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トップガンガールズ  作者: 真水登
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第三章 青色の怨嗟

     第三章 青色の怨嗟



 CPM襲撃事件の翌日、ゴールデンウィーク三日目。

 焔條政貴は緊張していた。そしてそれは、何も焔條だけに限ったことではない。CPM所属のほとんどの人が、今日この日を緊張の面持ちで迎えているだろう。

 天凪清華や鍛冶原匠を含めて、大勢のCPM団員が会議室に顔を並べている。

 教壇に立って話をしているのは、団長のジャック・ガーランドだ。

「……ということだ。以上でブリーフィングを終了する。この任務はCPMにとって重要なものだ。各自細心の注意を怠るな。では、諸君の健闘を祈る」

 ジャックが教壇から下りて会議室を出ると、その場にいる全員も動き出す。

 今日の任務は、昨日の会議でも話があったことだ。

 内容は――簡単に言うと『要人警護』である。これから一時間後の午後二時に、県庁を陸軍省兵器開発局局長の凍城(とうじょう)飛檄(ひげき)が訪れる。兵器製造を担う市が近くにあり、その視察をする前のあいさつだという。通常は軍や県警が警護するのだが、今日は同時刻に天皇皇后のパレードや内閣総理大臣及び閣僚らの各地の訪問が重なり、人手が足りないと言う。

 日本のトップの人達と比べれば――陸軍省兵器開発局局長の重要度は低い。

 故に、警護の量と質がまるで足りていない。

 そこで抜擢(ばってき)されたのがCPMだ。民間の組織ではあるが、人の波を抑える壁くらいにはなってくれるだろう、というのが、軍や県警が期待していることだ。

 早い話――CPMはただの数合わせ程度にしか見られていない。

「舐められているよね、政貴君」

 焔條の隣に座る清華が、自分達の扱いに納得がいかない様子で、力なく言った。

「まあ、そこそこ成果を挙げているって言っても、所詮は一般人の集まりだし」

「うーん。何だか身も蓋もないことを言うよね、政貴君は。もっとほら……大活躍して見返してやるって気持ちとか湧かないの?」

「要人警護でどうやって大活躍しろっていうんだ? 何事もなけりゃあそれでいいんだ。多分今日だって、俺達にはほとんど仕事がない」

「そうかな? そうやって油断するのが危ないんだよ、政貴君」

 油断するわけがない。

 清華には黙っているが、焔條は少しだって気を緩めてはいないのだ。焔條の頭の中では常に、BOLによる襲撃のイメージを思い描いている。

 もしかしたら、フレア・ブローニングまで出てくるかもしれない。いや、フレアはまだ出ないかもしれない――もしくは、襲撃自体が無いのかもしれない。

 焔條は、ありとあらゆる状況を想定する。

 二日連続――否、焔條にとっては三日連続、襲撃があったのだ。

 今日襲撃されない保証なんてどこにもない。

 襲撃される確率の方が、極めて高いと言える。

「そろそろ行くか」

 焔條は席を立ち、清華とガバメントと共に会議室を出る。

「マサキ……不安ですか?」

「常に不安を抱えているよ。だからこそ警戒しているんだ」

「マサキの身の安全は私が保証します。不安や心配も大事ですが……あまり肩肘張るのもよくないですよ」

「考え過ぎなのか? まあ、俺の杞憂で済めばいいけどな」

 ただ――たとえガバメントがいるといっても確実ではない。それに、ガバメントの強大な力に頼っていては、成長ができない。

 焔條は、自分がガバメントに頼り切ってしまうことを恐れている。だけど同時に、必要とする場面が必ず訪れることも事実だ。

 頼る頼らないのバランスが大切になってくる。頼り過ぎないといつか死ぬことになり、頼り過ぎると怠惰になって兵士として死んでいるのと同義になる。

 ガバメントの存在が、焔條政貴という存在を狂わせている。

 焔條は、どちらにも割り切れない自分に歯がゆさを感じた。

「政貴君……わ、わたし、がんばるから。政貴君を上から見守っているから」

 考え込む焔條を見て、清華は拳を振りながら言った。力強く言っているようだが、どうしても頼りなく見える。

 そんな清華に、焔條は失笑する。

「今日守るのは俺じゃなくて軍のお偉いさんだろ、清華」

「確かに、今日の任務は要人警護ですからね」

 ガバメントもつられて微笑み、清華も笑顔を見せた。

 一度笑うことで、焔條は胸のもやもやがスッキリしたのを感じて、心の整理ができた。

 そうだ。今は、目の前にある任務を成功させるんだ。非常事態なんて予測するものじゃねえ――即時解決するものだ。

 焔條は迷いのない足取りで、前を向いて進む。



 午後一時五十分、県庁にて。

 焔條達CPMは、軍や県警の期待通りに動かざるを得なくなった。

 県庁の周りには、大勢の人、人、人だらけだった。

 とは言っても、陸軍省兵器開発局局長のルックスがいいからというわけではない。人々から支持を得ている仁徳者だから、という理由でもない。

 沿道から聞こえる人々の声は、黄色い声援ではなく混じり気無しの怒号だ。

 人々が持つ旗には、銃やミサイルに赤い×印が描かれている。

 横断幕には『兵器開発反対!』や『兵器の無い平和な日本を!』や『軍は帰れ!』など殴り書きされていた。

 そう――沿道にいる人々の八割は、軍事産業に反対している者達だ。残りの二割はというと、CPMと軍と県警の警護部隊、それと報道関係者、あとは何も関係ない野次馬だ。

 そしてCPMは、道路や県庁の入り口になだれ込もうとしている人々を抑えるのに必死だった。軍や県警の連中は手伝おうとしない。

「くそっ! 人が多過ぎる。これじゃあ何かあった時に銃が使えない」

 焔條は一人つぶやく。周囲は人であふれ返っていて、とてもうるさい。局長を暗殺するのだとしたら、絶好のシチュエーションだな、と焔條は思う。

 軍や県警の連中はM4やMP5を装備している。しかし、CPMはそういったアサルトライフルやサブマシンガンの装備を、今日に限って許可されていない。焔條の持っている武器はベレッタM92Fだけだ。他のCPM団員もハンドガンしか携帯していない。

「敵が現れれば、私が対処します」

「頼む、ガバメント。精密な射撃技術があるお前にしかできない」

 状況は限りなく最悪と言ってもいいが、それは襲撃があったらの話だ。なければなんてことはない、暇な任務になる。それでも、懸念は残る。たとえば――

「……清華。いい加減落ち着いたらどうだ? いくらM24が使えないからって」

「で、でも……私、スナイパーだから、ここにいるのが不安で不安で」

 CPMきってのスナイパー天凪清華も、例外ではなかった。だから今日だけは、焔條の近くにいる。しかし、そわそわしていて落ち着きがないのだ。

「わからんでもないけどな。特に、前線は初めてだったよな?」

 震えているのか頷いているのかわからないような反応を見せる清華。

「心配するな。もし何かあった時はフォローする。なるべくな」

「怖いこと言わないでよ、政貴君」

「落ち着いてください、サヤカ。こういう空気も、すぐに慣れますよ。それに……何かが起こるとは限りません。不安を(あお)って精神的に疲弊させるのも、BOLの戦略かもしれません。自然体で行きましょう。それに、サヤカ。あなたは狙撃の技術が上手いのです。ならば拳銃での射撃も素晴らしいのでは?」

「……ガバメントさんが暴論を言っているよ」

 スナイパーライフルとハンドガンの射撃技術がイコールだとは、必ずしも言えない。

「そんなことよりも、そろそろ来るぞ」

 抗議デモを行っている人々の怒号が激しくなり、焔條はそう予感する。

 そしてその予感は正しく、黒の高級車が県庁に向かってくるのが見えてきた。

 清華もガバメントも、焔條と同じく目視する。

 車は防弾仕様だから、ここでは仕掛けてこないはずだ。県庁の外にいる全ての人の視線が集まる中――車は県庁の入り口前で停まる。

 焔條は自然と緊張が高まる。清華もガバメントも、いつでも拳銃が抜けれるように構えている。そして、扉が開く。

 同時に、報道関係者がカメラのフラッシュをたかせる。デモ参加者の怒号はピークに達し、最早何を言っているのかも聞き取れない。

 そして、陸軍省兵器開発局局長の凍城飛檄が車から降りた。周囲のデモを一瞥(いちべつ)するように眺めてから、すぐに県庁の中へと這入っていった。

「…………」

 結局、何事も起こらずに済んだ。あとは、十分もしない内に訪れる帰り際だけだ。

 それさえ無事に済めば、今日の任務は終了となる。県庁の中に凍城飛檄が這入ったのを確かめて、焔條は一息つく。

「よかったね、何もなくて。あとは帰りを見送るだけだよ」

 安心するように、清華が薄く笑みを浮かべて言った。その時――


 県庁内で銃声が鳴り響いた。


 その音を聞いて、焔條はぞわりと寒気を感じた。

 県庁の中から聞こえた銃声は、M60の独特な連射音だったのだ。それは、日付がゴールデンウィーク初日に変わった夜に聞いたのと同じ音。

「くっそぉおおお! 中だ! 行くぞ、ガバメント!」

「了解です、マサキ!」

 焔條はすぐさま県庁内に向かって走る。焔條を追い抜くようにしてガバメントが大きい扉から中へ這入り、安全を確認する。

 焔條は中に突入すると、すぐさま窓口にいる女性に詰め寄る。

「凍城局長はどこに行った!」

「さ、三階の、知事室です」

 窓口の女性は銃声に恐怖を感じているのか、声が震えていた。

 焔條は女性に「すぐに逃げるんだ」と言ってから、階段を目指して走り出す。

 階段を駆け上がりながら、焔條はぎりぎりと歯を噛み締める。

「くそっ、くそっ。何で中に侵入していることを考えなかったんだ。少し考えれば想像がついたものを! 俺は馬鹿か!」

「冷静になってください、マサキ。県庁は中に這入らせないための警備の方が強いです。だから侵入は難しい。そして、中にも警備員が数多くいます。中に這入ってからの襲撃はない、と思い込んでいた私達の盲点を突かれたのです」

「くそっ! 何てザマだ! 失敗だ!」

「悲観しないでください! まだ死んだと決まったわけではありません!」

 ガバメントはそう言っているが、焔條としてはもう手遅れだと思っている。

 わざわざ生かしておく必要はないからだ。

 だけど、確定したわけではないから、焔條はわかっていても行かなくてはならない。

 三階に着き、すぐに知事室を見つける。焔條とガバメントは銃を構えながら、両開きの扉を同時に開けて中に這入る。

 一辺が十五メートルくらいの広い空間を有している知事室。焔條は這入ってすぐ、鼻につく異臭を感じた。

 左側にある来賓(らいひん)用のソファを見ると――血だらけの死体が二人座っていた。

「……凍城局長。それに、県知事まで」

 二人の体には、(おびただ)しいほどの銃弾が撃ち込まれていた。

 頭から足まで、銃弾が当たった個所からの流血によって赤く染まっていた。

 どこからどう見ても、全ての臓器を取り替えても、蘇生の余地が無いくらい――死んでいる。

「やっと来たの? おっそいわね~。待ちくたびれて局長と県知事は死んじゃったよ」

 部屋の正面から、声が聞こえた。

 その声は、この部屋の惨状にマッチしない、高くてかわいらしい声だった。

 県知事の机の奥――高級そうな椅子が滑らかに回り、椅子に座る声の主が焔條とガバメントの方を向く。

「……フレア・ブローニング!」

「久しぶりね、焔條政貴。と言っても前に会ったのって一昨昨日(さきおととい)――三日前の深夜だったからそうでもないんだけどね。あっ、あと名字は言わないでくれる? 調べたかBOLの連中に聞いたか知らないけど……言ったら殺すから」

 サファイアに近い鮮やかな青色の髪。それを左右に一つずつ、後ろを二つ結んでいる。フォーステールと言った方がいいのか、ツインツインテールと言った方がいいのか――前見た時と変わらないおかしな髪型だ。

 そして、髪の色と同じ青色の目。

 青い髪に碧眼。

 服装は、白い長袖のセーラー服に膝上十センチ以上の短い紺色のフレアスカート、黒のニーソックスという、制服姿。

 椅子に座っているのは、焔條の家を襲撃した張本人――フレアだった。

 焔條とガバメントはフレアに向けて拳銃を向けている。それでもお構いなしの様子で、フレアは不気味に微笑んでいる。

「お前は何故、凍城局長と県知事を殺したんだ?」

「あたしは仮にもBOLを率いているからね。民衆のご機嫌取りのために死んでもらったのよ。それにしても、もう一人って県知事だったの? へー、初めて知ったわ。局長の隣にいたからつい殺しちゃった」

 悪びれた風もなく「てへっ」と言って舌を出すフレア。

「フレア……てめえ」

「この局長暗殺は、駒に過ぎないわ。そう――あんたをここにおびき出すためのね」

「俺をおびき出すため……だと? そのために二人を殺したのか? 人の命を一体何だと思ってやがる!」

「ハンッ! それはこっちの台詞よ。大須事件で五百二十四人もの人間を殺しておいて、よくそんなこと言えるわね。どっちが人の命を軽く見てるの?」

「違う! 誤解だ! あの事件は……」

 フレアの言葉に、焔條の脳が刺激される。

 フレアの青い目で睨みつけられると、心がざわつく。

 まるで――あの人に言われているみたいで。

 あの人とフレアが重なって見えて――三年前の記憶が、否応無く、鮮明な映像で蘇ってくる。

「黙れ! あたしの姉、ニーナ・ブローニングを殺したのもあんたでしょ!!」

 一瞬。

 焔條は雷に打たれたような衝撃を全身に味わった。そして、膨大な量の情報が、虚空をさまよっていた謎の断片が――急速に真実へと完成されていった。

「お、お前が……ニーナさんの、妹?」

「そうよ。あんたが壊滅に追いやった、BOLの初代リーダーのね」

 そう――焔條が語らなかったBOLの初代リーダー。焔條は、無意識に語ろうとせず、伏せていた。しかし、フレアが記憶を掘り起こすことで、焔條は思い出してしまった。

 ニーナ・ブローニングについての記憶、思い出を。

 焔條は、フレアの顔をまじまじと見る。

「……確かに、ニーナさんの面影がある。青い目なんてそっくりだ」

「あたしの顔を見て懐古するのやめてくれる? すっごく不愉快極まりないんだけど」

「だけど、何でフレアはBOLのリーダーになってこんなことをしているんだ?」

 焔條の問いかけに、フレアは眉をひそめて不機嫌な顔になる。

「復讐よ! 姉を殺したあんたに死んでもらいたいから。だから、あたしがBOLを復活させて兵隊を集めたの。BOLはあたしの復讐のために利用したに過ぎないわ」

「そんな……復讐なんて、ニーナさんは望まない」

「知った口を聞くな! この殺人鬼が!」

「違う! フレア、話を聞いてくれ。ニーナさんに誓って嘘はつかない。俺は確かに大須事件の時、あの場にいた。だけど……あの場で俺が殺したのは、ニーナさんを含めて――六人だけだ」

「戯言をほざくな! 六人も五百二十四人も同じよ! あんたの常識は六人までなら殺してオッケーって言いたいの? ふざけんな!」

 フレアは机を両手で叩いて、焔條に怒鳴りつける。

「マサキ」

 と、部屋に這入ってから今まで口を閉ざしていたガバメントが、沈黙を破った。

「それは私も聞き捨てなりませんね。どういうことか、説明していただきたい」

「ガバメント……今は」

「あたしも、あんたの法螺(ほら)話は聞いてみたいけど……時間がね。ほら、聞こえる? 外が騒がしいの」

 フレアの言葉に、焔條はあることに気付いた。

 今まで長いこと話をしていたが――未だに、この知事室に増援が来ない。

「……それにこの銃声? まさか!」

「気付いた? BOLを総動員させて、ここを襲わせているのよ。多分、外が忙しくてここに誰かを送る余裕なんてないんじゃない? まっ、それも長くは続かないでしょうけれど、ね」

「フレア……お前」

 焔條とガバメントが拳銃を向けているのにもかかわらず、フレアは椅子から腰を浮かせて立ち上がった。そして、ガバメントを指さす。

「焔條政貴……それがあんたのトップガン?」

「トップガン? 一体何のことだ? 映画なら曲は知っているが見たことはないぞ」

「違うわよ。馬鹿じゃない? ああ……日本には、別の呼び方があったわね。物に憑く神――九十九神。英語圏では《兵器の頂点》って意味でトップガンって言っているわ」

「日本には? ちょっと待て。じゃあ、他にも九十九神が――トップガンと呼ばれている存在がいるのか?」

「ハンッ! 呆れた。まさかトップガンが自分だけのものだと思っているの?」

 フレアはガバメントを指すために立てている人差し指に加えて、親指を立てる。それは銃を模しているようにも見えた。

「大間違いよ」

 フレアは、ばぁん、と口で銃声を真似て言った。

 その瞬間。

 ――轟音と共に無数の銃弾がガバメントを襲った。

「ぐっ、ぐぅううう!」

 ガバメントはとっさに横へ避けよとするが、距離が近くて避け切れず――次々と全身に銃弾を浴びていった。悲鳴は無く、ものすごい勢いで後ろの壁まで吹き飛ばされる。

「ガバメントぉおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」

 焔條が気付いた時には、既に銃声と共にガバメントが吹き飛んでいた。振り向いてガバメントを見るが、焔條に背中を向けて力無く倒れていた。ぴくりとも動かない。

 ガバメントに向けていた視線を戻して、焔條はフレアを睨みつける。

 そこには――M60を両手に持って構えている女性がいた。

 フレアより背が少し高く、細身ですらっとしている。白のシャツに黒のネクタイ、ツーピースという姿で――最早男装だ。女性らしさは、顔以外では胸のふくらみだけになっている。

 凛々しい顔立ちで、髪はエメラルドグリーンのショートボブ。目も同じ色で、まるで、数十カラットものエメラルドが両目に埋め込まれいるような輝きを見せている。

 しかし、何よりも異常で異彩を放っているのが――M60を両手に持っていることだ。

 全長は一メートル強、重量は十キロ強と、およそ女性が持つには重過ぎる機関銃だ。

 それを――両手に、まるで拳銃でも持つかように軽々と構えている。

 二挺拳銃ならぬ――二挺機関銃。

 人間にできる業ではない。が、しかし。

「どう? これがあたしのトップガン……M60のメアリーよ」

「トップガン……M60のメアリー」

 焔條は呆然としており、ただフレアの言ったことをおうむ返しするだけだった。

「はじめまして、焔條政貴。あなたの話はフレアからかねがね聞いております。あと少しで死別するかもしれませんが、よろしく」

 わりとフランクに話しかけてくるメアリー。

 トップガン――M60の九十九神であれば、焔條が感じている不自然に納得がいく。

 こいつらには常識が通用しないのだ。

 異常は常軌になり、疑問は愚問になり、奇跡は普通になる。

 条理は軒並み破壊され、法則はことごとく破綻して、因果は当然の如く逆転する。

「くそっ……ガバメント」

 さっきまで二人でフレアに拳銃を向けて有利だった状況が、一転した。

 焔條は今一人で、メアリーに二挺のM60を向けられている。

 ガバメントがやられてしまった今――戦えるのは焔條ただ一人だ。

 しかし、相手はトップガン。M60の九十九神、メアリー。ガバメントと同等の存在なら――焔條に勝てる道理は無い。

「焔條政貴……ようやく、復讐を果たせるわ。最後の言葉なんて訊かないわ。謝罪なら、あの世であたしの姉にしなさい」

「…………」

 だけど、ガバメントのためにも、ここで諦めて死ぬことはしちゃいけないんだ。

 死ぬのが同じならば――何もせず死ぬより、何かして死んでやる!

 焔條は、自分がすべきことを考える。と、

『持ち主であるあなたが死ねば、同時に私も消滅します』

 急に、いつしかガバメントに言われたことを思い出す焔條。

 メアリーに限ったことではない。トップガン全体の弱点――それは、持ち主を殺せば、トップガンも死ぬということ。

 だけど――フレアを殺していいのか? ……いや、何を言っているんだ。ガバメントが死んでまで貫き通す誓いなんて、あるのか? その(かたき)が今目の前にいるというのに、何もせずに黙って殺されるなんて――兵士である前に人間じゃない!

「死ね、焔條政貴」

 フレアが何の熱も感じない、冷たい声で言った。メアリーが、両手に持つ二挺のM60の引き金を引く。その前に、焔條はベレッタの引き金を引こうとした。

 その時――

「政貴君!」


 清華が焔條を突き飛ばした。


 しかし――メアリーによるM60の銃撃は、横に飛んだ二人を容赦無く襲う。

「ぐ、ああっ……」

 床に倒れた焔條は、最初、何が起こったのかわからなかった。だが、焔條に折り重なるように倒れている清華を見て、瞬時に理解する。

 そして、自分が銃弾に貫かれたことと、清華にも何発か被弾していることも認識した。

 一瞬遅れて、全身を激痛以上の痛みが走り、意識が朦朧(もうろう)としてくる。

「うわっ、あああ! 焔條……政貴ィ! よくも!」

 フレアが悲鳴を上げる。見ると、腕から血を流していた。その腕を片方の手で抱えて、苦悶の表情で焔條を睨みつけていた。

 どうやら、清華にタックルされるように突き飛ばされたのでわからなかったが、その際――ベレッタから銃弾が発射されたようだ。焔條が冷静でなかったことと、清華が突き飛ばしたことで、狙いが外れてフレアの腕に当たったのだろう。

「いきなり出しゃばってきて……先に、先にこの女を殺してやるわ!」

「や、やめろ……フレア」

 大声が出ない焔條。ごほっ、ごほっ、と咳き込むと、口から血が出てきた。

 フレアは、メアリーから片手に持つM60を奪い取り、銃口を清華に向ける。

 清華だけは、殺さないでくれ。

 焔條は最早声を出すこともままならず、思うことしかできなかった。そして、意識すら徐々に遠のいていくのがわかる。

 フレアがM60の引き金を引こうとした。

 その時。

 知事室の扉が大きな音を立てて開かれ、中に人が殺到する。

「動くな!」

 知事室になだれ込んできたのは、軍や県警、CPMの団員達だった。一斉に――拳銃やライフルをフレアとメアリーに向ける。

「フレア……逃げますよ」

 メアリーはそう言うと、もう片方の手に持つM60をぶん投げた。木の棒でも投げるかのような軽さで、全長一メートル強、重量十キロ強の機関銃を投げたのだ。

 投げられたM60は、フレアとメアリーに銃を向けていた者達に当たる。当たった者は、車にはね飛ばされたかのように後ろの扉まで吹っ飛んだ。

 銃を向ける者達は、投げられたM60に気を取られていた。

 その隙に――メアリーはフレアを抱えて、知事の机の後ろにある大きな窓を割って飛び降りた。

「くそっ! 逃げられたか」

 誰かが窓の外を見るが、既にフレアとメアリーの姿はなかった。

 県庁の外は、BOLの暴動が鎮圧されているとはいえ、阿鼻叫喚の様相を呈している。

 雑踏に紛れてしまえば、二人の姿を確認することなんてできない。

「――おい! 怪我人を運べ! この二人は重傷だぞ」

 次に、二人を見た誰かが焔條と清華を見て叫ぶ。二人は折り重なるように倒れており、出血によって血だまりができている。

 その時焔條は既に意識が混濁しており、周囲の喧騒が遠くの出来事のように小さくしか聞こえていない。

 ただ、焔條はつぶやく。

「――ガバメント……清華――」

 すまない。

 そして――焔條の意識は、深い海の底へ沈んでいくようにゆっくりと暗転していった。



 何も無い、手を伸ばせば自分の指先すら見えなくなりそうな闇。

 光という概念が存在しないかのような空間で、焔條政貴は目を覚ました。否――目を覚ましたと言っていいのかどうかわからない、曖昧な感覚。

「……ああ、俺は、死んだんだよな、確か。あの県庁で、あの知事室で、フレアに殺された。厳密にはメアリーとか言うトップガンにだけど」

「いいえ、マサキ。あなたはまだ死んではいません」

 と――何も無い空間に、突如としてガバメントの姿が浮かび上がってきた。

「ガバメント! 生きていたのか?」

 焔條は、驚きよりも嬉しさの方が先に感じた。てっきり死んだとばかり思っていた焔條は、その姿を見てほっとしたのだ。

 しかし、焔條の言葉にガバメントは暗い表情を見せている。

「私もマサキも生きています。ですが、あなたは未だに意識を取り戻していません。ここで私と話をしているのがいい証拠です。ここは夢の世界のようなものだから」

「夢の世界? 俺の? じゃあ、何でガバメントがここにいることができるんだ?」

「私は……生きていると言っても肉体は死にました。九十九神という存在は、現世に具現化するのに肉体を作り出します。しかし――私の肉体はメアリーによって蜂の巣にされて死にました。ですが、魂が死んだわけではないので、何度でも肉体を再形成すれば現世に戻れます。ただ、私が完全復活するまでには九十九時間かかります。なので魂だけの今は……こうしてマサキの精神世界で話をすることしかできないのです」

 焔條はガバメントが完全に死んでいないことに安心する。と同時に、違う意味で驚かされる。

 強大な力を誇るトップガン――ガバメントやメアリー。

 やっとの思いで殺しても、持ち主が死なない限り、四日と三時間で何度でも生き返る。

 運用次第では、一人でも戦局をひっくり返すことができる兵器になりかねない。

「ガバメント……すまない。俺は、お前の魂まで死なせてしまうところだった」

 焔條は謝る。県庁で、フレアとメアリーに殺されかけたことを。

「マサキが謝る必要はないです。あの時は、私の責任です。私はあなたを守れなかった。メアリーの存在に気付けなかった」

「あの状況……まさか、フレアが九十九神を隠していたなんて思いもしなかった。あれは――俺達をはめるための罠だったんだ。仕方がない」

「いいえ。どうにかできたはずです。私がもっと素早く動いてM60の掃射を避けて、その上で反撃をしていれば……マサキはもちろん、サヤカも無事だった」

 そこで焔條は、清華の存在を思い出した。

 自分を庇って、共に銃弾を喰らった清華。

 もしもあの時、清華が焔條を突き飛ばさなかったら――焔條は確実に死んでいた。

 清華が突き飛ばしてくれたおかげで、焔條は致命傷を負わなかったのかもしれない。

「清華……清華は、無事なのか?」

「わかりません。今の私には、現世の様子は窺えませんから」

 ガバメントの表情が曇る。よほど、あの県庁で焔條と清華に傷を負わせてしまたことに責任を感じているのか。

 辛そうな顔をしてるガバメント。見かねた焔條は彼女に言う。

「ガバメント……後悔しても、結果は変わらない。後悔し続けると心が腐る。心が腐ると自分に自信が持てなくなって、何もできなくなる。かつての俺がそうだった。だから何も恥じることじゃあないし、するなとも言わない。ただ、後悔は何も生まない。じゃあ後悔じゃなくて反省って言葉にすればいいんだ」

「……反省、ですか」

「ああ。反省は次に繋げられるからな。失敗を反省して、成功を完成させる。過去よりも――現在を優先するんだ」

「失敗を、成功に……過去よりも、現在を」

 焔條の言葉に、ガバメントは少しずつ表情を和らげてきた。

「一度撃った銃弾は元に戻らないけど……次に撃つ銃弾は、どこにでも狙える」

「……そう、ですね。何だか少しだけ、苦しさから解放された気分です。見失いかけたものを、何とか見失わずに済みました」

 そして、ガバメントは憑き物が取れたかのように明るくなって、

「マサキ……ありがとうございます!」

 焔條に向けて満面の笑顔を見せてくれた。

 ガバメントの見慣れない笑顔に――焔條は一瞬、見惚れてしまった。

「い、いや……別に、銃の心配をするのは持ち主の役目だから。気にするな」

 動揺しているのをガバメントに気付かれたくなくて、何とか言い(つくろ)う焔條だが、それが成功したかどうかはわからない。

「ところで――マサキ」

 言って、朗らかに笑みを浮かべていたガバメントは、急に真剣な表情になった。

「あの知事室での話……詳しくは聞かせてもらえないでしょうか?」

「……大須事件のことか」

 焔條が応えると、ガバメントは静かに頷いた。

 ガバメントはどうしても聞きたいのだろう。

 知事室において、ガバメントは焔條とフレアの会話についていけれなかった。

 二人しか知らない共通の人物――ニーナ・ブローニング。『大須事件』において、二人の認識の食い違い。焔條が六人を殺したということ。

 あの場で聞けなかったことを、『大須事件』で今まで焔條が語らなかったことを、焔條の口から、聞きたいと思っているのだ。

「わかった。大須事件の全てを……あの時何があったのか、話すよ」

「お願いします」

 焔條は昔を思い出すかのように目を閉じる。

「二〇九六年、俺が中学二年の十四歳だった頃だ。それまでの俺の経歴を話す必要はないよな?」

「ええ。あのファミレスで、サヤカとタクミが語ってくれましたね」

「俺は、十四歳の誕生日を迎えて一ヶ月経つまで――何の目標も目的も無く生きてきた。ただただ戦いに明け暮れていた。機械のように淡々とな」

「はあ……しかしそれは、その時まで、ですよね?」

「そうだ。あれは七月中旬の暑い夏だった。俺は、二人の女性に出会った。一人は、当時勢力を伸ばしつつあるがまだ小さな集団だったCPM……その初代団長、ユイさんだ」

「……というと、もう一人はBOLの初代リーダー、ニーナ・ブローニングですか?」

 ガバメントが勘の鋭さを見せる。

「話が速くて助かるが、それは俺に言わせてほしかったな。別にいいんだけど」

「すみません、マサキ」

「いや、いいって。まあ、ともかく……その二人に出会ったことで、俺の人生は、良くも悪くも劇的に変わった」

「その二人とは、どういった馴れ初めで?」

「あー、あれだ。俺は当時メディアに引っ張りだこだったから、どうしても注目されちまう存在だった。でも人気より実力を買われてな。先にユイさんが、次の日にニーナさんが……大義名分を掲げて俺をスカウトしてきたんだ」

「CPMとBOLにですか? しかも十四歳という若さで? それは素晴らしいことじゃないですか! それで、マサキはどうしたのですか?」

 ガバメントは続きが気になるのか、興奮気味に訊いてくる。

 焔條は溜息をついて「どうもしない」と答えた。

「俺は、二人の誘いを断ったんだ。正義のためとか平和のためとか、二人は言っていたな……だけど、あの時の俺には戦う理由が無かったんだ。だから、断った」

「ええっ!? 力がありながらどこにも属さなかったのですか? どうしてですか?」

「派閥とかそういうのが苦手だったんだろうな、多分。どちらかに属せばどちらかに恨まれる、それが面倒だったのかもしれない」

「それは、何だかもったいないです。宝の持ち腐れです」

「人を宝って言うな。それに、その言葉は二人にも言われたよ」

「な、なるほど。考えることはみな同じというわけですね」

 一人で勝手に納得した様子でぶつぶつとつぶやいているガバメント。

 焔條は肩を竦めて言う。

「だけど、それで終わりじゃあなかったんだ。夏休みに入っても――いや、夏休みに入ったからこそ、勧誘が激しさを増したんだ」

「ユイとニーナは、諦めずに声をかけ続けたのですね」

「ああ。それこそ、示し合わせたかのように二人が一日おきに訪れるんだよ。だから毎日ユイさんかニーナさんのどちらかと出会うってわけだ。俺がどんなに逃げようと、どんなに隠れようとな」

 ふふふ、と焔條の言い方がおかしかったのか、ガバメントは失笑した。

「二人はそれほど、マサキの実力を買っていたのですね。そして、誰にも取られたくないと意地になっていたのだと思いますよ」

「ああ、だろうな。当時の俺はそんなこと全くわからなかったけどな。ただうっとうしいと思ってただけだ」

「その二人が同時に来たことはなかったんですか?」

「いや、何度もあった。恐らく交互に会うのは偶然で、本当は二人とも毎日俺を探していたんだろうな。だから二人同時に会うこともざらだ」

「その時はどうだったのですか? 何か起こりました?」

「ただの喧嘩だよ。まあ、俺はいつもそれに乗じて逃げてたんだけどな。だけど……ユイさんとニーナさんは、CPMとBOLと対極にいながらその実――とても仲が良かった。そして、お互いを良きライバルとして認め合っていたんだよ」

「それは羨ましい絆ですね。ですが、マサキは……」

「ああ。俺は首を縦に振らなかった。自分が何をしたいのかわからないから、安易に首を振れなかったんだ。だけど二人の勧誘もしつこかったから、俺はCPMとBOLにお邪魔することもあった。そこで知り合ったやつもいる」

 二人の目的としては、親交を深めて入らせようというのがあったのかもしれない。具体的な活動を見せることで、魅力を感じてもらおうと画策したとも言える。

 焔條がそのお試し参加で両方に友人ができたのも事実だ。

「そこで、何か変わりましたか?」

「変わった。ユイさんとニーナさん、それにCPMとBOLの人達と関わっていく内に、考え方が変わったんだ。『入ってもいいや』って」

「それは、いい傾向ですね。それで、どちらかは決めたのですか?」

「いや、そこで迷ったんだ。平和のために動く自警団的組織CPMか、正義のために動く義賊的集団BOL。『入ってもいいや』とは思っていても『何をする』かまではハッキリと決めていなかった」

「難しいですね。両方入るという手は、流石に通用しないでしょうしね」

「ああ。そして、俺はどちらかに入ることによって、どちらかの敵になってしまうんだ。さらに、そのことで争いの種が()かれるかもしれないと思うと……動けなかった」

 ガバメントは、焔條の言葉から、当時の気の揺らぎようを感じ取る。

 その選択は、十四歳の少年が決めるには重過ぎる。力ある者が背負う宿命に翻弄され、苦しんだことだろう。

「それに……俺はCPMとBOLを争う関係にしたくなかったんだ。互いが歩み寄って、理解し合い、一つになる道を考えていたんだ」

「素晴らしいことですが、実現するのは至難の業ですね」

「CPMとBOL双方と接していく日々が続いて――八月になる時、俺は自分の力の使い道を見出してきたんだ。当時は、ただ漠然とだけど『この人達を守っていきたい』って、自分の力をそのために使えばいいんじゃないのか……そう思った」

「それは……マサキの今の理想に近いことではないですか」

「ユイさんやニーナさんへの気持ちが強かったから、二人だけは守る、とそう強く決心した覚えはある。だからあの時は、戦場で失われる命を敵も味方も無くしたいなんて、そこまで大それたことは思っていない」

「でも、それは素晴らしい成長ですよ。一人では、その思いを抱くことはできないです。CPMとBOLの仲間と共に過ごすことで生まれる思いなのだから」

「確かにな……ユイさんとニーナさんには感謝しているよ。ただ――」

 焔條は言葉を切ると、一変して表情が暗くなった。

「双方が歩み寄る気配は無く、俺もどうするべきか決めかねていた。そんなある時、些細なきっかけからCPMとBOLは争いを始めて――やがて戦争になった」

「まさか、それは――」

 焔條は頷く。

「ああ。その戦争の最後に、大須事件は起こったんだ」

 苦虫を噛み潰したような顔で、焔條は忌々しく言った。

「戦争と大須事件は別物なのですか? 私はてっきり、その戦争全体をさして大須事件と言っているものだと思っていました」

「違う。大須事件は戦争とは別だ。そして……俺も未だに整理がついていないんだ」

 焔條は頭を抱えながら、力無く首を振る。ゆっくりと吐かれる溜息からは、想像がつかないほどの苦しみが込められているように見えた。

「マサキ……苦痛だとは思いますが、私は知りたい。あなたが知っている全てを、私にも教えてください」

 ガバメントは、焔條に無理をさせたくないという思いがある。しかし同時に――焔條が過去に囚われているかもしれない、と心配もしている。

 だから――自分のためにも、話してもらいたい。

 その思いで、ガバメントは焔條にお願いをしたのだ。

「……あれは忘れもしない、八月十三日の金曜日のことだ」

 焔條はガバメントに応える代わりに、語り始める。

「あの日は……両者が最終決戦だとか何だとか言っていて、残存兵力を結集させていた。そして、大須のある場所で衝突することになった」

「マサキはどうしたのですか?」

「俺は戦争を止めようと思った。だけど、その時には何もかもが遅くて……結局、戦争は始まってしまった。始まる直前まで俺は止めようとした。CPMは失敗したから、今度はBOLを説得しようとした。でも突っぱねられて……ニーナさんにぶん殴られて気絶したんだ」

「気絶した? では、戦争は……」

「ガバメント、結末は知っているだろう? 大須に集結したCPMとBOL――合わせて五百二十四人が全滅だ」

「そんな……でも、どうして? 相討ちになったのですか?」

 戦争を行って、双方に一人も生存者がいない。そのことにどうしても納得がいかないのか、ガバメントは焔條に問う。

 しかし、焔條は「わからない」と言って首を横に振った。

「別に隠してなんかいない。俺が目を覚まして、その場所へ行った時には……既に地獄と化していた。ほとんどのやつらは死んでいて、残りは、死を待つ連中が声にもならない呻き声を漏らしていた」

 焔條は震えている――体も、声も。

「マサキ……辛いのであれば、話をここで止めてもいいのですよ?」

「ガバメント……お前が俺に訊いてきたんだ。だったら、お前は聞く責任がある。それに――これは俺の懺悔でもあるからな」

「……懺悔」

「俺は、何とか助かるかもしれない人を探した。絶望に心が砕かれながらも、希望に(すが)りつくように。だけど……見つけられなかった」

 ガバメントは何も言わず、静かに焔條の話を聞いている。

「CPMの友人が二人、BOLの友人が二人――意識はあった。でも、助かる見込みはなくて、ただただ苦しんでいた。それで、そいつらが言うんだよ。『頼む、楽にしてくれ』ってな。何もできない俺は……そいつらの言う通りにすることしかできなかった。拳銃で、一人ずつ、頭を撃っていった」

「…………」

 ガバメントは何も言わない。ただ唇を噛み締めて、黙って聞いている。

「そして、最後に――」


「ユイさんとニーナさんを殺した」


「それが……知事室で告白した、マサキが殺した六人ですか?」

「そうだ。俺は、絶対に守りたいと思っていた二人すら、守ることができなかった」

「……マサキ」

「俺の理想は、実現するはずもない絵空事だったってことだ」

「そんなことはありません。だって、マサキは高校生になってCPMに入団したではありませんか。それはどうしてですか?」

「大須事件から二年間、心の整理をしていた。それで、やっぱり理想を捨てきれなかったからだ。だから、理想に一番近いCPMに入団したんだ。だけど、俺は心のどこか諦めていたんだ。頑張ろうとしても、無駄だと言わんばかりに大須事件を思い出す」

 焔條は目をつぶって、拳を握り締めながら言った。

 ただ、ガバメントの目には、焔條を憐れむ色など一切映っていない。

「ぽっかりと胸に穴が開いたまま過ごしてきたけど……ここ最近で、ようやく新たに守りたいと思うものを見つけたんだ」

「……それは、サヤカですか?」

 ガバメントの予想に、焔條は頷くことで応えた。

「ああ。でも、俺は清華まで失おうとしている。守るつもりが逆に守られて、共に銃弾を浴びて。一体、俺の理想って何なんだろうな」

「私にはわかりません。ですが、あなたは何を望んでいるのですか?」

「どうしてそんなことを訊く? 今何もかもを失いつつある俺に、それを訊く必要があるのか?」

「質問を質問で返してはぐらかそうとしないでください」

 ガバメントは、焔條を斬り捨てるような強い語調で言った。橙色の瞳が――強い意志を持って焔條を睨んでいる。見るだけで目が焼かれそうなほど強く、しかし、静かに燃えていた。

 焔條は一瞬、ガバメントの気迫に気圧された。

 凛とした姿勢は崩していないのに。

 体は一ミリだって動いていないのに、突き飛ばされるほどのプレッシャーを感じる。

「私は、マサキに恩返しがしたい。あなたはあの時強く願った、強く望んだ。その願望を叶えるために――私はここにいるのです」

「……願望」

 焔條の脳裏に、過去の映像がフラッシュバックする。

 戦い、出会い、喜び、怒り、哀しみ、楽しみ、虚しさ――それらの記憶。そして、訪れた地獄。消えた笑顔、血と肉、硝煙と血煙、視界一面の屍、赤と黒の世界。

「俺は……」

「マサキは、この世界で、何を成し遂げたいのですか?」

「正義」

 焔條は言った。簡潔に、しかし万感の思いが込められた一言だ。

「自分の信じた正義を、貫きたい」

 ガバメントは、焔條の言葉が聞けて嬉しかったのか、少しだけ表情を弛緩させる。

「……そうですか」

「だけど! 俺は弱いんだ! 理想を実現させるほどの力が無かった。そのせいで大勢の人間が死んだ! 俺の目の前で! 俺は誰も救うことができなかった! 俺には無理だったんだ!」

 焔條は、いつの間にか熱くなっていた。

 自分でもわからない。何故ガバメントにこうも話しているのか。

 (せき)を切ったかのように感情を止めることができない。

 たとえ過ぎたことでも、やり直すことなんてできないとわかっていても――己の無力さを噛み締めるために、過去の出来事を思い出す。

 自然と、焔條の目に涙が浮かぶ。

「わかりました」

 ガバメントは、決意のこもった言葉を言い、頷いた。そして、彼女が動いたと思った、その時――既に焔條は抱かれていた。

 抱擁され、銃なのに、人の温もりを感じた。

「が、ガバメント?」

「マサキ。あなたが大須事件でどれほど悲しくて苦しかったか、私にはわかりかねます。しかし、一度の失敗で諦めてはいけない。一度失敗して嫌だと思ったのなら、二度と失敗しなければいいのです」

「だけど、俺は清華を守れなかった」

「マサキのせいではないですよ。あれは私の失敗です。すみません。だから、もう二度とマサキやサヤカを危険な目に遭わせないことを誓います」

「………………」

 ガバメントが抱擁を解いて、真っ直ぐに焔條と向き合う。

 目と目を合わせて。

「過去に救えなかった人達の何十倍、何百倍の人達を、これから救っていきましょう。それが、死んでいった人達への弔いになると思います」

「……ガバメント」

「今一度、私にあなたの正義を、願いを、理想を……教えてください」

 焔條は、全てが吹っ切れたかのような、清々しい表情を見せる。

「俺は、戦いで奪われる命を無くしたい。争いで失われる命を無くしたい。そのために、俺は敵味方誰であろうと殺さないし、死なせない」

 ガバメントは、納得するように頷く。

「あなたの理想は私の理想。あなたが望めば、私はそれを叶えるためにあなたの銃となり弾丸となります。マサキ……存分に私を使ってください」

 ガバメントは優しく微笑んで、焔條の手を力強く握る。

 それに応えるように、焔條もガバメントの手を握り返した。

 その感触は、銃を握っているそれとは程遠く、限りなく人間に近くて――。

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