ep3 春風と君の笑顔
前回までのあらすじ
職員室にノートを持って行きました。教室に帰ってくると行くときにはいなかった女子がいました。
現在の状況
時計の針は四時半辺りを指し、俺は女子と教室で二人きり、ちなみに女子はうちのクラスの人ではない(はずだ、俺は顔と名前を覚えることが苦手であり、異性となるとそれは顕著に現れる)。
なんかもう危険な香りしかしない、こんなラッキーイベント俺にあっていいはずがない。この俺だぞ?今日の運勢最下位だった俺だぞ?あのサイトの占い今までに外れたことなんて殆ど無い。
これらから導き出されるもの。…………これは罠だ!運営の罠だ!
しかし、声を掛けないでそのまま帰ることも出来ないので、俺は取り敢えず声を掛けてみることにした。
「あー、えっと、何してるの?」
「名前を名乗るときは自分からというものだよ」
「いや、名前聞いてないから」
どうなっているんだこいつの思考回路は。思わず本音が出ちゃったぞ……。どうして名前を聞かれたと思ったんだ。あれか、本の読みすぎでそっちの対応に抵抗ができたか。あるよなーそれ、俺の場合あるわけないのに「この状況で変な巨大生物が攻めてきたらどうしようか」とか考えちゃったりしたもんなー、昔。これは昔の話でありまた決して中二病などではなかったことは分かって欲しい。
そうこう考えていると、女子は場と言葉を理解したのか急にあたふたし出した。
「わっ!わわわっ!ごめん、ごめんね。こんなシチュエーションだったからつい。忘れてもらっていいよ、てか忘れて!」
「いや、別にいいんだけどね。一応自己紹介しておこうか。俺の名前は名倉杏夜。クラスはこのクラスだ」
趣味は……、と続けようとしたが、別に相手はそんな情報必要ないだろうし、何より俺自身がめんどくさくなったので止めた。
「へぇ〜そっか。名倉君、だね。私の名前は遠前紗夜。クラスは隣のクラスで、趣味は……何だろうなぁ、読書、なのかなぁ、いや、それとも……」
「いや、別にそこまで求めてないよ」
俺は何故かツッコミを入れてしまっていた。いつもならこの程度何事もなく受け流すのだが、今日の俺はどこかおかしいな。ん?おかしい?おかしいのは目の前にいるこいつじゃないか。
「なぁ遠前、でいいよな。お前、どうして俺のクラスにいるんだ?」
俺は浮かんだ疑問を率直に質問してみた。友達でもいるならば分かるのだが、教室には俺と遠前の二人しかいないのである。普通、他クラスの教室になんて理由も無しに入るような所ではない。質問を受けた側である遠前は考えているような、考えることを避けるような、そんな曖昧な顔を浮かべた。
「えっと、それは、名倉君からしてみればよく分からないことかもしれないけど、空を見たかったの」
「それは、自分のクラスからでも、ってあぁそうか。建物の位置だとか、日の位置だとかで空の見方って変わるもんな。ここからだとあまり高い建物が無い良いアングルになるな」
それを聞いた遠前は少し驚いた表情をし、それから俺に安心したように嬉しそうな顔を見せる。
「名倉君は分かるんだね。他の人は、「「そんな少しの違いでどう変わるんだ?」」って言う人ばかりだったから。ありがとう」
おいおい、そんな表情でそんな事言うなんて反則ってもんだろう。
「別に、礼を言われることでもねぇよ」
気持ちとは裏腹にそんな言葉が口から出る。どうしてこんな時素直になれないのだろうか。俺の悪い癖だ。
「ところで名倉君はどうしてまだ学校に残ってるの?」
今度は遠前から俺にその質問がなされる。
「俺はただノートを職員室に持って行ってただけだよ」
「なんだ、てっきり部活か何かかと思ったよ。あれ?名倉君って何部?」
「いや、まだ部活にすら入ってない」
「そうなんだ。私と同じだね。私もまだなんだ、なんかやりたいことが無くってさぁ」
「以外だな、空を見るのが好きなんだから天文部とかだと思った」
「この学校に天文部は無いよ」
速答されてしまい、俺は少し恥ずかしくなる。遠前にも呆れられているだろうと遠前を見ると、何故かその顔は生き生きとしていた。
「そうだよ!無いなら作ってしまおうよ!天文部」
「え?あ、う、うん?」
突拍子もない提案に俺はまともな返事ができなくなる。確かに無ければ作るなんて事当たり前の事なのだが、普通誰も考え付かない。そして何よりめんど臭い。どうにかして止めさせないと、無駄な事をしなくてはならなくなる。
「作るって俺とお前で?」
「そうに決まってるじゃん。他に誰がいるの?」
「いや、だけど部を設立するって最低3人以上必要じゃないか?」
めんど臭い事一つ目、人数を揃えること。もうこの頃になると大抵の人が何らかの部に入部しているので人自体ほとんどいないのである。
「そ、それは……名倉君の友達で誰かいないかな?まだどの部にも入部してない人」
「そんなのいるわけ………あ、いたな一人」
夕の野郎、俺の障害にしかならねぇな、畜生。
「だけど、顧問の先生だって必要だろ?」
二つ目、顧問の先生を探すことである。大抵の先生は何らかの部活の顧問をしている訳で、していなくても何かしらの理由や難癖により顧問を引き受けてくれないのはお約束だ。
「あー、そっか。なら今から探しに行こうよ」
「先生なんてほとんど部活に出てるんじゃないのか?」
「逆だよ、そんな時にいるんだから顧問をやってもらえるかもしれないんだよ。ほら、行こっ!」
マジかよ、そんなウマイ話なんてある訳ねぇだろ、絶対難癖とかつけられてめんど臭い事になるよ、と思いつつ、俺は遠前に付いていかなくてはいけなかった。遠前の握力強いだろ、なんで男の俺が離せないんだよ。
結果から言うと、ウマイ話の更にウマイ話が存在してしまった。なんと、天文部は昨年までは存在していたのだった。自分達の入学と同時に当時の部員だった先輩方が卒業され、ただ部員がいなかっただけなのである。だから、部員は一人でもいれば十分であり、顧問の先生もいたのである。普通は異動とかあるだろ、先生熱意強すぎだろ。
だが、それによりめんど臭い理由など無くなったと同時に、俺が入部しなければならない理由も無くなったのである。つまり、入部するか否かは自分の気持ち次第なのである。そして、その気持ちは既に決まっていた。
「で、入部するのは君たち二人でいいんですね?」
と、先生が問う。
遠前は当たり前のように「はい!」と元気な声で返事をする。そして俺は、
「そうですね」
と答えた。
さてこれは面倒なことが無くなったからなのか、はたまたさっきの遠前の顔が、あの俺だけに見せた安心しきった嬉しそうな顔をしたからなのか、その答えは神のみぞ知る、ということなのだろう。
職員室に、暖かい風が散っていく桜を乗せて吹き込んでくる。その桜の花びらが俺の手のなかに舞い込んでくる。それを見た遠前はすごいね、と笑う。
その遠前の顔を見たとき、俺は、答えが少しだけ、たった少しだけだが分かったような、そんな気がした。
今回も読んでいただきありがとうございます。まだまだ続きますのでよろしくお願いします。