ep7 晴夜は新たな道を照らす
毎度毎度遅くなってすみません
しまった、つい言ってしまった。こんな提案拒まれるに決まってる。家で家族が待ってるだろうし、買い物も頼まれてるはずだ。しかも時間は昨日程ではないが一般常識として考えると遅い方に入る時間だ。電車の時間だって待ってくれない。何より俺は男で遠前は女の子だ。まだそんなに知らない異性の家に上がるなんて嫌だろう。誰かに見られたら誤解を生む可能性だってある。とにかく、訂正した方がいい。この提案は破棄しなければならない!俺自身何も準備してなくて誰かに家に上がって欲しくない訳でもあるが……。
「と、遠前、今のは忘r……」
「じゃあお言葉に甘えてお邪魔させて貰おうかな?」
え?まじで?MA・ZI・DE?いいのかよそんな簡単に決定してしまっても。もうちょっと逡巡とかしなくてもいいの?あれ?もしかしてこれ俺は男として見られてないの?
「え、あ、いや……えっと………」
「あ、そっか。家の人に聞いてみなきゃ駄目?それなら仕方ないね」
遠前はしゅんと落ち込むような仕草をとる。それを見て俺は何故か申し訳ないことをしているのではないかと不安になる。
「まぁ、うん、親に聞いてみるから待ってて」
ありがとう!と言う遠前の顔はもう輝きを取り戻していた。あぁ、これはもう俺遠前のペースに乗せられてしまっているな。遠前はこれを素でやっているとしたら怖いもんじゃない。恐ろしいな
そして家に電話を掛けてみると、2コールでガチャ、と受話器が取られた。
「はい、もしもし〜。にぃ?どうしたの?」
月華が電話に出た。誰が出たとしても別に問題が無かった訳なので俺は特に気にせず用件を話す。
「今から晩御飯だと思うけど、同じ部活の人を招くのは駄目か?」
「んーっとねぇ。お母さんに聞いてみるからちょっと待っててね」
月華がお母さんに聞きに行ってから帰ってくるまで15秒。気の休まる暇も無かった。しかもこんなに早いなんておそらく肯定されているな。
「もしもし〜。お母さんはいいよだって」
やっぱりか。期待を裏切らないな、流石あの親め。全て読まれる先生の読心術とは違い、読もうとしてなくても大体分かってしまうってのは嫌なもんだな、これは。
だがこれで晩御飯をご馳走することは決定した訳なので、その旨を遠前にも伝えなければならない。俺は数分前の自分の発言に後悔しながら遠前の元に駆けていった。もう考え無しに発言するのは止めよう、絶対に。
そんなこんなで俺達は家に到着。遠前を家へと招き入れた。
「お、お邪魔します」
その声から緊張していることが見てとれた。よかった、まだ男子として見られている可能性があった。これで臆せず入ってこられていたら立ち直れなかったかもしれない。
だが、気にすることはそれだけでは無かった。異性を家に上げるということは俺だけが気にすることでは無かった、それは家族も同じことであった。
「にぃ!誰その人!女の子が来るなんて聞いてないよ!もしかして彼女なの?おにぃに彼女が出来たの?」
神速の速さでリビングの扉が勢いよく開かれ、月華が飛び出してくる。そういうことだぞ?朝言い足りなかったこと。発想が突飛しすぎてるのはよくないぞ?誤解しか生んでないぞそれ。あと、そんな俺に彼女が出来るなんて……と言う顔は止めていただけません?遠前に迷惑だし、俺の心が抉られる。
「だから、同じ部活の人って言ったろ?彼女とかそんなんじゃねぇよ」
「そうであっても女の子だったらそうって言ってよ!いろいろ準備だってあるんだからさぁ」
何の準備だよ?ということは言ってしまえば更なる火種にしかならないので、俺は素直に謝る行動をとる。
「あぁ、悪かったよ。俺の説明不足だった。後で勉強手伝ってやるから許してくれ」
「分かった、で、その人は誰?」
月華の問うた人物、遠前はわなわなおろおろとしていた。あ、お見苦しいところを見せてしまった。俺達兄妹から視線を向けられた遠前はハッ、と我に帰る。
「あ、私は遠前紗夜って言います。名倉君とは同じ天文部で付き合ったりはしてません。よろしくお願いします」
自分でも否定しておいて何だが付き合ったりはしてません、なんて言われると結構心抉られるな。本当のことなのだが何でだろうな。
「あ、こいつは俺の妹の月華な。こう見えてもってどう見たらなのかは分からんが中学生だ。だから敬語なんて使わなくてもいいぞ」
その言葉に反応した月華はぷくっと頬を膨らました。
「もう!なんでバラすの?自分で言いたかったのにぃ。もういいよ、夕飯はもうできてるからね」
そう言って月華はリビングへと帰っていってしまった。あー、怒らせてしまったかな、あいつ沸点低いからなぁ、まぁどうにかなるか。
さて上がるか、とすると、遠前が俺の耳に顔を近づけて耳打ちをしてきた。
「名倉君って妹いたんだね。なんか羨ましぃなぁ、仲良さそうで」
「べ、別に仲良いわけでも無いけどな。じゃあ上がろうか」
物理的距離が近いだけでこんなに感情が揺さぶられるのは想定外だった。平静を装おうとしてもなかなか上手く出来なかった、動揺してるのがバレているだろうかと不安で仕方無かったが、それ以上遠前は言及してこなかった。ただ、その横顔は少し朱に染まっているようなそんな風に見てとれた。
俺の家はリビングに入ると右手にはテレビやソファーがあり、家族の団欒の場所となっており、左手にはダイニングがあり、いつもそこで食事を摂っている。俺達がリビングに入ると、右側には誰もおらず、左手の四人掛けのテーブルには母と月華が並んで座っていた。父は常に残業に追われている仕事人なので特別な日以外はまず定時には帰ってくることが出来ない人だ。
「あら、あなたが遠前紗夜ちゃんね?いやぁーかわいい娘、まったく杏夜も隅におけないわぁ」
「母さん、そういうのはいいから。いつも通りでいいよ」
「えー、これがいつも通りよ?」
「なら母さんは四六時中俺を貶しているのか」
それ親としてどうなのだろうか?
「まぁとにかく座りなさいな。紗夜ちゃん、でいいわよね?紗夜ちゃんも」
俺は言葉のままに席に着き、遠前も「はい、大丈夫です」と言って座った。席は俺の前に母さん、遠前の前に月華という配置となる。机の上にはメインディッシュのハンバーグを始め、無難だが味はしっかりとしている料理が並んでいた。その大抵が母の得意な料理である。それが故にどれも週に少なくとも1〜2回は食べているのであるが。そう、どうでもよいことだが母はほとんど得意な料理しか作らないのである。
皆が一様に手を合わせて「いただきます」と言い、食事を開始する。いつもはさほど気にしない、気にも止めない動作なのだが、いつもと違うとどうしても意識してしまう部分がある。ふと横を見ると、遠前の箸は止まることなく動かされていた。どうやら気に入って貰えたらしい。それで安心したのか、それ以降は気負うことなくいつも通り食事を摂ることができた。
食事を終えると、なかなかいい時間になっていて、そろそろ終電の時間が気になり始めるような時間になっていた。
「遠前、そろそろ帰るなら送っていこうか?」
その提案に遠前はぶんぶんと首を降り断る。
「いいよそんなの、迷惑かけちゃ悪いよ」
「いや、でも外暗いし、夜遅い時間に一人で出歩くなんて危ないだろ?」
「そうそう、そういうのは素直に受け取っとけばいいのよ」
母さんも口を挟んでくる、いや母さんはいいから、出てこなくていいから。
だが、その一言も大きかったのか遠前は「じゃあお願いします」ということで俺は遠前を送ることになった。
「いやぁー、名倉君の家族はいい家族だねぇ」
送っていっている道中、遠前はそんな事を言い出す。
「そういや遠前の家族ってどうなんだ?」
「私の家はね、お父さんは海外出張で居なくて、お母さんは………亡くなっちゃんだ、去年」
聞いてしまって悪いことをしてしまった。だけど、「ごめん」なんて謝っても何も気分は晴れない、何の気遣いにもならないことを俺は知っている。だから俺は敢えて他の言葉を使った。
「それじゃ今は一人暮らしなのか?」
我ながら話題を変えるなんて戦法、ただのバカのような気もする。だけど、この場合はこうすることが最善策だろうと俺は信じている。
「うん、そうなんだ。だけど寂しいなんてことは無いよ?今生きているだけで幸せだって思うもん。生きているから楽しめるんだし、生きているから今日名倉君の家で美味しいご飯もご馳走して貰えたんだし」
強いな、遠前は強いな、と俺は思った。だけど俺が見ているのはほんの一握りの部分、表面だけで、その中にどんな感情があるのかは分からなかった。いや、遠前が隠してしまっていた。たとえ同じ部活でも、同じご飯を食べたとしても、決して交わることのない感情があった。それを解る為にどこまで踏み込めばいいのか、俺には分からなかった。ただ、俺はその時始めてその感情を"知りたい"と思った。
「我慢しなくてもいいんじゃねぇの?」
遠前はへ?と素っ頓狂な声を上げる。
「我慢なんてしてないよ?どうしたの?」
「たとえ今はしてなくても、だ。悲しいなら悲しいって言わないといつか絶対に爆発してしまう。もっと自分に正直になってもいいんじゃないのか、と俺は思うよ」
「でも、誰かに迷惑かけちゃうじゃん」
「いいんだよ。遠前がほんとに信頼出来る人だったら迷惑になんてならねぇだろ」
それに、と俺は続ける。
「俺は遠前がそうしてこようと迷惑になんかならねぇよ」
そこで俺は一段落つける。後ろを振り返って遠前を見てみると、その顔は今まで見たどの表情とも違う、清々しいとでも形容するのが相応しいような顔をしていた。凛々しい中に儚さと決意が見え隠れしているその顔を俺は一生忘れることは出来ないだろう、そう思わせる顔だった。
「そっか。じゃあ私も名倉君を信じてもいいんだね?」
「あぁ、どんと来てくれ」
「そういえばなんかこういうのがあの人の質問してきた事に繋がるかもね」
「こういうの、ってのは?」
「うーんと、上手くは言えないんだけどね?こういう信じるっていうのが何か関係ありそうってこと」
「確かにそれはあり得るな、ま、そうかどうかはこれから次第だな」
「うん、そうだね。あ!ちょっとコンビニ寄っていい?あそこのシュークリーム美味しいんだよねぇ」
え、まだ食べるつもりかよ。さっきまでご飯食べてよね?しかも俺が連れてくるのが男だと思った母さんが俺と同じ量作ってたのにそれでなおですか。あれでも月華は「そうか、これからは大食い女子の方がいいのか、いや、………」とか何とか考え込んじゃうレベルだったのに。遠前の胃袋はヤバイな。
だが、男の俺が負けるのは何か癪だし、シュークリームにも興味があったので、俺も遠前に続いてコンビニに入る。
結局遠前が買ったのは特大シュークリームで俺は普通の大きさだったので普通に負けてしまったのだが、夕食後のシュークリームはなかなか乙だったのでそれもまた良しとしよう。
次回も2週間くらい空きそうです。本当にすいません