舞い降りた『天使』なんだ。だから俺には、無能である就活生を駆逐する使命がある。俺が『圧迫面接』をするのも、この社会の秩序を守るための義務だ。就活生が面接官に逆らうなんて事は許されない。なぜなら面接官こそが、この世の絶対の正義だからだ。
自分の面接官としての誇りを再確認した俺は、上機嫌で次の就活生を待つ。まあ、どうせ次の就活生も無能だ。就活生はそのほとんどが無能だ。だから俺の正義の『圧迫面接』によって排除されるべきなんだ。
そして、再び扉をノックする音が聞こえる。
「どうぞ」
「失礼します」
扉を開けて入ってきたのは、髪を短く刈り、大柄でいかにもスポーツマンといった風貌の就活生だった。姿勢もよく、面接という場に緊張しているようにも見られない。
……なんだこいつは。就活生の分際で、面接で緊張もしないのか。就活生は大人しく萎縮して、オドオドした態度を俺に見せればいいんだ。
内心の怒りを隠しながらも、とりあえずは面接を進めることにした。
「はい、今回の面接を担当する××です。えー、それでは自己紹介をどうぞ」
「はい、A大学から参りました、□□と申します! 本日はよろしくお願いします!」
「では、そこに座って」
「はい、失礼します!」
ハキハキした言葉遣いで受け答えをする。どうやら無能を隠すのは得意らしい。しかしすぐにその化けの皮を剥いでやる。
「えーと、□□くんね。じゃあ、履歴書を見せてくれる?」
「はい、こちらです」
□□から渡された履歴書に目を通す。見た目通り、中学から今に至るまで柔道を続けていて、県大会での優勝経験もあるらしい。まあ、そんなものは社会では何の役にも立たない。無能は大人しく、俺を楽しませる生け贄になるべきなんだ。
「ふーん、柔道をやってるの? でも、それを特技に書かれてもね。柔道をどうやって、弊社の業務に活かせるの?」
「はい、私は柔道を通じて、粘り強く継続する力をつけ、大会で優勝するなどの成果を残しました。ですので、その継続力を成果に結びつけることで活かしたいと考えております」
ふん、ガワだけは受け答えを考えてきたか。しかし、こんな回答なら、つつこうと思えばいくらでもつつける。やはり無能だな。
「継続力を成果に結びつけるって言ってもねえ。仕事なんだから、継続するのは当たり前なんだよ。そんな当たり前のことを自慢げに言われてもねえ」
「そうですか。でしたら、××さんはちゃんと継続をされてるんでしょうね?」
「……ああ?」
なんだこいつ。ていうか、就活生の分際で、俺に質問をするな。それは面接官である俺だけに許された特権だ。
「何言ってるの? 今は面接なんだから、関係のないこと言わないでくれる?」
「××さんって、二年前に中途でこの会社に入社していますよね? それに今までに転職を三回されている。そんな人に『継続は当たり前』とか言われたくないなあ」
「……!?」
何だ? 何故こいつはそんなことを知っている!?
「確か、いずれの会社も会社都合で退職されてますよね? そんな厄介者が、面接官なんてねえ……」
したり顔で挑発的な言動をする□□に、怒りを覚える。こいつ……就活生の分際で、俺をコケにするのか!?
「このクズが!」
だから俺は、机を思い切り叩いて説教をすることにした。
「お前みたいな失礼なヤツが、この先やっていけるわけない! お前は無能なんだ! 社会の底辺なんだ! この俺が面接官として、お前に引導を渡してやる!」
「……」
しかし俺の説教にも物怖じしない□□は、無表情でこう言った。
「……兄貴にも、そう言ったのか?」
「ああ!?」
「俺の兄貴にも、そんなことを言ったのかと聞いている」
「何の話だ!? お前の兄貴なんて知るか!」
「そうだろうな。アンタが就活生ひとりひとりの顔と名前なんて覚えていないだろうからな」
「なにい?」
こいつは一体、何の話をしている?
「はっきり言ってやるよ。俺はこの会社に面接を受けに来たんじゃない。アンタに復讐しに来たんだ。アンタに殺された、兄貴に代わってな」
そこまで言われて、俺はようやく思い出した。
――三年前。
俺は前の会社でも、面接官を担当していた。そしてそこに面接を受けに来た就活生の一人が、確か□□という名前だった。
□□兄は、小柄でオドオドした、いかにも無能そうな男だった。だから俺は面接官として、『神』の意志を代弁する『天使』として、社会のために、そいつを恫喝した。
こいつは社会に不必要な人間だ。こいつには何をしてもいい。なぜなら俺は面接官だからだ。
そして□□兄は、泣きながら会社を後にした。その時の俺は、あんな無能を社会に出さないようにした自分の優秀さを誇っていた。やはり俺は『天使』なのだ。社会は俺を必要としているのだ。
しかし、ここから事態は予想外の展開を迎える。
なんと□□兄は、その数週間後に前の会社の取引先である大手企業に内定を貰っていたのだ。
当然のことながら、俺は激怒した。あんな無能が大手企業に内定するなど、何か卑怯な手を使ったに違いない。俺がせっかく、あいつを社会から弾こうとしていたのに、大手企業の人事が無能だとは思わなかった。予想外の事態だ。
そうなったら、俺は面接官として、『社会のバグ』を正さなければならない。
俺は履歴書に書いてあった□□兄の住所に向かい、ヤツにこう言った。
「おい、お前大手企業に内定を貰ったらしいな。どんな卑怯な手を使ったんだ!」
俺の追及にすぐにボロを出すかと思ったが、ヤツは意外なことを言った。
「え、あ、あの、どなたですか?」
なんと□□兄は、偉大な面接官である俺を覚えていなかったのだ。なんて無礼なヤツだ。就活生は面接官を恐れ、崇めるべきなんだ。それを怠るとは。
しかし今はそれに憤っている場合じゃない。
「いいか、今すぐ内定を辞退しろ! お前があの会社に行って、成功するわけがないんだ! いや、お前のことだから周りの足を引っ張って、社会を悪くする! お前に正義の心があるなら、今すぐ事態すべきなんだ!」
「な、何言ってるんですか! そんなことするわけないでしょう! 大体、なんであなたにそんなこと言われないとならないんですか!?」
「俺は面接官だからだ! 面接官の言うことは絶対だ! お前は俺の言うことに従う義務がある!」
「め、面接官!? あ、あなたこの間の……」
「だから早く辞退の連絡をしろ! 今すぐにだ!」
全く、ここまで言っても、まだ自分の罪深さに気づかないのか。どこまで無能なんだ。
「いい加減にしてくださいよ! 僕はもう、内定受諾の連絡をしたんですよ! 大体、あなたなんなんですか!? ただ単に、僕が自分よりいい会社に入るのが気に入らないだけなんじゃないですか!?」
何てヤツだ。俺がここまで心優しい忠告をしているのに、どうしてわかってくれないんだ。こいつをどうにかして封じなければならない。こいつを社会に出してはいけない。
だから俺は、□□兄を持ってたハンマーで殴ってやった。
「あぐっ!」
「いいか、これは愛の鞭だ! これで更生しなかったら、お前は死ぬべきなんだ! 神に代わって、俺がお前を制裁してやる!」
「ぐうっ! や、やめ……」
俺は逃げようとする□□兄を何度かハンマーで殴りつけた。そうするうちに、ヤツは動かなくなった。全く、この程度で死ぬとは情けないヤツだ。いや、結果的に無能を社会に出さないで済んだのだから良しとするか。
そして俺は□□兄の死体を近くの川に捨てると、上機嫌で帰宅した。
「苦労したよ……何で兄貴が死んだのか、何で殺されなきゃならなかったのか、非合法な手段を使ってでも必死に調べた。そして、アンタが兄貴を殺したってことを突き止めたんだ」
そして現在、□□は怒りに満ちた目で俺を睨み付けている。何てヤツだ。俺の正義の行いに対して、逆恨みをしているのか。兄弟そろって無能なヤツらだ。
「兄が無能なら、弟も無能だな! 俺は社会のために、心をこめてお前の兄を殺したんだ! いいか、俺は面接官だ! この世に生まれ落ちた『天使』だ! 『神』の意志を代弁する俺は、就活生を殺しても許される! いや、むしろ表彰されるべき行為だ!」
俺がどんなに熱弁を振るっても、□□は納得をしない。
「そうか……なら、『天使』であるアンタは、俺をどうする?」
「ああ!?」
「就活生を殺しても、アンタは許されるんだろ? 俺も殺すのか?」
「……」
「動けないか。そりゃそうだろうな。アンタは自分より弱そうな相手にしか、ケンカを売れない。兄貴も弱そうだったから、わざわざ家まで押しかけたんだろ? 所詮、アンタの正義なんてそんなもんだ」
何を言っているんだこいつは。そんなことで俺を言いくるめたつもりなのか。
「いいか! 俺は社会の重要人物である面接官だ! そんな俺がもし、怪我でもしたらどうする! 俺は確実に勝つ必要があるんだ! お前みたいな面倒なヤツは、他の誰かが確実に葬るべきなんだ!」
「……本当にアンタ、どうしようもない人間だな」
□□は就活生の分際で、俺を哀れみの目で見る。ふざけるな、そんなことが許されて良いわけがない。
「まあいいさ、どのみちアンタは終わりだ」
そう言うと、会議室の扉が開き、制服を着た警察官が数人入ってきた。
「おお! 警察の皆さん、よく来てくださいました! さあ早く、この社会のガンであるこの無能を捕まえてください!」
そう、俺は当然のことながら、警察は□□を捕まえるものだと思っていた。しかし……
「××、殺人容疑で逮捕する」
「え?」
何を言っている? 俺を逮捕? そんなわけが……
「何を言っているのです! 面接官である私を逮捕するなんて! 社会が黙っていない!」
「わけのわからないことを言うな! 人を殺したのだから、捕まって当然だろ!」
「俺は正義のために、無能を駆逐したんだ! むしろ表彰されるべきだろう!」
「ああもう、早く来い! 話は署でじっくりと聞く!」
こうして俺は、警察署に連れて行かれることになった。
「それで? あの犯人はなんて言ってるんだ?」
「はあ、『面接官である自分が捕まるなんておかしい。社会が許さない』ってわめいてますよ」
「全く、頭のおかしいヤツってのはどこにでもいるんだな」
「ええ、面接官という立場が、自分を大きく見えるようにしてしまっているんですかね?」
「いや、違うだろ」
「はい?」
「面接官だろうが何だろうが、他人に対する想像力がないヤツは社会から弾かれる。それだけのことさ」
完