エイリアンVSファンタジー
―青い星、地球。
総人口約73億人をほこるこの惑星だが、未だ外宇宙の存在との本格的な交流が存在しない、言ってみれば未開拓の惑星だ。独自の文化、文明を築き上げてはいるし、科学もそれなりに発展してはいるが、少なくとも彼ら―地球人が『グレイタイプ』と称する青白い異形の人間、彼ら程ではない。
そして、そんなグレイタイプの一人が今、そんな地球の成層圏を、愛用している円盤型宇宙船、俗に言うUFOでかっ飛ばしていた。そして、そんな典型的な空飛ぶ円盤を、黒塗りの戦闘機めいた二つの何かが追従する。
「…!」
グレイの、青白く毛の一切生えていない顔の三分の一はあろうかという、真っ黒なアーモンドの如き瞳が、更に見開かれる。
彼―明確な性別は存在しないが念の為こう表記する―を追う漆黒の宇宙戦闘機から、レーザーが照射される。間違いない。こちらを撃ち落とす気だ。かつて同胞をロズウェルに落とした時と同じように。
確かに、自分はこの星で秘密裏にキャトルミューティレーションを行っていた。地球の家畜系原生生物が食用に転用できるかを調査する名目で、だ。だが、回収作業を行っていた際に、誤ってこの星の人間を回収してしまっただけで、地球のMIBが動く事になるとは思いもしなかった。
MIB。通称、黒服。統一性のない地球人類の中にあって、世界に跨る国境を越えて結集した、他の惑星の知的生命と唯一表立って―と言っても、地球ではいつもこそこそしているのだが―交流する事ができる組織。
主な任務は、外宇宙からやってきた知生体や、彼らが連れてきた外来種の野生生物を秘密裏に保護、最悪処理し、目撃した他の地球人類に対し記憶改竄を行うという、グレイ等からすれば実に陰険極まりない組織だ。地球の秩序を守る、という大義名分を掲げているが、実のところ他の知生体との本格的な交流をするつもりは無く、自分達だけで技術などを独占する気ではないだろうか、などと睨んでいる宇宙人は大勢いたりする。
あの黒い宇宙戦闘機だってそうだ。使われている技術こそ彼らグレイに連なる星の物ではないが、かつてこの星に不時着してしまい、その時に接収されたのが、たまたま別の惑星との戦争の真っ只中にあった宇宙でも屈指の軍事惑星の保有する高性能宇宙戦闘機であった為に、その技術を密かに解析して造り上げたのが、あの忌々しい黒の機体だ。正直、グレイ自身も逃げられるかどうかを問われると、「ギリギリ」としか答えようがない。
「…!!!」
なんてモノをパクリやがったんだあの【自主規制】め、などと考えつつ、グレイは如何にしてこの状況から脱するかを並行して思考する。同時に二つの事を思考する事など、彼らのような宇宙人の中でも知性に優れた存在にとっては容易い事だ。
だが、結局導き出される答えは一つ、「現状では逃走不可能」。遠距離航行においては彼の駆るUFOの方が優れているが、今の距離感で言えば、あちらの方が性能で優っている。光速ワープを敢行しようとしたが最後、到着時の座標調整の為に行われる自動操縦モードに入った結果、撃ち落とされてしまうのが目に見えている。
とどのつまり、彼は詰んでいた。
「…!」
と、そんな時。彼の脳裏に妙案が浮かぶ。それは、ここ最近地球で頻発する、時空間及び次元の歪み、それと光速ワープを組み合わせる事で、より短時間で逃走を図ろうという、一見すれば賭けにも近い発想。
だが、彼には勝算があった。丁度日本に立ち寄っていた際、彼の船のマザーコンピューターが、たまたま地球上に奇妙な次元振動を感知していたのだ。そしてその振動は、これまた都合よく今いる成層圏まで届いている。
その振動は、おおよそ今の地球人には感知できないレベルの、微細だが巨大な振動。矛盾しているようにしか見えない字面だが、グレイ達高度な科学力を誇る宇宙人の感覚でこの次元振動を地球人向けに説明するとそのようになってしまうのだ。
この振動と同調する事で、あくまでも理論上では亜空間に突入し、そこに退避する事が可能、のはずなのだ。
「!!! !!!」
地球のどの言語にも当てはまらない言語を口走りながら、コクピット内の装置をガチャガチャと弄る。その手つきには、一切の迷いが無い。そして、彼の発声に呼応するように、船のコンピューターが何やら作業を開始する。音声認識が働いているのだ。
すると、船から、ゴウン、と重々しい音がなる。
『!%$%!』
『%!&”%!』
MIBの追手も、船に備えられた集音機能でその音を捉えたらしく、グレイが何かをしようとしているのかに気付いたようだ。グレイと同じ言語で静止を呼びかけ出すが、グレイからすれば酷い訛りで、とても聞いていられない。通信装置を切ると、脱走の為にあらゆる作業を並列して行いだす。
相変わらずMIB側からの攻撃は止まないが、それを並列思考で行っている操縦により、紙一重といったところで回避し続ける。
「…!!!」
と、そこでコンピューターが、全作業の完了をグレイに告げる。
この時ばかりは、あまり感情を表情に乗せて表すタチではないグレイも、ニンマリと邪悪な笑みを浮かべる。
あとは、光速ワープを行う為のワープドライブをフル稼働させ、同時に船そのものの振動数をあの次元振動に同調させ、今回回収した家畜候補と一緒におさらばするだけだ。
「Nya-HAHAHA!!!」
こみ上げてくる笑いがついには止められなくなり、グレイの口から悪役もかくやという高笑いが飛び出す。
その時!MIBの宇宙戦闘機から放たれたレーザーのうち一条が、グレイのUFOの下部を掠めた!
「!!??!?!」
瞬間、船内に異常を知らせるアラートが鳴り響く。今のレーザーが掠めたのは…あろうことか、ワープドライブそのものであった。このUFOの装甲、耐熱性はそれなりにはあるはずなのが、それを地球製のレーザーの威力が上回ってしまったらしい。
「Je-saus!!!!!」
地球で聞きかじった罵声のスラングらしいそれを、どこか違う発音で叫ぶ。
だが、一体如何なる偶然か、それとも必然か。機能停止するかと思われたワープドライブは逆に活性化、それどころか暴走を始めた。その結果、彼の乗るUFOは光に包まれ―
「…で、こちらに来てしまわれたのですね」
『理解できたんかいなキミ』
「いえ、正直、よく分からない言葉が多すぎて…」
そして現在。彼は地球とは似てるようでまた異なる、未開の惑星に不時着してしまっていた。
なんでも、『召喚術』と呼ばれる、時空間どころか次元の壁すらも無視した片道切符の瞬間移動技術を行使したところ、今自分達がいる西洋的な城の天井を突き破り、UFOが墜落してしまったらしい。詳しい事は分からないが、地球の存在する太陽系のどこかの惑星ではない事だけは確かだ。
そして今、グレイはこの星に住まう原住民と、墜落して修理困難な状況に陥ったUFOを背に対話を行っていた。
『せやからな。この俺様のスペースシップがあんのアホゥ共のせいで故障を起こして、そん時に光速空間超移動装置が暴走起こしてな。で、丁度おたくがショウカン?とかわけのわからん事やっとってやな』
「え、ええと…?」
「貴様、姫様を困らせるのも大概に…」
律儀に説明しようとすれば、途端にこれである。せっかく翻訳機をこの星の原住民に合わせて調整したというのに、通じなければ意味がない。どうやらこの星、というよりこの地域を治めている階級の存在らしい女は理解しようと努力をしているらしいが、どうにもオツムが足りないらしい(もっとも、グレイの視点から見ての比較なので、正直アテにはできないだろう)。そうしてその『頼りない女』がそんな反応をすれば、「なんなのだその口調は…」と、傍に控える『従僕の女』が、何やら厳しい目つきでグレイを見てくる。
ちなみにそのどちらも、どういうわけか地球のヨーロッパに住まう人種、つまり欧米人だかに似ている。
「おやめなさい」
「…!ですが!」
「勇者様は、我々の考えの遠く及ばない領域の方。この宙船が、それを示しています。なら、私達に合わせろ、などというわがままを言うものではないでしょう?」
「…はい」
そして、こうして『従僕の女』が激昂しかければ、『頼りない女』がそれを諫める。その繰り返しだ。正直、グレイはうんざりしていた。この世界は、地球で例えるなら未だに天動説が信じられていた時代のヨーロッパだ。そもそも宇宙という概念すら理解できていないし、ある事すら信じていない。恐らくだが、彼女らの中では、未だに世界には果てがあると思っているのだろう。
最悪、洗脳装置を使って無理矢理価値観を書き換えるという手も取れるが、正直リスクの事を考えると下手な事はできない。装置を使ったら情報量に耐えられなくなって脳が破裂しました、などとなってしまっては洒落にならない。
『…で、キミらの要望、ええと、なんやったっけ?』
「え、あ、はい。今まさに私達の王国に攻めいらんとしている、魔王を名乗る者とその配下の魔の手より、この国を救ってほしいのですが…」
「召喚の呼び出しに応えたのだから、当然引き受けてくれるのだろうな?」
『だから知らんゆーてんねん。お分かり?ああ、わからんよな。知能低そうやし』
「貴様ァ!」
グレイもグレイで、その知能指数の高さ故なのか、如何せん他者を見下すきらいがあるらしく、しなくてもいいのに煽りで返す。
それからしばらくして、なんとか『頼りない女』が賢明に説得したのが功を奏し、グレイは魔王退治に向かう事になった、のだが…
「おい、なんだこの…よくわからん金属の物体は?」
『おーおー、よう引っ張り出してきてくれたな。それね、人体改造マッスィーン』
「じ、人体、改造…!?」
試しに、丁度その辺で見回りをしていた兵士らしい恰好をした男を捕まえてマシンに放り込んでみたところ、男は左半身が機械となって出てきた。本来なら全身くまなく改造されるはずなのだが、墜落したショックでイカレてしまったらしい。だが、腕に自信のある『騎士』とかいう重武装の兵士と戦わせてみたところ、圧倒的戦力差で叩きのめしてしまった為、これでも十分だろう。魔王が一体如何なる存在かは不明だが、少なくとも全く対応できない、という事もないだろう。
後は、船から武装やら何やらを引っ張り出さねばなるまい。グレイはそう思い、UFOに積み込んでいた原子分解銃やら吸引補充式物体高速射出装置、通称『バキュームガン』を取りに戻った。
その後、この星の原生生物が大して脅威にはならない事を知り、わざわざ労力を消費してまで武器を持ってきたのを少しばかり後悔した。そも、原子分解銃などという名前からしてトンデモな超兵器を持ち込んだ時点で、大抵の生命体は対抗できないだろうが。
更なる改造を施した元兵士だったものに持ってきた荷物を持たせ、その元兵士が叩きのめした後に改造を施した騎士に自分を運ばせ、グレイは悠々と魔王の元に向かっていた。
時々凶暴な原生生物に遭遇する事もあったが、
「ウォーーー!!!オデハムデキダァー!!!」
と、このように頭のネジが飛んでしまったらしい元兵士が次々と蹴散らしてしまう為、そこまで苦難の道のりは無かった事を、ここに追記しておく。
そんなこんだでようやく辿り着いた、原住民達の呼ぶところの魔王城。
『ワッダ…?』
その外見は、なんとも醜悪極まりない、禍々しいものだった。が、見たところタレットや監視カメラのような防衛機構は備えられていないらしい。実に危機感のない事この上ない。一体この城を作った奴はどんなセンスで作ったんだと、グレイは顔をしかめる。無論、原住民達からすれば恐ろしい事この上ないのだが。
「デ、ドウスンディスカァ、タイショー?」
「此処矢張突撃」
『…なんでこんな聞き取りづらいんやこいつら…』
やったのは自分だが、悲しいかな、グレイは自分の悪事を認めたくないタイプだった。
『ま、ええわ。プランはもう考えてあるし…ヘッヘッヘ』
そう言うと、グレイは再びあの邪悪な笑みを浮かべながら、元兵士に持たせていた荷物からある物を取り出し、それを天高くに向けた。
一方その頃、件の魔王城。
「魔王様。ニンゲンどもが遣わした異邦の勇者らしい連中が、城の前まで来ておりますが、如何いたしましょう」
「魔王様!ここは吾輩が出迎えるべきではないかと!奴ら中々やり手のようですしなぁ!ガハハ!」
「ええい!貴様という奴は!少しは物を考えてからだな…」
「そういうお前さんは、少しは体を動かすべきではないか?」
あからさまに人類とはかけ離れた外見の異形達が三人、玉座の間らしき空間に佇んでいる。その内、インテリめいてやせ細った異形と、それとは正反対に屈強で、脳までも筋肉でできていそうな異形が何かを言い争っている。
「よさないかお前達」
そして、そんな二人を、玉座に座る、一際濃い邪悪な気配を漂わせる異形が諫める。恐らく、物々しい鎧を纏った彼が魔王なのだろう。彼が一声発した瞬間、「申し訳ございません」と、二人の異形は深々と頭を垂れた。
「しかし、そうだな…客には歓迎が必要だ。そうであろう?」
「然り」
「然りィ!」
それに伴い、どこからともなくゲラゲラという笑い声が多数聞こえてくる。そして、玉座の天井の闇の中に、何対ものの眼光が光る。これら全てが、魔王の配下なのだろう。
「…では、早速おもてなしを…ッ!」
その時、魔王は雷に打たれたかのように、天井を見上げる。そこには相変わらず、魔王の配下達がこちらを見ているが、彼にはその向こう側―つまり天から、何かの気配を感じていた。
「これは…」
そう呟いた瞬間、闇が光に転じた。
「ヒェーッ!ハデニボンバァ!」
「天空炎来」
煌々と燃え上がる魔王城。その真上からは、絶えず炎の塊―隕石が落ちてくる。
それは、グレイが使った装置―『指向性重力装置』によるものだ。偶然を装った隕石落下を演出する為に使われる事が多いこの装置は、実際攻撃にも転用できる危険な代物だ。
『これは流石に終わったやろ…えぇ?ホンマに』
自信満々に指向性重力装置を体の横に立てながら、グレイは自信満々にそう呟く。現に、魔王城は次々と謎の爆発を起こし、今にも崩れ落ちてしまいそうだ。というか、既に一部が崩れてしまっている。先程までの威圧感も形無しである。
と、その時。
「…随分と、派手な『贈り物』じゃないか。なぁ?」
『…は?』
燃える城の城門、その内側の炎の中から、一人の影が出てくる。グレイも流石の出来事に、思わずあんぐりと口を開け、間抜けな表情を見せる。
炎の向こうから出てきた、威厳溢れる鎧の異形。魔王だ。
今まで邪悪さと高貴さの両方を示していたその黒い鎧は、今では見る影もない程にボロボロになっていたが、それでもその身に纏わせる邪悪な気配は留まるところを知らない。それどころか、更に強くなっている気すらしてくる。
「よくも…よくも配下全てを滅ぼしてくれたものだ。では、貴様には褒美として…死をくれてやるとしよう」
「アイツゥ、ヤルキギンギンマンマン!」
「即座対応迎撃必須」
言われなくとも分かる、とは言わない。グレイは確かに知能には優れているが、その反面、肉体を行使する事に関しては不得手であった。
まさか、あんなのとドンパチしろと?冗談だろ?今の状況ではそう思わざるを得ない。
「フン、まとめて片付けてやろうぞ、異界より来たりし勇者どもめ…来るがいい」
あれ、もしかして逃げられない?
流石に頭の中が真っ白になってしまっていたグレイも、それだけは理解できたらしい。ごくり、と生唾を飲み込むと、覚悟を決め、しかし手を震わせたまま、原子分解銃を手に取る。
今、この星の命運を分けた決戦が始まる―!!!
なお、余談ではあるが結局魔王は原子分解銃の直撃で、「グワアァァァ!!!そんな、この、魔王がぁぁぁぁ!!!」と断末魔を上げる間もなく灰燼に帰してしまった。
あと、グレイはその後彼を英雄として祀り上げたこの国、ひいては星を彼ら宇宙人の実験場にしようとか考えていたが、結局彼らを追ってきたMIBのエージェントによりお縄につく事になり、宇宙警察に引き渡されたんだそうな。
おしまい。