ep5 不穏な空気
あの後、俺達は解散となりそれぞれは家に帰った(遠前は電車通学らしいので先生に送ってもらっていた)。
俺が家に帰ると、灯りが灯っていない玄関が俺を出迎え、リビングに向かうと、そこには散然と置かれた唐揚げがあるだけであった。あぁ、残業帰りの父さんはこんな気持ちなのだろうな。なんて温もりの無い家なんだ。タ〇ホームみたいなあったか家は幻想なんだろうか……。
時計は22時を指しながら細々と、しかしハッキリと音を立てていた。
そして翌日。いつものように起き、学校の準備をし、いざ学校に行こうとすると、妹の月華に声をかけられた。
「にぃ、昨日はどうして遅かったの?」
「昨日は部活だったんだよ」
「俺は天文部に………」と続けようとすると、月華の声が被さってきた。
「え!?にぃ、部活に入ったの?そんなの聞いてないよ!」
「待て、落ち着け、な?お兄ちゃんの話は最後まで聞こうな?お兄ちゃんは天文部に入ったんだよ。だから時々帰りが遅くなることもあるけどわかっておいてくれよ?」
「はーい、分かったよ。じゃ、いってらー」
そう言うと月華はくるりと踵を返してリビングへと行ってしまった。まだいろいろと思うところもあるのだがまぁそれはまた今度にするか。
学校に着いた俺は、昇降口で靴を履き替えていたところで見知った顔に出会った。
「おう、おはよう、朝」
彼女の名は山崎朝。俺とは中学校の頃からの知り合いで、また、夕とは幼馴染でもある。
「うん、おはよう、杏夜。ところで夕は一緒じゃないの?」
「それはこっちの台詞なのだが、まぁ今日は一緒じゃないな」
それを聞いた朝は、あからさまに嫌そうなな顔になって、「また騙されたか…………だからあいつは………」などと呟いていた。どうやらまた夕は嘘をついてサボろうとしたのか。夕のサボり癖は中学校の頃からのもので、あまりにもサボりすぎていたために、クラスを上げてあいつを更正させようとしたものだ。その話はまた今度にするとして、今日は部活をするから必ず来いと言っていたのにあいつは。
「で、その様子だとまたあいつはサボったっぽいが、どうするんだ?今日の処遇は」
「今日の処遇は晩飯抜きね」
そりゃ御愁傷様で、夕。因みに「処遇」というのは、夕がサボったりしたときに課される罰である。そしてその決定権はここにいる山崎朝が所有している訳である。
「俺はもう行くけど、夕に連絡するならちゃんと来て部活に顔出してくれ、と伝えておいてくれ」
「分かったわ、それじゃ」
そして俺は教室に行くために昇降口を抜け、廊下に。朝は夕に連絡をとるために廊下にとは逆方向の学校の外に。さながら戦場で互いが互いの背を任せ戦いに赴くような、そんなシチュエーションのような別れ方となった。ってこれなんの物語だよ。
そして放課後、結局夕は学校に来なかった。
夕が来なかったからといって俺までも部活に出ないということは論外だろうと、俺は部室に向かった。だが、面倒だからと職員室に寄らなかったのが致命傷になってしまった。
「鍵持ってねぇじゃんか、俺」
それでも、その内遠前が来るだろうとドアに体を預けて待ってみる。しかし、5分…10分……20分………と待つが、遠前が来る気配はなかった。本当にどうしたのだろうかとスマホを取り出して連絡を取ろうとすると、通知が一件届いていた。
「ごめん!今日熱で休んじゃってて部活にも行けそうにないから二人でよろしく!」
遠前からの連絡だった。遠前休んでいたのか、どおりで来ないわけだ。
だが、これで一人、ということになってしまった。さて、これからどうすればいいのか。職員室に行って鍵を貰って一人で部活をするか?いや、文芸部でもあるまいし、この部で一人で出来る事なんて限られているどころかほぼ皆無と言っていい。ならば図書室で勉強しようかと思ったが、今日は、特に課題も出ておらず、勉強する気も起きなかった。本も家に読みかけの小説があるため、それを差し置いて他の本を読むことはしたくなかった。
ならばどうするか。消去法によって一つに絞られた答えの実行の為、俺は鞄を持ち動き出す。
さ、帰るとしますか。
俺はそのまま昇降口に向かい、靴を履き替える。昇降口から小さく見えるグラウンドでは、運動部が各々部活に励んでいた。それを横目に俺は校門に向かった。こんなこと一昨日までは当たり前の事だったのだが、いざ自分が部活に入った身となれば、どこか罪悪感というか申し訳なさを感じる。だが、特に関わりの無い、部活という括りにまとめられているだけの関係、そんな感情は校門を抜けてしまえば消えていた。
まだ時間もあったので、俺はいつもの下校ルートからそれて市街地へと足を向けた。目的もなく来たので、取り敢えずいつも使っている本屋に入ってみた。中に入ると、本独特の匂いに、最近流行りのBGM。いつもと何ら変わりの無い本屋の姿があった。
新作ライトノベルでも確認しに行こうか、と考えたが、俺は考えを変えて歩を進めた。進んだ先には学問系統の本が並ぶコーナー。本棚にところ狭しと並べられた本から、適当にそれらしい本を取ってみる。題名は「人生の意味」。ぱらぱらと読んでいってみるが、なにやら哲学臭い言葉が並び、中々理解し難い内容だった。
俺は諦めて本屋を出た。それからは雑貨屋や文房具など適当に見て回っていると、いい時間潰しになった。
「さて、そろそろ帰るか」
意味も無く独り言を呟き、来た道のりを引き返す。
市街地を抜け、細い路地に入ると、狭い道の真ん中に誰かが立っていた。いや、何かに立たされているかのように酷く脆く、力のない立ち方で、立っている、と定義してもいいのかと迷うほどの姿だった。
そいつが俺に一言。
「どうも、無脳の愚人さん」
おいおい、すっげぇ酷いネーミングセンスだな、改名させてくれよ。
登場人物の名前にフリガナを振り忘れていたので、
名倉杏夜
遠前紗夜
宮代夕
となっております