母と私の交換日記
「次の話、書いた?」
「……書いてない」
「どうして? もっと書いてよ。せっかく毎朝の楽しみにしてるんだから」
「あ〜の〜ね〜、博士論文書かなくっちゃいけないの! 4月の終わりに卒業討論があるんだからね、ってもう何度も言ったでしょっ! そんなに読むモノが欲しいなら、私の科学論文が何本もあるから、それでも読めば?!」
「そんなの読んでも分からないからつまんない」
「とにかくもうダメ、忙しい」
「じゃあ気分転換に、5日に1回くらい書いてくれる?」
「う〜ん、まぁそれくらいなら」
「でもそれじゃ、やっぱちょっとつまんないから、3日に1回?」
「う〜ん」
「3日に1回が出来るなら、2日に1回くらい大丈夫なんじゃないの?」
「だ〜か〜ら〜〜」
ここ最近毎日のように繰り返される私と母の会話である。
半年程前に気分転換にふと書いた話が母のお気に召し、続きを催促されるがままに書き殴った。先日計算してみたところ、なんと400字詰め原稿用紙2000枚を超えていた。我ながらアホかと思った。しかし母からの催促は止まらない。
「コレ、挿絵つけてよ」
「漢字が難しいからルビ振って」
「目次とかあると便利なのに」
私のPCはOSが英語版だから、日本語のWordは入ってないんだよ! ルビを振るなんてそんな高等技出来ないの! 更に話は全てEmail で送信していたが、絵を添付したりすると上手く開けない母。おまけにメールからPCのフォルダーにダウンロード等の高度な作業は出来ないから、次々と送った話はやがてメールの山に埋もれ、掘り出すのが一苦労。(母はメールの検索機能の使い方を知らない。)そしてその度に同じ話を送信しろとの命令が下される。
コレ何とかならないかね?
そこでインターネットを検索して引っ掛かったのが「なろう」のサイト。よくわからないが、タダらしいし、使い方も簡単そうだ。おお、なんとルビを振ったり挿絵を入れたりする機能まである! スゴイね〜、と感心して、早速トライしてみた。
私はブログ等をやった経験がないので他とは比べようがないのだが、しかし普段仕事で使っているソフトに比べ遥かに使い易い。説明が丁寧で親切。挿絵のアップロードも超簡単。よしよし、とご機嫌で話を幾つかアップし、リンクをメールで母に送る。
「これからはね、そのメールの中の青い文字の羅列をポチッと押したら、目次に行くからね。ルビも挿絵もついてて、簡単でしょ?」
うんうん、と喜ぶ母。しかし数日後。
「目次のところにいく為のメールどっかに失くしちゃった〜」
「……」
母に分かりやすい方法をあれやこれやと試して数日、ふと見ると『評価点』なるモノがついている。なんだこりゃ?
私がコレをやっているのを知っているのは、母と従姉妹とそして同僚のSさんだけだ。Sさんに心当たりがあるか聞いてみたが、彼は知らないと言う。マニュアルを読んでみたが、評価点って、完結した作品にしか付けられないんじゃないの? それとも評価点をつけることの出来る特殊なヒトってのがいるのだろうか? 例えば長年ユーザーをやっているとレベルアップして他人の評価を出来るようになるみたいな。よくわからん。
どうでもいいが、ひとつ気になるのは、私のユーザー名ってかなり本名に近いんですよね……。何万という作品があるサイトだから、私のモノなんてどうせ母しか読まないだろうと思って気軽にアップしてたんだけど。
まぁいいや。私などタダの一般人。誰も気にせんだろう。
試行錯誤の末、ようやく母も問題なく目次に辿り着くようになった。そして数日後。
「あのね〜、感想書いてあげたよ! 評価点ってところがあって、作者の励みになりますみたいなことが書いてあったから、励みになるように点数入れておいてあげた♡」
「え? そんなのどこにあった?」
「一番最後の話のところにあったよ。それでね、感想とか書くにはユーザー登録が必要ですって言われたから、頑張って登録したの。スゴイでしょ?」
マジですか? いつの間にやら私よりサイトを使いこなし始めた母。電話の声も非常に得意気だ。でもお母さんに点数入れてもらっても、別にヤル気とか出ないんですけど。まぁいいや。ありがとう。
「感想書いたから見て見て!」 と言われてサイトを開いてみると、レビューの欄にモロに感想が書かれていた。おまけにネット上での『ユーザー名』なるモノのコンセプトを全く理解していないユーザー名だった。
「……これさ、ユーザー名変えたら?」
「どうして?」
「だってさ、ネットで知らない人が見るかも知れないんだよ?」
「いいわよ別に、そんなムズカシイこと。やり方がわかんなくてメンドクサイし、どうせタダの一般人なんだから」 まぁそうだけど。
「あとね、コレってレビューじゃなくて、感想じゃない?」
「レビューと感想ってどう違うの?」
「感想は自分がどう思ったかみたいなことじゃないの? レビューっていうのは多分、他の読者に紹介するみたいなやつだと思うよ? ほら、よくあるじゃん、雑誌に載っている映画のレビューとかさ」
「だけど映画のレビューだって、結局は観た人の感想でしょ?」
「う〜ん、まぁそうだけど」
「そんなの違いが分からないもん、どっちでもいいんじゃない? ところでどう? ちゃんと書いてあったでしょ? 見た? 読んだ? 載ってた?」
自分の書いた文章がネットなるモノに載っていることが何やら少し嬉しいらしい母。
「うん、ちゃんと載ってるよー」 何故か句読点がひとつも付いて無いけど。まぁ時々、「丸がみつからない」とか言ってキーボードの前で悩んでいるからな。しかしコンピューターと格闘しつつ、一生懸命感想を書いている母の姿を想像するとなんだか微笑ましくてニヤニヤしてしまう。レビューってところが気になるが、まぁいいか。どうせ私と母のお遊びなのだ。せっかく母が頑張って書いたモノを消すとか、そんな心無い真似は出来ない。
「じゃあ、これから毎日感想書いてあげるね!」
「え? ありがとう。でもそんな毎日なんて書かなくていいよ」
「あらそーお?」 やや不満気な母。
「……時々書いてくれたらとってもウレシイナ」
「うん!」
「あ、あとね、書くときは『感想』って所に書いてね」 流石に10も20も『◯◯を読みました』という感想がレビューに並んでたら悪い意味で人目を引きそうだ。
かくして「なろう」サイト上で私と母の交換日記が始まった。
一応お互い澄まして感想・返信を書いたりしているが、内心はかなり爆笑だ。そして母の感想には相変わらず句読点が付いていたりいなかったり。タイピングスキルが中々安定しない。そして時々母以外に感想やお気に入り登録をして下さる方がいて、素直にすごく嬉しいけれど、でも内心ヒヤヒヤしている。エッセイもかなりアレですが、物語の方は本当に馬鹿丸出しですから。そもそも私は滅多に日本語を使う機会がない。日本語が下手なのだ。こんなことなら、もう少し気をつけて書いておけば良かった……とも思うが、しかし書き直すような時間は無い。そうですよ、私、博士論文書かなくちゃいけないんだってばっ!
ここで話はようやく振り出しに戻る。
『八百比丘尼』の続きを書け書けとせっついてくる母。彼女の元にはすでにネットに上げている分の三倍の量が渡っているのだ。しかしネットに上げていないものには挿絵がない。それが気に食わない母。そして続きを読みたがる。
考えた末、遂に私は母に尋ねた。
「あの話が最終的にどう終わるか聞きたい?」
「うん、聞きたい聞きたい!」
「アレはね、レンくん(主人公)が死んでオシマイなんだよ」
「……え?」
「だからね、先を急いで書くってことは、それだけ早くレンくんが死ぬって事なんだよ」
「そんなのヤダ!『死んだようにみえたけど、実は死んでませんでした』って話にして、続き書いて!」 どこぞの少年漫画誌の編集みたいなこと言いだす我が母。
「ダメ。もう終わりは決まってるの」
「そんな終わりなら知りたくなかった。そんなのわざわざ聞かせるとかヒドイ」
「知りたい?って聞いたら、うんって言ったじゃん!」
だって〜、でも〜、とブーブー文句を言う母。しかしその後レンくんの話の続きを要求するのはやめた。やれやれ。
やれやれ、と思ったのも束の間、今度は動物エッセイにハマりはじめた。自分の知っているヒトや動物が登場するところがツボなのだろう。しかし他人事なら笑って済ます母も、自分の登場にはしばしば文句を言う。
「こんなお上品なお母様なのに、周囲の誤解を招くようなこと書かないで!」
「でも全部身に覚えがあるでしょ? 大袈裟に書いてるわけじゃないし」
「む、そうだけど、でも本当のことなら余計ダメでしょ!」
ネットの顔も知らない人間相手ならどうでもいいのではなかったのか?
そして文句を言う割には続きを期待する母。
「エッセイひとつ書くのにどれくらいかかるの?」
「まぁ1時間弱かな。2000字以下なら20分位だけど。」
「あら、じゃあもっと書いてよ! 寝る前とか、休憩時間とかヒマでしょ?」
1日3ー4時間しか寝ないヒトの睡眠時間をこれ以上削らないで欲しい。そう言うと、「ケチっ」 と言われた。
「私じゃなくて、もっと読み応えのある面白いエッセイとか短編書いてる人がいるからそっち読みなよ。KさんとかKさんとかKさんとかさ!」 私の好きな作者さんは何故か全員頭文字K。
「ふ〜ん、でも探し方がよく分からないし、他の人じゃなくて、自分の娘の書いてるやつが読みたいの!」
「だからそれなら私の論文を……」
「それはイヤ」
まぁ母が言いたい事もなんとなくわかる。
私は中学の時に父の仕事の関係で渡米した。飛び級等で割と早くに遠い大学に入ってしまったので、なんだかんだであっという間に家を出て、特に家族が日本に帰ってからは学校や研究が忙しくて両親に会うのは精々二年に一度、2週間だけなのだ。電話ではよく話すが、しかし電話以外の繋がりも新鮮で中々楽しいものだ。
「レビュー書いてあげたよ! 読んだ? 読んだ?」
「レビューじゃなくて感想ね」
畏れ多くも拙作にレビューを書いて下さった方がいたので、相変わらず「レビューとはなんぞや」の母に電話で読んで聞かせた。
「まぁ、上手いこと書くわね〜。そのヒトって何者?」
それが私にもよく分からないのだ。何故か私のモノだけをお気に入りに入れてくれている?ようなので、『謎の小人さんR』とお呼びしている。だってお礼のメッセージ打っても返信来ないんだもん。もしかしたら同僚のSさんかな? と思い何度か尋ねたが、彼は身に覚えがないそうだ。ちなみに私は日本人の知り合いは殆どいない。(というよりそもそも人間の友達が少ない。)まぁ別にいいや。
ところで先日、PVや評価点なるものの水増しに対する怒りの文章を読んだ。私にはあまり関係ないが、しかし主人公とネットのユーザーのやり取りなど、話としても中々面白い。「そもそもレビューを書いている人物が他の作品を読んでいる形跡がないから、ヤラセに違いない!」 というセリフで思わず笑ってしまった。
へぇ、自分の作品ならまだしも、顔も知らない赤の他人のそんなモノまで分析しているなんて、世の中には粘着質のヒトがいるんだなぁ、よっぽど他にすることが無いのかなぁ、と感心してふと思った。アレ? これって私の事じゃね?
母は私にしか評価点やお気に入りを入れていないはずだ。っと言ってもまぁ総合12点だが。オマケに変なレビュー(実は感想)を書いてるし。少し驚いたが、まぁ別にいいや。そもそも元ネタが私と思うなんて、ちょっとおこがましいだろう。
かくして私と母の交換絵日記は続く。でもそろそろ卒論書かないと本気でヤバイ。3時間に渡る卒業討論の一部は一般公開なので数百人が聴きに来る。下手をするとバカ丸出しで赤っ恥をかく。全くもって公開処刑だ。
もうそろそろ、「今日の話まだ〜?」 とファン第一号(しかし二号はいない)を名乗る人物から要求される時間だ。しかし残念ながら今日は動物エッセイの用意はない。あるのはこのエッセイのみ。でもコレを書いたことは母には内緒だ。
母はこのエッセイの存在にいつ気づくだろうか? チョット楽しみだ。
お母さん、交換日記、楽しいね。ありがとうね。
ちなみにレンくん云々の話は嘘……かなあ?