善は急げ
「ユリウス様!?」
「ただいま、カシア」
「おかえりなさいませ。随分とお早いお戻りですが……」
うん、そうだね。
リズターシャに呼ばれたお茶会に出かけたのは三十分前だし。
出かけていって即戻ってきた俺を出迎えたのは、俺の侍女であるカシアだった。
ちなみに、ここはパンゲロニカ帝国。
明日行われる毎年恒例のリズターシャの誕生日を祝う舞踏会に呼ばれていたために、数日前より兄弟揃って帝国に来ていた。
本来であれば王位継承権を持つ二人共が外国にいるのはまずいのだけれど、リズターシャの希望だから仕方がない。
いつもは俺一人だけ参加してたんだけどな。
今年は二人揃って来いとのお達しだったもので。
恐らく婚約破棄と新たな婚約発表のためなんだろうな。
まぁ、乙女ゲーよろしく、舞踏会の観衆の面前で婚約破棄を告げられなかったのは幸いだ。
あー、一応、皇帝陛下が止めてくれたのかな。
今日呼ばれたお茶会も急拵えな感じだったし。
舞踏会の前に婚約を破棄することを告げる場を設けたのだろう。
一般的に男が貴婦人のお茶会に呼ばれることはないからな。
そんな所に弟共々呼ばれたところで、何かあるって気付けよ俺。
いや、無理か。
「色々とあってね」
「色々とですか……?」
「うん、ちょっと婚約を破棄されちゃってさ」
「っ!?」
「俺の後釜はルシオらしいよ」
「…………」
カシアに返事をしながら、急いで荷物をまとめる。
とは言っても、荷物を詰めるのは旅行鞄ではない。
世界でただ一つ、時間と空間を操る時空魔法で構築された容量無限のアイテムボックス。
なんで世界に一つなのかって?
そりゃあ、時空魔法を使えるのは世界でただ一人、俺だけだからだよ。
何だかよく分からないけど、ある日突然、気付いたら真っ白な空間にいて、そこには神様がいたのさ。
本当に神様かどうかは知らない。
本人がそうだと言っていただけだけど、確かめようも無いから、もう神様でいいやって感じだ。
いい加減過ぎる?
いや、だって、どうやって目の前の奴が神様かどうか確かめるのさ。
方法を考えるのも面倒だ。
それで神様の言ったことを要約すると、うっかり間違えて殺しちゃった、お詫びに色々おまけを付けてあげるから次の人生頑張ってね、ってことだった。
ひどくふざけた話だが、反論する暇も無く、この世界に転生させられた。
確かにおまけは色々と付いていた。
前世では一般庶民だったが、今世では一国の王子だよ。
更に、この世界では誰も使える者がいない時空魔法を使える。
時空魔法は、どうやらこの世界の理からは外れているらしい。
だから俺以外の誰も使える人間がいないようだ。
どうしてそんなことが言えるのかって?
家庭教師に教えてもらった魔法学で定義されている属性の中に時空に関係する属性が無かったからさ。
火とか、水とかはあったんだけどな。
家庭教師が知らないだけという可能性もあるが、少なくとも今まで時空魔法を使える人間に会ったことはない。
時空魔法で構築されたアイテムも見かけたことがない。
つまり、そういうことなんだと思う。
「それで、どうして荷物をまとめていらしゃるのですか?」
「帰ろうかと思って」
「舞踏会はどうされるおつもりで?」
「やー、出ても居心地悪いだけでしょ」
だってさ、周りは皆、俺とリズターシャが婚約してたこと知ってるんだぜ?
盛大に婚約披露会したからな。
なのに、明日の舞踏会で新たな婚約者発表されてみろよ、居心地が悪いってもんじゃないと思うんだけど。
発表しないかもしれないけど、少なくとも今日のお茶会に来ていた面々は破棄されたこと知ってるからな。
噂の的、大注目を浴びること間違いない。
生憎、俺の心はそれほど頑丈に出来てはいない。
好奇な視線にさらされながら、舞踏会を乗り切るなんて無理無理。
さっきのお茶会の時だって正直いっぱいいっぱいだった。
そんな訳で、舞踏会には出ないことに決めた。
「それに、ちょっと急がないといけないんだよね」
カシアに俺の考えを説明する。
俺は婚約を破棄され、弟が次の婚約者となること。
その後、俺が死亡した場合には弟が王国を継ぐことになること。
そうなれば、王国が帝国に併合される可能性があること。
「という訳で、暗殺される可能性が高くなりそうでさ」
「…………」
「俺もみすみす殺されるつもりはないよ。だから、こうして急いでいる訳だし」
荷物をアイテムボックスに突っ込み終わり、カシアの方に向き直る。
カシアはというと、突然告げられた内容のせいか、何やら考え込んでいる。
とりあえず、カシアが再起動するまで今後のことを考える。
王国に戻ったとしても、そのままのんびりと過ごす訳にはいかないよな。
帝国にいるよりは暗殺される危険は少ないかもしれないが、ルシオが係っている以上、安全とは言い難い。
さっきのお茶会での騒動を見るに、あいつも結構な野心家だった様だし。
これ幸いと帝国の提案に乗って俺の暗殺に乗り出しかねない。
もう一つの隣国、ロイスダルク王国にでも行くかな。
うちの王国、ゴーデルク王国はパンゲロニカ帝国の他にロイスダルク王国と魔族領に接している。
魔族領というのは読んで字の如く、魔族が治める土地だ。
俺たち人間と魔族は長い間対立しているため、魔族領に行くという選択肢は無い。
そうなると選択肢は一つしか残らない。
この後はゴーデルク王国に転移して、旅に出る準備をしよう。
今いる帝国の都からゴーデルク王国の都までは普通に移動すると約一ヶ月かかるが、転移であれば一瞬だ。
転移も時空魔法の一つで、俺以外に使っている人間を見たことは無い。
俺が帝都からいなくなったことに気付かれても、少しは時間が稼げるだろう。
ロイスダルク王国には行ったことがないが、ロイスダルク王国との国境付近には行ったことがあるから、そこに転移すればいいだろう。
そう、転移はとっても便利だけど、行ったことがある場所にしか転移できないんだよな。
魔法を使う時はイメージが大事らしく、転移する時にも転移先の場所を思い浮かべる必要がある。
前世の時のようにカメラがあれば写真を見るだけで行ったことが無い場所にも飛べるのかもしれないが、今世ではカメラなどという便利なものは無い。
絵画に描かれた町を見ればいいのかもしれないが、そんな不安定なイメージで転移して、変なところに飛んだ日には目も当てられないので、やる勇気は無い。
閑話休題。
ロイスダルク王国も帝国ほどではないが、うちの国よりは大きな国で、海に面していることもあり交易が盛んな国だ。
そのせいかロイスダルク王国には様々な種族がいるらしく、俺の様な逃亡者が紛れ込むにはうってつけだったりする。
木を隠すなら森の中って奴だな。
ロイスダルク王都に向かいつつ、王都に着いて以降のことは追々考えればいいかな。
そうと決まれば、善は急げだ。
「俺は戻るけど、カシアはどうする?」
「私も戻ります」
「じゃあ、カシアの荷物も入れるから、持ってきて」
「かしこまりました」
カシアに声をかけると、丁度考えがまとまったらしく、再起動した。
うん、安定の忠誠度だ。
一応、一緒に戻るか聞いたけど、彼女なら確実に来てくれると思っていた。
来ないって言われたら、逆に色々と困る。
カシアは俺が信頼を置く数少ない人間の一人で、俺の時空魔法を知っている数少ない人間の一人でもある。
俺の身の回りの世話以外にも色々と役に立ってくれる優秀な人材だ。
彼女がいるといないとでは、今後の旅の環境は天と地ほども変わるだろう。
「カシア、行くよ」
「はい」
カシアの荷物をアイテムボックスに入れた後、俺はカシアの手を取りゴーデルク王国へと転移した。