おもてなしとは
後半が適当になりました。サーセン。
「よう僧侶。随分と無様な格好だなぁ?」
絶望と狂気に満ち溢れた声。黒板を引っ掻いた時のような不快感が、直接彼女の脳を揺さぶる。
「名前は...確かトウカと言ったか...悲しいなぁ?勇者に見捨てられて?」
「......ッ!!」
彼女の顔が一気に強ばる。やはり、見捨てられたのがよっぽどショックだったのだろう。
「おお、怖い怖い。怖いなぁ。さすが勇者様御一行の僧侶というだけはあるなぁ。そうは思わないか?ユウキ」
「えっ、はっ、はい。まったくその通りでございます。魔王様」
「フハハハハハハ、そうか、やはり貴様もそう思うか。よし、ならばユウキ。お前、こいつに最高のもてなしをしてやれ」
「最高の...もてなし、ですか。それはつまり...」
「お前も最近体がなまっているだろう。良い機会だ」
「...はっ、了解しました」
「ああ、死なない程度にな。次に勇者が来た時、晒し上げてやるから」
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というのが、今までの経緯である。この後、俺は彼女を連れて拷問部屋に来ていた。普通に見れば、何も問題ない、何も問題ないはずなんだが...
だが、俺は迷っていた。とても、すごく、超絶迷って
いた。
俺は魔王軍の幹部である。基本的な戦闘能力の高さと、魔王への忠誠心の強さが買われ、雑務からスピード出世した。
だが、同時に一般の人間でもある。俺は実は現世で死亡し、この異世界に転生してきた一般の日本人である。出世の決め手となった戦闘能力の高さは転生時に与えられた能力で、忠誠心の強さは普通に上司への礼儀をわきまえていただけであり、何も特別な事をしていたわけではない。
おまけに、俺は魔王軍に自ら入っていった訳ではない。転生したらもう魔王軍の仲間入り、という寸法だったのだ。
つまり、俺は転生してから特別な心境の変化も何もあったわけじゃないし、異世界にも慣れていないのだ。
ここまで来て導き出される結論、それは......
おもてなしとか超絶したくない、という結論である。
転生したのかもともと異世界に居たのかは知らんが、生身の人間。しかも女の子で、勇者パーティーの一人。おまけに魔王との戦闘中に、勇者、戦士、魔法使いの三人に逃げられ、自分だけ取り残されたというとってもかわいそうな子。
そんな人間を、俺に殴れと?いたぶれと?無理無理無理無理、出来るわけないでしょ?
さっきも言った通り、俺には心境の変化も何もあったもんじゃない。街が支配されているのを見て心が痛むし、奴隷として働かされている人間を見ると全力で謝りたくなるし、何よりその元凶である魔王に媚びている自分の生活に後ろめたさを感じている。
そんな俺が。俺の手で。無理だ。このままだと精神が崩壊して発狂してしまう。
だからと言って、このまま何もしなければまず俺が魔王に殺され、その後彼女も殺られてしまう。本末転倒だ。
何か。何か、この子に乱暴しない言い訳は無いのか。この子も俺の体面も守れる方法は...
「...そろそろ、一思いにやっちゃってくれませんか?」
突然、声が聞こえた。僧侶の子の声だ。
「もう、いいんです。怖いんです。このままじゃ、酷いことされる前に私の精神が壊れちゃいます。ひと思いに、さあ、お願いします」
その声は今にも泣きそうで、とても勇者パーティーの一人として魔物と戦っていた僧侶のものには聞こえなかった。
そうだ。この子にももう限界が迫っている。こんな風にモタモタ判断を迷っているよりかはもうやっちゃった方がいいのかもしれん。...だが!
そして、突然閃く。この状況で彼女を傷つけずに済む方法。それは少々どころか、異常なほど強引であった。下手したら俺は殺される。だがそれ以上の策を考えている余裕もなく、俺はとっさに実行に移すことに決めた。
「......そうか、分かった。お前に最高のもてなしをしてやろう!」
俺がそう叫ぶと、彼女は目をつぶった。
「...緑茶です。どうぞお飲みください」
そう言って俺は机と椅子を置き、その上に緑茶を出した。
「......は?」
驚いた、というよりかは呆れた、拍子抜けした、といった表現の方が正しいだろう。そんな声で、彼女はつぶやいた。
「いやいやいや、え?そ、何なんですかコレ?毒入りですか?毒を飲めと?なるほど理解しました」
「断じて違います。ただの緑茶です。静岡県産です」
説明を加える。彼女はまだ呆気にとられている様子だ。
「あ、もしかして鹿児島県産の方が良かったですか?それは大変失礼いたしました。今すぐお下げいたしま」
「いやいや、そういうことじゃなくて。何普通にお茶出してるんですか?私に暴力を振るうんじゃないんですか?」
彼女は必死に語る。まるで暴力を振るって欲しいようだ。
「......何でですか?何で私がそんな事しなくちゃいけないんですか?」
「は?」
「いいですか?私は魔王様に『最高のもてなしをしろ』と言われたのです。だからあなたを大切な客人としておもてなししようと、緑茶を出したわけでございます」
「いやいやそれは」
「おもてなしの意味を誤解してるって?」
俺がそういうと、彼女は少し驚いたような表情になった。
「...はぁ、分かってるよ、そんな事」
「でも、無理だ。俺はお前を殴ったりする事はできん」
「でも、そしたら」
「当然魔王様から罰を受けることになるだろうな。しかもかなりの確率で殺されるだろう」
魔王がどんな性格かは知らんが、恐らくそうなるだろう。命令に背いたやつは殺す。それがラスボスの鉄則だ。
「だけど俺はそんな事したくない。やったら罪悪感で明日から鬱になって自室に引きこもる。これだけは断言できる」
「そ、そうですか」
「だから!!俺は全力でお前をもてなすからな!!分かったか!!」
俺がそう叫ぶと、彼女は驚愕した表情を見せ、その後少し笑って見せた。
「...分かりました」
「言っとくがな!!俺だってまだ死にたくないんだからな!!お前のせいだぞ!!分かってんのか!!」
「じゃあ私を殴ればいいじゃないですか、死なないで済みますよ?」
「それはやだ」
「えぇ...」
ここで彼女をいたぶって、半殺しにでもした場合。俺は罪悪感に苛まれたまま一生を過ごすことになる。しかも、ここは魔王軍。このような仕事はもっと回ってくるだろう。
だが、ここでこのまま死ねば、俺は今まで俺を縛ってきたストレスから開放される。
死ぬのは怖い。だが何の罪もない少女をいじめちゃったという十字架を背負って生きていくよりかは、こっちのが10倍マシだ。
「でも、痛いだろうなぁ...」
そう言いながら俺は少し笑った。人間は崖っぷちに追い詰められると、楽しくなってくるというのは本当らしい。
だが、結果的に、これは杞憂に終わる。
そして彼女と俺の異世界生活が、ここから始まることになる。