エピローグ
エピローグ
十三日にも渡るゴールデンウィークが終わり、焔條政貴は学校生活を再開する。
「学校内では姿を見せないようにしてほしい。俺としては心苦しいんだが……」
「一向に構いません。姿を消していても、マサキのそばにいるのには変わりないのですから。どうぞ学業に専念してください」
学校に行くにあたってのガバメントの扱いを、焔條は通学中に話している。
すぐに、姿を消すということで話はまとまったのだが。
「しかし、マサキ。非常時にはどこであろうが姿を現わします。ご容赦を」
「ああ、それなら問題ないんだ」
流石に、トップガンを学校のみんなに晒すわけにはいかない。
焔條は悪目立ちを好まないタイプなのだ。
「あっ! 政貴君、ガバメントさん、おはよう」
手を振って焔條に声をかけるのは、無事退院してきたと思われる天凪清華だった。
白い長袖のセーラー服に、膝丈の紺色のフレアスカート、黒のタイツという十四日ぶりの制服姿だ。ちなみに、焔條の高校の男子制服は、学ランである。
焔條とガバメントもあいさつを返す。
「清華、もう怪我は大丈夫なのか? 何か、後遺症とか残ってないか?」
「大丈夫だよ、政貴君。ただ、体には銃弾で貫かれた跡が残っちゃったけど」
「迷惑かけて、本当にすまない」
「いいよ、そんなに謝らなくても……わたしは気にしていないから。政貴君がどうしても気になるっていうなら、今度カフェでも奢ってよ。それで終わり! ね」
「……わかった。約束する」
清華は優しく笑みを浮かべてくれた。焔條は、その笑顔を見ただけで気持ちが軽くなるのを感じた。
歩いていると、学校が目視できるくらい近くなってきた。学校の生徒も多く見られるようになってくる。
「……では、マサキ。私はここまでです。姿が見えずとも話すことはできるので、何かあればすぐにでもお呼びください」
「ああ、ありがとうな、ガバメント」
焔條の言葉に頷くと、ガバメントの姿は一瞬で透明になり、見えなくなった。
「ふわあ、やっぱりすごいね、ガバメントさんは」
それを見て、清華は両手で頬を押さえて大袈裟に驚いた。
焔條も消える瞬間は初めて見たので、驚いているのだが。
校門にさしかかったところで、焔條と清華は見知った顔と出会う。
「おはよう、マサ、それに清華ちゃん。二人とも撃たれた傷って大丈夫なの? 清華ちゃんは僕が診てあげたいくらいだよ」
「鍛冶原君に傷を診られたら腐食するかもしれないから遠慮しておくよ」
「えっ! そんな厳しいお言葉ないよ!」
鍛冶原匠は、朝であろうがお構いなしにテンションが高い。しかし、それが今のCPMには必要なのだが、と焔條は考える。
三人はそのまま下駄箱を通り、教室へと向かう。三人は同じクラスなので、別れる必要が無い。そのまま、雑談に花を咲かせながら一年三組の教室へと這入る。
焔條が席に着くと――時間よりも早く担任の女性教諭、玖坂(通称リカちゃん先生)が教室に来た。教室にいる生徒達が不思議に思っていると、玖坂は席に着くように促した。
「何だよ、一体」
焔條も怪訝に思いながら、白いスーツ姿の玖坂がいる教壇を向く。
「えー、突然ですが、転校生を紹介します。……はいはい、全員静かにしなさい」
一気に湧き上がる教室。玖坂が何を言っても、騒然とした空気は収まりそうにない。男女とも、転校生が男子か女子かという質問を玖坂に投げかけている。
「まあ、いいわ。じゃあ――這入ってきなさい」
そう言うと、教室の教壇側の扉が開かれた。その音で、騒々しかった空気が一気に静まり返り、みんな固唾を飲んで見守っている。
焔條はというと、ゴールデンウィーク明けという奇異な時期に転校するなんて変わり者だな、くらいの感慨しか湧かなかった。
誰が来ようが大して興味なんてない、と焔條は思っている。
しかし――それは、転校生の姿を見る前までの話だ。
「…………なっ!?」
焔條は絶句した。幻覚かと思い目をこすって見直すが、その姿は変わらない。
「ええええええ! 焔條政貴! 何であんたがここにいるのよ!」
何がどうなっているのか、焔條は状況に追い付けなくて、口をパクパクさせることしかできないでいた。相手は焔條の顔を見た瞬間、転校生という立場や周りを気にせずに絶叫したのだ。
四つに結ばれた青い髪、サファイアのように輝く目。
背が低くて、出るところが出ていなくて、肌が白い童顔の少女。
教室に現れた転校生は――フレア・ブローニングだった。
そして、フレアの言葉で、クラスの視線がフレアと焔條の両方に向いた。
「転校生と焔條が知り合いだとおおおお! 一体どういうことなんだああああ!」
「転校生が滅茶苦茶カワイイぞ! すげえええええええええええええええええ!」
「転校生と焔條に関係が? どういうことなんだろう? 気になるんだけど……」
教室中の空気が振動するくらい、異常な熱気が湧いた。サッカーの観戦よりもうるさく感じる。
「はいはい、静かにする。まだ転校生の自己紹介やってないわよ」
玖坂はみんなに向けて言うが、勢いは衰え知らずでさらに高まっていく。続けて「いい加減静かにしろよ」と言うが、全く効果が無かった。すると、玖坂はずっと微笑んでいた表情を一変させ、スーツの内ポケットにある何かを取り出す。そして、もう一方の手で、机を力強くバン、と叩いた。
「うるせえ! ぶち殺すぞ!! クソガキ共が!」
「やべえ! リカちゃん先生がぶち切れたぞ!」
「先生……教室に来てから三回は静かにするよう言ったわよね? 仏の顔も三度までって言うでしょ? 三度我慢したから次はねえぞクソガキ共。あたしのマグナムで頭スッキリしてえやつだけしゃべろ!」
玖坂が手に持っているのは、生徒曰く『リカちゃんスペシャル』と呼ばれる拳銃だ。
外装はリボルバーだが、シリンダーとバレルが異常に長い。銃工の鍛冶原が分析したところ、銃弾は600NEと呼ばれる、象を撃つのに使われる銃弾だという。象を殺すのを目的とされる銃弾なのだ――人間に撃てばどうなるかは推して知るべしだ。
一瞬にして、教室が絶対零度まで冷え込む。
焔條は何度も体験しているが、何度でも恐怖する。始業式の初顔合わせでもこのくらい激昂した。とにかく、玖坂は生徒が言うことを三回聞かないとぶち切れる。
誰かが茶化して「その銃って偽物でしょ」と指摘した際は――窓から外に向けて撃ち、校庭にある木を倒したくらいだ。
さっきまでの喧騒が嘘のようで、教室内にいる生徒はもちろん、フレアすら借りてきた猫のように大人しくなっている。それを見て玖坂は、
「それじゃあ、自己紹介よろしくね」
と言って、鬼の形相から一転、優しく微笑んで見せた。
フレアは玖坂の温度差のある態度にドン引きして、無難な自己紹介に終わる。
しかし、玖坂が去った後の教室を考えると、焔條はどうしても頭が痛くなった。焔條は――この時ばかりは授業をサボろうと決意し、同時に、廊下側に近い席であることを深く感謝したのだ。
ふと、誰かの気配を感じ、焔條は目が覚める。携帯電話で時間を確認すると、昼休みの時間だった。並べられた机から横になった体を起こし、あくびをする焔條。
その時――屋上の扉が開かれ、フレアが這入ってきた。息を荒げながら焔條に近付いてきて、机の前で止まる。
「はあ、はあ……政貴、あんた何逃げてんのよ! あたしだけ集中的に質問攻めに遭ったじゃないの。あたしはスキャンダルが発覚したアイドルか!」
自分の素を出せなかった今までの鬱憤を晴らすかのように、フレアは焔條に怒鳴る。
「おい、フレア。聖域を荒らすなよ。誰かが追ってきたらどうするんだよ?」
「ハンッ! 追手をまくことができないほどあたしは落ちぶれちゃいないわ」
「だといいんだが。俺はお前に訊きたいことがあるから……邪魔されちゃあ堪らない」
焔條とフレアが共通して訊きたいことは明白だった。
「あたしの方こそ……何であんたがここにいるの? あんたあたしのストーカー?」
「ここの生徒だからだよ! 学校にいるだけでストーカー扱いされて堪るか! そう言うお前はどうなんだよ? 何で俺の学校に転校する?」
「言ったでしょ、親父を捜すためよ。この県……強いて言えばこの地域に親父がいる可能性は高いんだから」
「この学校に転校する必要性は何だ? 親父捜しだけなら学校に通う必要はねえだろ?」
「ほら、一応高校くらい出てけって言うじゃん?」
「お前どっか就職する気あるのかよ! 七年間戦場にいたくせに! そもそも……七年間勉強もせずに戦場暮らしだったよな? 高校の勉強ついていけれねえだろ?」
「えっ? ここのレベル、十歳の時に習ったわよ」
「まさかの飛び級! お前実は天才少女だったのか!」
フレアと初めて出会った時、ここの制服だったのは、最初からここへの転校が決まっていたというのか? だとしたらあの格好に納得はできるが。
焔條がじいっとフレアの制服を見ていると、
「政貴。あたしはここが街の中心だから、捜索するのには便利だという理由でここにいるのよ。日本のハイスクールライフに興味を持ったから転校したってわけじゃないんだからね! 勘違いしないでよ!」
慌てた様子で、フレアは焔條を指さしながら言う。釈明しているように見えて、実はただ真実をしゃべっているだけだ。
「わかったわかった。素直でよろしい」
「馬鹿にしてるでしょ! すっごいムカつく!」
「それにしてもよ……何で俺のクラスなんだ? まあ、年齢から考えると二年生ってのはわかるけど」
「知らないわ。手続きしたら勝手にこうなったんだから。偶然よ、偶然」
かぶりを振って応えるフレア。
「あんたはどうしてここにいるのよ? 全人類を救うなんて大言壮語しておいて」
「お前にそんなこと言った覚えはねえ! だけどよ……多くの人を救うには、それなりに準備が必要なんだよ。戦場に一人行っただけでどうこうなるものじゃあねえ」
「アマちゃんね。まあ、人の選択にとやかく言うつもりはないけど」
「フレアだって言えたことかよ。この先どうするんだ? 父親が見つかった後とか?」
「そんなもん……その時にならなきゃわらないわよ。あたしは物事が起こる前にうだうだ考えるのが一番嫌いなの。ぶっつけ本番上等って感じ」
「適当だな。まあ、お前らしいちゃあお前らしいか」
「あんたこそ適当なこと言わないでよ。あたしの何がわかるっていうんだか」
「まあ、これからわかっていくだろう。何せ、俺とお前はクラスメイトなんだからな」
と言って、焔條は握手を求めるように手を出した。
「ハンッ! 絶対に仲良くなりたくないけどね!」
一笑して、フレアは差し出された手を平手で叩く。手の平と手の平がぶつかり、乾いた音が鳴る。そのまま、フレアは何も言わずに踵を返し、屋上を去っていった。
「…………」
手を払われたようにも見えるが、焔條には――あれがフレアなりの握手なのだろう、と思ったのであった。
フレアが去って、屋上には台風が去った後のような静寂が訪れた。
「……ガバメント」
「はい。何でしょう、マサキ?」
焔條の真正面からやや左にずれたところ――どこからともなく、ガバメントは現れた。
別に姿を見せる必要はなかったが、見えていた方が話しやすいというのもある。
屋上ならば誰かに見られる心配もない。
「やっとうるさいやつがいなくなったと思ったら、学校にまで出没しやがった。でもな、うっとうしいと思っても、本気で嫌いってわけでもないんだよな」
「そういうお人なのでしょう、フレアは。彼女のいいところかもしれません」
「でもなあ……運命ってやつなのかもな」
「マサキにしてはロマンチックな言い方ですね。全てを偶然で片付けてしまいそうなものなのに。それで、その意味は?」
「別に、大したことじゃあない。ただ、昔言われたんだよ。フレアの姉であるニーナさんに……『もし妹と会うことがあれば、よろしく頼む』って。あの時は、世界のいずこかにいる妹なんかと会うわけねえだろと思ってたけどな。まさか会うなんて」
「世界は広くもあり、狭くもありますからね」
「だな。そして、人の一生は短い。それでニーナさんは、妹に会うことができないと感じていたのかもしれないな。だから、俺に託した……とも言える」
「託されたのですから、大事にしなければニーナに怒られますね」
「どうかな。フレアは面倒を見るまでもないと思うけどな。あいつは勝手に生きて勝手に死ぬ。そんなやつだと思う」
「ふふふ。それこそどうでしょうね」
ガバメントは妖艶な笑みを見せて、含みのある台詞を言った。
焔條はその真意を測りかねて、首を傾げる。
「何か、ゴールデンウィークを過ごした感じがしないんだよな。初日にお前と出会って、フレアの襲撃があって……連日戦いに明け暮れ、一週間も生死の境をさまよって。一連の騒動が終わったと思ったらフレアがまだここにいて。疲れた」
「仕方がないでしょう」
「ガバメント。俺は、これでいいのだろうか?」
「これでいいとは?」
「俺や清華を始め、多くの人間を傷付けたフレア。そして、そんな風に仕向けたジャック……あの二人を生かしておいて」
「誰であろうと殺さないのがあなたの正義であり、理想ではなかったのでは?」
「救いようの無い悪――というのがこの世の中には必ずいる。もし俺がそいつと対峙した時、俺はどんな判断をすればいいのかと思うんだ」
「……フレアの言い方ではありませんが、その時になってから考えればいいのでは? 今思い詰めることはありません。人の生死は、その時代によって異なります。今長らく生きている人でも、戦争の時代になれば簡単にその命は散ってしまうでしょう。少しでも多くその命を救うことが、マサキのやりたいことではないのですか?」
ガバメントは、あくまでもぶれない。焔條は、フレアの言葉に何も反論ができなくて、意志がぶれてしまうこともあった。
「……駄目だな、俺は。やってみなきゃわからねえよな、そんなこと」
「マサキ?」
「ガバメント……世界規模の話はまだまだ先だ。俺はまだ十七歳なんだから。だから俺ができるのは、せいぜいこの街だ。この街の平和を守ってから、徐々に規模を大きくしていけばいい。まずは、俺の周囲にいる大切なものを守ってこそだ」
「そうですね、マサキ。その意気です」
「少しずつだ。この街から始まり、この県に広めて、隣接する県へ広めて……やがては、日本国を平和に。そっから隣国に広めてやがては世界だ」
「素晴らしいです。私も、マサキの銃として尽力いたします」
「ああ、頼むぞ、ガバメント」
焔條はそう言って、天井知らずの青い空を見上げる。
思い出すのは、血生臭い赤と黒の地獄絵図。悪夢と言える――『大須事件』の惨状。
もう、あんなのはゴメンだ。
二度と、あの惨劇を繰り返すようなことはしない。
「……ガバメント。お前の正義や理想ってのは何だ?」
「愚問ですね。私はあなたの銃です。私の全てをもってあなたの正義や理想を叶えることこそ――私の正義であり、理想になります」
「そうか」
凛とした表情に、一切の揺るぎはなかった。
凛とした声音に、一切の嘘偽りはなかった。
焔條はふと、昔言われた、ニーナ・ブローニングの言葉を思い出す。
――お前の掲げる正義は脆弱で、絵空事も甚だしく、あらゆる選択肢を排除する。その正義では誰も救えない。全てを滅ぼす。そう、自分の命も――
それは、ニーナが遺した言葉。しかし、最後に、
――ただ、その正義をお前が死ぬことなく全うできれば、お前は誰よりも強くなれる。そして、全てを救う英雄となれる――
ニーナは、そう言ってくれたのだ。
確かに、その正義を一人で貫くのは難しいだろう。ただ、自分にはM一九一一のトップガン、ガバメントがいる。少女の姿をした銃が。
ガバメントがそばにいてくれるなら、どんな戦火だろうがくぐり抜けられる。
橙色に輝く姿を見ながら、焔條はそう思った。
「なあ、ガバメント」
「何ですか、マサキ」
焔條は、黙ってガバメントに右手を差し出した。
フレアはその手を叩いたが。
ガバメントはしっかりと握ってくれた。
がっちりと握手を交わす二人。すると、手を離したガバメントが、
「マサキ。コレとは一体何のことですか? そろそろ教えてくれてもいいかと?」
小指を突き立てて言った。
「あ~、そんなこと言ってたな。すっかり忘れちまったけど。つーかお前、知ってて訊いてはいないよな?」
「私がそんなことをするはずないでしょう」
焔條は、ガバメントがそう言うやつだとは知っている。
しかし、焔條は、真実をそのまま伝えるということはできなかった。
言えるはずがなかった。
「コレっていうのはな、こういう意味なんだよ」
「?」
焔條は自分の小指を立てて、ガバメントの小指と絡ませた。
ガバメントはそれを不思議そうに見ている。
「大切なパートナーとの誓いだ。俺は生き続けて、正義や理想を曲げずに真っ直ぐ貫く。だから、ガバメントも勝ち続けて、俺を支えてくれ。コレは、約束を誓い合った仲という意味なんだ」
「……なるほど。それならば是非もありません。誓いましょう」
ガバメントは、柔和な笑みを見せた。指切りをしている形なので、自然と焔條は間近で見ることになり――気恥ずかしさから一気に体温が上昇する。
ガバメントに間違った意味を教える罪悪感もあるが、何よりも、真実を伝える恥ずかしさには勝てない。
意識してしまったら、このほどよい距離が保てなくなるかもしれないのだから。
ひょっとしたら、今までで一番扱いの難しい銃かもしれない。
焔條は、ガバメントを見てそう思った。
《Boy meets Gun Girl》is the END!!