二人の世界
「ユリウス様、間もなくレントの町に着きますが、いかがなさいますか?」
時間は間もなく日没。
ゴーデルク王都で旅支度を整えた後、ロイスダルク王国との国境付近まで転移し、そこからロイスダルク王都のロドへと向かった。
国境の関門はさっくりと転移でスキップさせてもらった。
転移先は目の前に見えてたからね、関所抜けは簡単だったよ。
一々手続きをしてたら足がつくしな。
それからは馬車に乗って、ひたすらロドに向かっている。
馬車はどうしたかって?
もちろんアイテムボックスから出したに決まっている。
馬車を引く馬は餌要らずのゴーレムだ。
アイテムボックスの中に生き物が入れられないことは無いと思うが、試したことはないし、何より餌の問題がだな。
アイテムボックスは容量無限とはいえ、餌を用意するのが面倒だった。
それなら最初から餌が要らない馬を用意すればいい。
幸いこの世界の土魔法にはゴーレム作成の魔法があったから、それを利用して馬代わりにしている。
馬ゴーレムは割りと一般的で、使っていたとしても目立たないのも良い。
国境からのんびりと馬車に揺られて移動していた訳だが、そろそろレントの町に着くらしい。
レントの町と言うのは関所から最も近い町で、それなりの大きさがある町だ。
関所を抜ける者は必ず通る町なので、宿屋はあるだろうが、今はまだ寄らない方が良い気がする。
関所抜けをした理由と同じだ。
足がつかないよう、しばらくは町や村には寄らない方が良いだろう。
「町には入らずに、今日は野営にしようか」
「かしこまりました」
御者台にカシアと二人、マグカップに入れられた紅茶をすすりながら、のんびりと旅路を行く。
馬を御するのも、紅茶を入れてくれたのもカシアだ。
侍女なので紅茶を入れるのはともかく、馬を御したり、他にも色々と、おおよそ侍女の仕事ではないようなことまで、こなすことができる。
一体どこで覚えてきたのか、よく分からないことまでできるから不思議だ。
まぁ、俺自身、彼女に話していないこともあるので、その辺りの突っ込んだ質問を彼女にすることは無い。
知っても知らなくても、今のところ問題ないしな。
「本日はこの辺りで野営にいたしましょうか」
「そうだね」
街道から少し外れた見晴らしの良い場所に馬車を止める。
カシアに空になったマグカップを渡し、馬車の周りの地面に長さ十五センチ程度の杭を打つ。
この杭も俺特製で、認識阻害、人避けの魔法を発動させれば、杭で囲まれた範囲を誰かが認識したり、近付いたりしなくなる。
誰かと言うのは人間や、魔物も含まれる。
いや、本当、時空魔法って便利だよな。
思うところはあるけど、神様は良いおまけを付けてくれたと思う。
馬車は幌馬車なのだが、幌の内部も時空魔法で改造してある。
俺とカシア以外の人間が中を見ても、普通の馬車の内部の様にしか見えないが、俺等二人は別だ。
幌の内部には時空魔法で展開された別の空間があり、外から見た広さよりかなり広い空間だ。
なんせ、2LDK、風呂トイレ別だからな。
最初に別空間を作った時に、魔法って本当にイメージが大事なんだなって痛感したわ。
最初に作った空間はだだっ広い真っ白な空間で、神様と会った場所を彷彿とさせた。
空間の広さに比例して持っていかれる魔力も相当なもので、その後ぶっ倒れたのは懐かしい思い出だ。
次に作ったのが、この2LDKで、内装は前世のイメージの物だ。
うん、魔法すごいよ、イメージすれば別空間にウォシュレット付きのトイレまで再現できたからな。
今世の世界観は中世ヨーロッパ風なので、カシアに最初に見せた時は固まってたな。
今ではすっかり慣れ親しんでいるが。
彼女のお気に入りはシステムキッチンで、食洗機やらオーブンやらを説明したら、ものすごく目を輝かせてた。
今もおそらくキッチンで今晩の夕飯を作っているんだろう。
何でわかるかって?
現在進行形で俺の魔力がごりごり削られてるからな。
どうも、この別空間での電気やら水道やらに相当するエネルギーが俺の魔力らしい。
魔力は寝れば回復するので、問題ないっちゃないんだが。
ちなみに、この別空間で食べ物は再現できなかった。
ウォシュレット付きトイレが再現できて、食べ物が再現できない理由は良く分からないが、俺のイメージ力がまだまだ未熟なせいかもしれない。
とりあえず、杭も打ち終わったし、中に入るか。
「ただいまー」
「おかえりなさいませ」
「今晩は何?」
「ハンバーグでございます」
カシアの後ろから手元を覗き込むとハンバーグを捏ねているところだった。
やった!俺の好物!
さすがカシア、よく分かってる。
牛肉のハンバーグは至高だが、今使っているのは多分魔物の肉だ。
この世界、牛は貴重なんだよ。
その代わり、見た目はともかく味は良い魔物が多いので、そちらを使うことが多い。
カシアの邪魔にならないように、冷蔵庫から水の入ったピッチャーを取り出して、リビングに移動する。
冷えた水を飲みながら本を読んでいると、目の前に出来上がったハンバーグやスープが置かれる。
カシアが席に着いたところで本を読むのを止め、夕飯を食べることにした。
「明日からのご予定はどうされるおつもりですか?」
「とりあえずロドに向かって、しばらくは今日みたいな感じで町には寄らずに野営かな」
「かしこまりました」
「ロドに着いたら、冒険者にでもなろうかな」
「冒険者でございますか?」
「うん。そう珍しい職業でもないだろ?」
「はい。しかし、また何故冒険者に?」
「んー、このまま何もしなくても当分暮らしていけるとは思うんだけどね」
夕飯を食べながら、カシアと今後の予定を確認する。
ロドの町についた後は、せっかくなので暫くは滞在したいと考えている。
宿屋に泊まったとしても、当分の間困らない程度のお金は持っている。
ただ、日がな一日、町をふらふらとしていれば、それはそれで周りから要らぬ詮索を受けそうだ。
その金はどうしたんだとか、いつ働いてるのかとか。
そう考えていることを、カシアに話す。
「冒険者にでもなって、三日に一度くらい簡単な依頼を受けていれば、無用な詮索を避けれるかなと思って」
「三日に一度程度の依頼料では生活していくのは難しいかと存じます」
「あれ?そうなの?」
「冒険者になったとて、最初は低ランクの依頼しか受けられませんので、依頼料も低いかと」
「あー、そうか。じゃあ、面倒だけど暫くは真面目に依頼を受けて、中ランクの依頼が受けられる様に励むかな」
「高ランクの依頼はお受けにならないので?」
「そんなの受けたら目立つからね。受けないよ。危なそうだし」
そんな感じでカシアと話をしていたら、目の前のハンバーグはあっという間に無くなった。
夕飯を終え、諸々片付け終わったら、寝るのに良い時間になっていた。
今日は色々とあって疲れたし、少し早いが寝ることにした。