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蜜蜂男爵の館 2  作者: カキヒト・シラズ


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3/13

ハートQ/エスパーコップ

 目をつぶる。

 耳を澄ませる。

 体が熱く火照ってくる。複数の悲鳴。そして・・・・視界全体を覆う赤い色。

 赤い色は形を自由に変え続け、一つの形に留まらない。

 この赤い色は何なの?

 三枝里香(さえぐさりか)は精神を集中して、赤い色の実体を見極めようとする。


「赤い炎・・・・」里香がつぶやく。「炎が見えるわ」

「炎ですか」田沼信介(たぬましんすけ)が言う。「他に何か見えませんか」

「男が・・・・銃を向けてるわ」

 里香は黒焦げの布を持ったまま突然立ち上がり、言葉にならない獣のような大声を発すると、机に倒れ伏して嗚咽する。

 こぶしで机を叩き、「こんなの卑怯よ。こんなのインチキだわ」と何度も繰り返し叫び続ける。

 いつものことだが田沼は途方に暮れた。そのうちに里香がおとなしくなる。

 グレーの地味なワンピース。長い髪。銀縁の眼鏡。

 よく見ると美人ではあるが、青白い肌で痩せた全身は、あまり健康そうに見えない。

「三枝さん、大丈夫ですか」

 田沼は里香の背中を軽くさする。

「もう大丈夫」里香が顔を起こす。「もう落ち着いたわ」

「何が見えましたか」

「地獄・・・・地獄が見えたの」

 パーティションで区切られただけの小会議室は殺風景で、ほとんど取調室と同じだった。

 机を挟んで里香と向かい合うように、田沼が座っている。部屋の隅では折りたたみ椅子に腰かけた公安部の橋本が二人の様子を窺っている。

 刑事部捜査一課に所属する田沼にとり、公安部は天敵だった。少なくとも田沼は警部に昇進する前からそう思っていた。

 恰幅のいい中年の自分に対し、痩せぎすの橋本は大学を出て数年しか経っていない青二才だ。三十歳前後の里香より若造に違いない。

 だが公安部ならエリートコースだ。いずれこの青二才が自分の上司になる。いや、今でもすでに実質的に上司かもしれない。刑事部と公安部が共同で操作する場合、通常は刑事部が公安部の指揮下に入る。

「新幹線焼身自殺事件だけど」里香が言う。「真相はマスコミの説明と全然違うわ。あれは政府主導のいわゆる自作自演テロね」

 すると橋本が慌ててどこかへスマホをかける。

「駅での警備体制を強化する口実や、新幹線の安全神話をわざと壊して、リニアモーターカー開発へ世論を誘導することが、今回の自作自演テロの目的なんじゃないかしら。

 マスコミがたまたま居合わせて現場を撮影したことになっているけど、彼らもシナリオ通りの嘘を報道する共犯者ね。

 スタントマンが火をつけるパフォーマンスをして一号車の乗客を避難させた後、四人の工作員だけが一号車に残った。そして、すでに殺してある老人の死体とすり替え、焼身自殺の犯人に仕立てた。

 ところが一号車と二号車の通路にいて、工作の現場を目撃していまった女性がいた。彼女は工作員に見つかり、射殺された。マスメディアでは心肺停止と表現されてるけど、本当は銃で撃たれたのよ。

 トイレ付近に爆発音があったとテレビでは報道されたけど、あれは銃声。

 ただ彼女が来ていたカーディガンだけは、後からライターで火をつけて燃やしたみたい。射殺の証拠隠滅が目的ね。その残骸がこれ」

 里香は黒こげの布を田沼に就きつけた。


 迷宮入りになりかけた難解な事件を解決するために、警察では五年前から、秘密裡に民間から超能力を持った人間を集め、捜査協力を要請していた。

 第三種特殊能力捜査員――略称、エスパーコップ。それが彼らの名称だった。

 現在、十数名ほど登録者がいる。里香はその中で最高のエスパーコップだった。

 警察内部でも警視以上と関係部署を除けば、エスパーコップ自体の存在を知らされていなかった。


「警部」橋本が言う。「ちょっといいですか」

 橋本は田沼の手を強引に引いて、小会議室を出る。

「警視庁長官からの命令です。三枝里香を即刻、射殺せよ、とのことです」

「どういうことだ。新幹線焼身自殺事件を始めから捜査し直さなきゃいけないときに・・・・」

「新幹線の件は忘れてください。警部の管轄じゃないでしょう」

「なぜ三枝里香を殺さなきゃならないんだ」

「秘密を知り過ぎたからです。警部が出来ないなら私がやります」

 橋本はホルスターから拳銃を取り出すと、小会議室に飛び込み、後ろ手にドアを閉める。

「待て、橋本!」

 だが銃声がその声をかき消した。

 田沼は頭を殴られた思いだった。

 殺したのか。彼女は死んだのか。

 どうしてこんなことになったんだ。

 田沼はがっくりとこうべを垂れる。

 これまで自分は里香と二人三脚で様々な難事件を解決してきた。彼女なしでは、自分を含め新宿署刑事部全体の操作能力が大きく低下してしまう。

 窓を浸透する午後の日差しが、いらだたしいほどまぶしかった。

 不意に田沼のスマホが鳴り響く。

 スマホを耳に当てると、里香の声が聞こえてくる。

「今、名古屋よ」

「えっ?」

「久しぶりに長距離のテレポーテーションやってみたわ」

「無事なんですか」

「あたしは無事。それよりあなたこそ気をつけて」

 スマホが一方的に切られる。

 田沼は小会議室のドアを開ける。

 里香の姿はなかった。

 かわりに机に横たわった橋本の死体があった。

 口に銃を加え、発射したのだ。

 床はおびただしい量の血で汚れていた。

                                        (完)


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