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悪魔的物量の課題は耐えられない

18歳の少年である僕の名前は時雨 咲楽(しぐれ さくら)。女の子のような名前だと思った人は枝垂柳の足元には気をつけたほうがいい。長髪を振り乱し爪を鋭利に磨いた僕に顔を掻き毟られても文句は言えない。


しかしそうもやってられない。僕は忙しいんだ。どれくらいかと言われると、とってもだ。

ナポレオンだろうがオバマだろうが日本の外交官だろうが漫画家だろうが営業部だろうが裸足で逃げ出す忙しさ。

忙しさここに極めり、だ。

それはなぜか、真実はとても単純だ。受け入れがたいけれど。受け入れたくはないけれど、よりにもよって、高校三年の大事な時期に、平凡凡庸NOTボンボンの凡々なこの僕が、例年通り欠点者課題を貰ってしまったのだ。


ここで説明しておこう、欠点者課題とは通常の夏休みの宿題に加えて成績の悪い人に対するボーナス課題のことだ。

通常ならおまけ程度の量しか出ないのだけれど成績が悪いともう取り返しのつかない高校三年生に向けられた欠点者課題は、これまでの二年間のそれらを合わせても蹂躙しうるほどの量と、殺傷性を秘めていた。


この夏、僕の手首は確実に死ぬ。

もちろん用意周到な僕は8月の終盤に行きつけの整形外科を予約しておいた。


予約して腹を括るのはいいが、どうにも宿題に手を付ける気にならない。あの量は見るだけで大脳新皮質に深刻なダメージを負う。

しかしこんなに嘆いても宿題は減らないのも、理解されないのは知ってる。知ってる僕はその量をメモしておいた。

理解だけはせめてされたい。

ではどのくらいの量かというと、


・漢字練習ドリル10冊分。

・計算ドリル15冊分。

・高校1年から高校三年夏休み前までのテストを50回書き写す。

・読書感想文作文用紙200枚分。

・美術館に100回行く。

・油絵で絵日記。

・アサガオ100本の栽培に成功。



これに加えて夏休みの宿題だ。理解出来ただろうか。大脳新皮質にきちんとダメージは通っただろうか。

僕はこのメモを読むだけでキた。


正直、今日である7/24から始めても時間を操作しないと無理な気がする。先生はどんな思いでこんな量を提示したんだろう。三年連続超低空飛行を続けてきた僕が悪いのだろうか。


思わず家を抜け出した僕はなんとなく寄った公園のベンチに腰を掛けて空を仰ぐ。


「センチメンタルブルーだー。」


もちろん僕の心のことだ、空は……。


「スカイブルーだろう。青年。」


少し酒やけの気味があるおじさんの声が聞こえる。

おじさんに知り合いなんていないがそんなことは知らない、無礼だろうが訂正してやる。


「僕はまだ少年です。高校卒業までは少年なんです。」


空に向けていた視線をおじさんの方に顔を向け様子を伺う。

声とは裏腹に見た目は若々しかった。

褐色の肌にグラサン、真昼間というのに革ジャンを着ている。

ちょっと強面だが怒ってはいない、むしろその口角は可笑しそうに上がっていた。


「悪い悪い。」


外見を見た後だと声も若く感じる。30くらいか、40はいっていないだろう。

だが歳は関係ない、僕は忙しい。早々にご退場願いたい。


「なにか用ですか?僕は……。」


「センチメンタルブルーなんだろう?しかしそれにしては楽しそうじゃないか。」


言葉と共に隣に座ってくるおじさんを横目にみる。まるで人の心を読んでるように言葉を先取るのが気持ち悪い。

帰りたがっている他人の隣に座る神経が気持ち悪い。

そもそも帰りたがっているのは楽しそうに見えるのか、その価値観も気持ち悪い。


「楽しくなんかないですよ。これから地獄が待ってるんですから。」


「地獄、おおかた受験か宿題だろう。」


サングラスを片手で鼻頭まで下ろしおじさんが視線を合わせてくる。細い目だが眼力がある。思わずたじろいでしまった。


「そうですよ、そうだとなにか悪いんですか。」


頭の中を覗かれてるような、全てを知られているような感覚が気持ち悪い。なのにその瞳に穿たれると不思議と席を立てない。魔眼、そんな言葉が頭をよぎる。


「いや、悪くはないよ。ただ手伝ってあげようかなと思ってね。ほら、この歳になると夏休みの宿題なんてしないからさ。」


僕は夏休みの宿題が憂鬱と言った覚えはなかった。僕の疑問を投げつけようと口を開く前に、それを阻止するようにおじさんが口を開く。


「でもタダじゃあ怖いだろう。だから俺の手伝いをして欲しい。俺が君の手伝いをし、君が俺の手伝いをする。俺の手伝いはとてもちょっとしたことさ。君はちょっと俺の手伝いをするだけで膨大な量の宿題をどうにかできるんだ、悪くないだろう?」


僕に口を挟ませない為に、言葉の区切りを僕が息を吐き終えた時に持ってきている。

そしてやけに強調される”手伝い”という言葉。あえてこの言葉を使うことでハードルを下げていると明らかにわかる。明らかに罠だ。だが……。


「わかりました、受けます。」


二つ返事だ。必ず死ぬのと、死ぬ確率が半々ならば僕は後者を選ぶ。誰だってそうだろう。誰だってそうだ。気持ち悪いのとか知るか。僕はあの宿題を消しされるならば悪魔に魂を売るだろう。これが証明だ。


彼は口角をあげにこにことしながら自分のバイクの座席から予備のヘルメットを取り出す。

フルフェイスメットの顔のところが開閉するシステムタイプというヘルメットだ。

色は黒で地味とも言えるし、渋いとも言い得るだろう。それを僕の方に投げてきた。


「咲楽くん、俺の名前は飯田だ。これから一夏よろしく。」


僕は彼に名前を教えた覚えはなかった。彼は、飯田は、本当に悪魔かもしれない。





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