ep6 晴夜の前に
すいません、更新遅くなりました
「そんで、どうやら俺の事を指して呼んでいるようですが、一体何の用事ですか?」
こんな路地にまず人は来ない、加えてこいつは第一印象から普通の人間ではなかった。こんな奴が普通だったとしても、特異な奴だったとしても、俺が話しかけられる理由なんてまずない。しかし、そいつはどう見ても俺に話しかけているのだろうと確信出来た。こんな特異な奴の更に特異な部分、それは
そいつは「俺」だったからである。
これは空虚な妄想でも、夢などでもない、これは現実だ。だがしかし、そんなまずあり得ないことが起こっていた。
「用事、ねぇ。用事なんてものは特に無いかなぁ。強いて言えば、」
そこでそいつは一拍間を置いて、言葉を続けた。
「君に会いに来たから、かな?」
「ゲイですか?お前は」
予想外に気持ち悪い答えに俺はノータイムで突っ込んでいた。駄目だ、そんな言葉はまず地雷でしか無い上に、言われた相手が男だ。更に言えば、そいつは俺なんだ。どうすればいいんだこんなシチュエーション。何で俺は「俺」であるゲイに絡まれてんの?全く勘弁してくれよ、昨日に続いて今日もツイて無いのかよ。
「全く、ゲイだなんて人聞きが悪いよ、君は。人を第一印象だけで判断するなんてこと愚弄なことであるって小学校の時に習わなかったかい?」
手を大仰に広げて軽くこちらを見下すような視線をとるそいつ。あ、大事な事を忘れていた。そいつはもう異常とでしか見ていなかったのでそんな基本的なことすら忘れていた。
俺は小さく深呼吸して、そいつに言ってやった。
「では、あなたは誰ですか?"見ず知らずの人に着いて行ってはいけない"ってよく言いますよね?言わないならゲイ野郎って呼びますからね」
「あぁ、まぁそう来るよねぇ。名乗ります、名乗りますよ。私はゲイじゃ無いですからね。あ、"この体"が悪いのか」
そう言ったとほぼ同時に、「そりゃ!」という声と共にそいつの体が煙に包まれる。
「おい、どうなってんだよこの煙は。ケホッ、おい何とか言えよ!」
「我、運命ノ下、閉サレシ扉開キテソノ姿現サン。我ガ名ハ、」
辺りの煙はまだ残っていて、そいつの姿は見えない。しかし、煙の中から聞こえるその声は、さっきまでの「俺」の声ではなく、声の質、抑揚、そこから感じ取れるそいつの人物像はまったく違っていた。声は落ち着いていて、抑揚はなく、まるで機械のような女性の声だった。しかし、その声は始めた聞いた声ではなく、確実に聞き覚えがある声であった。そう、その声は、あの時、あの夢の中で聞いた声であった。
「真実ノ代行者、生篝舞空デアル」
今まで俺の視界を覆っていた煙が晴れる。同時に隠れていたそいつの姿が露になった。
そいつは、生篝舞空は、平均的な身長、それに見合ったプロポーション、それらを更に引き立たす腰の辺りまである真っ白サイドテールに纏められた髪、更にはその白と同化していそうな白色と、赤よりかは朱に近いような色が綺麗に映えている巫女装束。
俺と同じ高校生のような「神」がそこにはいた。
「どうでしょうか?」
先程とは違い抑揚の付いた声は当にあの時の声であった。
「お前、あの時の人なのか?」
「質問と回答に別々の意味が見受けられます。これは質問と回答として成り立っておりません。従って再び質問とします。どうでしょうか?」
「どうって……、あー、そうだな、お前がそんな姿だったということにビックリだよ、こっちは」
こいつ、姿が変わると性格まで変わるのかよ。これはなかなかやりにくい。
「そうですか、それは少し申し訳ないことをしました。では次は貴方からの質問を受け付けます」
「えっと、じゃあまず、さっきみたいに普通に話せない?そんな堅苦しい喋り方だとこっちが上手く話せないんだけど」
「そうですか、では分かりました」
そして彼女はコホンと小さく咳払いをし、なにやらブツブツと言い始めた。恐らくはさっきのように何かを暗唱しなければ変更することができない、とかだろう。
言い終えた彼女は、それまでの機械のような無表情から、本当にただの女子高生(巫女装束が例外なのだが)であるような生気のある顔になっていた。
「ま、こんなところかな?」
「あぁ、それくらいで十分だ。それと、もう一つ質問いいか?お前は自らを"代行者"と名乗った。ということは、お前は神であり、夢の中で
俺に干渉してきた奴なのか?」
「質問が二つになってるよ、それ。ま、答えてやろうじゃないか。
まず一つ目、我が神か?だね。これに対する答えはイエスかな。私は言ってしまえば知識欲の権化。全ての真実を追い求め、全ての真実を知る、そんな矛盾した存在さ。これは別に私が全ての真実を追い求めている神でも、全ての真実を知っている神でもどちらで捉えてもらっても結構さ。
そして、二つ目、君の夢に干渉した存在は私なのか?だったね。これも多分イエスだね。君は恐らく"何故君は君なのか?"という質問がなされた夢の事を指しているんだね?それは疑いようもなく私だよ。私は神だからね、今このように君の前に現れることも、君の夢に干渉することも容易い事なのさ。そして、私は君に興味を持った、だから干渉した、それだけの話」
「わざわざ聞いてないことまで丁寧にどうも」
相手からの確証を得た、人間離れした行動を見た、ただそれだけで相手が人外、神だということはまず信じてもいいのだろう。しかし、結局は相手の言動なんて後からいくらでも説明がついてしまうのである。例えば夢に干渉するなんて本当は偶然俺の夢に出てきただけかもしれない。しかも、その時の女性がこいつだったという確証ははっきりとは無いのである。だって、俺はその女性の顔を見てはいなかったのだから。目の前にいるこいつも、これが本当の顔かどうかは分からないのだから。こいつは実は某怪盗みたく変装、変声しているかもしれないのだから。
だからこそ、俺はこの状況を素直に信じてよいのか、その判断に迷っていた。だが、こんな状況だぞ?こんなの相当質の悪い悪戯でも無い限りありえるか?いや、でもこれは漫画の世界なんかでは無い。現実にこんな非現実的なことは無いだろ。くそっ、全然分からない、どうやったら分かる?こいつのの何を知れば推測できる?神とはなんだ?俺達人間には出来なくて神に出来ることはなんだ?
そこで俺はハッと気づいた。
「なぁ、お前は一体何ができる?」
舞空はキョトンとして首を傾げる。
「何が、と言うと?」
「神であるお前にしか出来ないことはなんだ?ということだ」
「ふふっ、言うと思ってたよ。もうしてるから焦らないで焦らないで。ほらあと少し」
じゃあ何でわざわざ聞き返したんだ、ということはスルーする。
「あと少しってのはどれくらいだ?」
「もー、全く。せっかちな人はモテないよ?あ、ほら来たよ」
舞空は視線を俺から外し、遠くを見やり、その方向に指を指した。その視線、指の先に示されるのはさっき俺がこの路地に入ってきた曲がり角。俺もつられて後ろを振り返る。そして、そこにいたのは見慣れた顔だった。
「あれ?名倉君?どうしてこんなとこにいるの?」
そこには、遠前紗夜がいた。
「え?あ、遠前?お前こそなんでこんなとこにいるんだ?というか熱はどうしたんだよ」
「熱なら下がったから大丈夫!なんだけどさ、私自身何でこんなとこまで来たのかはイマイチ分からないんだよ。買い物に行こうとしたらさ、なんか声が聞こえて、そこからの記憶は朧気で、声に頼ってというか声に辿って来たっていう感じで……」
「やぁどうも、真実使い」
俺の裏にいたはずの舞空はいつの間にか俺と遠前の間に移動していた。
舞空を見た、否、舞空の声を聞いた遠前は、驚いた表情を見せた。それはまるで先程の俺がしていたであろう表情だった。
「あ、あなたはもしかしてあの時の女の子なの?」
「んふふー。二人揃いも揃って同じ質問ですか。なかなか愉しいですねぇ。うんうん、そうですよ、そうなのです。私こそが生篝舞空なのですよ」
「そんで、神様さん?これのどこがあなたの力なんだ?」
神様さん、のところを無駄に強調して聞く。もちろんそんなことは知らない遠前は「へ?えっと……え?」と理解が遅れているようだが、それは後から説明しておこう。
「全く、解ってもいいでしょうに。私は人の脳に介入出来るんですよ。人の脳というよりかは意識、と言う方がいいのかもしれないけど。それがたとえ夢でなかろうとも、ね」
遠前が来たのでも少々強引だがあり得ないことでは無いとは言える。しかし、それは舞空の力によるものだ、という時よりも成り立つ確率は低いだろう。これくらいの力を見せられたら、舞空の力を信じてもいいのだろう。100%には無いにしろ。
「で、遠前はなんでここに誘導?させたんだ?脳に介入したいだけなら俺にすれば良かっただろう?」
「ほんと、君は質問が多いね。私は君達でこの問題を解いて欲しいと思っただけだよ。君達二人は何かを起こしそうだからね。楽しみにしてるよ、それじゃ」
「なっ、お、おい!」
舞空はこれで質問終了だ、と言わんばかりのタイミングで消えてしまった。残されたのは俺と遠前の二人。
「場所を変えようか」
俺の提案に遠前は素直に頷いてくれた。あ、そういや、あいつの俺達への厨二病ネームって何だったのだろう?聞くの忘れていたな。まぁ、いつか聞けることなのだろう。
それから近くの公園に移動した俺達は、互いに経緯を話し合った。
「あいつ、干渉の仕方がワンパターンだな」
俺と遠前の舞空へのファーストコンタクトは全く同じ物だった。これにより恐らくだが他の誰かは遠前であると確信できた。残る問題は一つ。
「なぁ遠前、これからどうする?」
何か考え事でもしているのか、上の空で呆けている遠前は反応しなかった。仕方ない、必殺技使うか。
俺は遠前の肩を二回トントン、と叩く。慌てて振り向いた遠前の頬に立てていた俺の人差し指が見事に刺さった。これぞ必殺誘導人差し指トラップ!
やられた遠前はむーっとした顔になる。
「もーっ、何?どうしたの?」
「いや、これからどうする?って聞きたかったんだけど」
俺は堪えようとしたが、失敗に終わり、つい笑ってしまう。
「笑わないで!はずかしいから………」
「悪い悪い。いやぁ、あんな綺麗に決まったのは久々だな」
「もう絶対しないで!」
「分かったよ。で、どうするつもりなんだ?」
「えっと、どうするって、まぁ、適当にご飯を買って家に帰るかな」
最初出会ったときもそうだったけど、遠前は結構天然な部分があるんだよなぁ。この場合、質問の仕方が悪かった俺にも責任はあるが。
「あぁ、悪い。舞空の件で、だ」
「あ、そっちの話かぁ。あははー、間違えちゃった。
えっとね、実はまだ分からない」
「そっか。まぁ焦らずともいつも通り過ごしていけばいいんだろう」
「うん、そうだね」
そして、話は終わり、俺達はベンチに腰かけていた体を上げる。普通なら、普通に帰るべきなのだろう。しかし俺は条件反射で普通ではないルートを辿った。
「俺ん家で晩御飯食べるか?もう時間も遅いし」
この判断が正しいかどうかなんてその時の俺には分かるはず無かった。