2-4.Run after a shadow
Run after a shadow /影を追う
サイバー班のジオール准将に宣言した期限の1週間が3日後に迫り、エルフォード班には焦りの色が見え隠れしていた。
ただ一人、この男を除いては。
「諸君、今日は飲みに行こうか!」
「今日?このタイミングで?」
突然の上司の提案にチャーリーが声を上げた。
いつもならこれはプレストンの役目なのであるが、今はノックスと外出しているためここにはいない。
それに隣に座る弟のビクターは相変わらず作業に集中し聞こえていない。
「このタイミングだからさ。」
「でも大佐は良いって言わないと思うよ。」
むしろなにを呑気なことを、と怒られるんじゃないだろうかとチャーリーは内心思う。
ノックスが集めてきた大量の資料に目を通しても、特に目立った収穫は得られていない。
今もプレストンを連れてシェイブルの本社に出かけているが、解決への糸口が見つかる可能性は低い。
「じゃあ、大佐が帰ってきたら聞いてみてね。僕はちょっと出てくるからさ。」
「え、ボス、」
いたずらっぽく二ヤっと笑って、エルフォードはどこかに出かけていってしまった。
―――――――――――――――
「あのね、大佐…」
「どうしたの、チャーリー」
プレストンとともに戻ってきたノックスにおずおずと話を切り出す。
「ボスがね、」
「?」
「珍しく歯切れが悪いな。」
中々用件を言い出せない様子のチャーリーにプレストンが茶々を入れる。
「ボスが今日飲みに行こうって!ボスが!」
あくまでエルフォードの提案であるということを強調していったチャーリーに、そりゃ言いにくいはずだな、とプレストンは苦笑い。
ほぼ勢いで言い切ったチャーリーは恐る恐るノックスの様子を見る。
「…それもありね。」
「え?」
まさかノックスが賛成するとは思っていなかったので驚くとともに、とりあえず説教を免れたことに安堵する。
「オスカー、先にお店に行って席を確保しておいてくれる?」
「了解っす。」
「悪いわね。私もすぐに行くから。」
「チャーリーはビクターと官舎に戻りなさい。あの子を綺麗にしてから来ること、いいわね?」
“綺麗にする”の意味が分かった双子の兄は、苦笑いし頷いた。
その後、チャーリーがビクターを引きずるようにして帰ったのを見送り、ノックスはエルフォードを探しに出る。
探すと言っても見当はついていた。
彼女がまっすぐにやってきたのは屋上だった。
ヘリポートも兼ねているそこには、案の定、大の字になって横になっているエルフォードの姿があった。
「あぁ、大佐か。」
ノックスの姿を確認し、それだけ言って起き上がる気配のないエルフォード。
「言い出した班長が居なくては、はじまりませんよ。」
「ツインズを一度帰したんだろ?そんなに急がなくても、ビクターを風呂に入れて来るんだから結構時間はある。」
「先にオスカーを行かせました。」
「それはまぁ気にすることはないさ。オスカーの特技は待つことだからね。」
「では、私は先に行きます。」
ノックスが屋上の扉に足を進めるが、
「中将からこの事件を引き受けたことに、お前、責任を感じているんじゃないだろうな。」
その言葉でノックスの足が止まる。
振り返った先には先ほどまで呑気に微睡んでいた姿はなく、まるで相手の心中まで見透かすような鋭い目をしたエルフォードが立っていた。
しかし対するノックスもまた、いつも上司に対する時の厳粛な表情はなく、口調にはからかいと皮肉が混じっていた。
「あなたこそ、この事件を1週間で片付けるなんて言って、結果ただあの子を焦らせてしまっているじゃない。」
いつの間にか話し方まで変わった二人の姿は、オフィス内では見られないものだった。今の2人の間にある空気は班のメンバーでさえ知らないものだろう。
「俺はむしろ良かったと思っている。ビクターは自分の過去が俺たちに迷惑をかけるんじゃないかと気に病んでいたし、いい機会だろ。」
「だからと言って、あんな晒し者みたいに。それに前に一度ジオールがあの子にコンタクトを取っていたこと、隠していたわね。」
「誰から聞いた?オスカーが口を割るわけはないだろうし、」
「問題はそこじゃなくて!」
「…いつまでも大切に守るだけじゃダメなんだ。お前だって分かってるんだろ?」
「でも、」
「もうビクターもチャーリーも子供じゃない。出会ったころの2人じゃないんだ。」
「そうね…」
傾きかけている夕日が、空を見上げたままの二人の影を長くしていた。
「さぁ行こうか。あんまり遅くなるとオスカーが拗ねるし。」
「班長には仕事が残っています。せめて今日の分だけでも処理してきてください。」
しばしの沈黙の後、そこに居たのは、どこまでも呑気なエルフォードと容赦のないノックスだった。
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居酒屋に揃った三人は、店員が運んできた飲み物で喉を潤しながら、事件について話していた。
「感触としてはハッカーに近づきつつはある気がします。」
「もうそこに絞ってもいいんじゃないっすか?」
「…ビクターの作業の進み具合ではそれも視野に入れよう。」
「それにしてもあそこまで追い詰められたビクターは中々見れるもんじゃないですね。」
一通りの報告が終わってそう言って笑ったのはプレストンだ。
「笑いごとじゃないわよ。徹夜続きで睡眠時間が取れなくても、身綺麗にしている子なのに。見たところ体重だって落ちたようだし。」
嘆くように言ってノックスは、ジロリと視線をエルフォードに向ける。
「だから今日は食べて飲ませようと思ってさ。」
「まぁそれは分かりますけどね、程々にしてくださいよ。」
「分かっているよ。」
「うちの班長は限度ってもんを知らないからなぁ。」
「あ、オスカーはそのなりで下戸だから僻んでるんでしょ?」
そう茶化したことでオスカーの反論が続き、もはや事件の話から脱線してしまった。
「話を元に戻しますよ。」
店内のテレビでは、最近勢いに乗っていたアイドルがカメラのフラッシュに目を細めている姿が映っていた。
テロップには「ミカリーナ、疑惑には沈黙」とか何とか。
「ミカリーナの時代は終わったな。」
「整形も年齢詐称も前々から怪しいとは言われていたけど、あれだけの証拠が出てきちゃ誤魔化せないよね。」
テレビを見ながら呟いたチャーリーにビクターが答えた。
件のアイドルは事務所がハッキング攻撃を受け、厳重に保存されていた書類がネット上に流出した。その中に彼女の正確なプロフィールに関する資料があったのだ。
ノックスが席を外していることもあり、男子独特の話題になる。
「僕は結構好きだったんだけどなぁ。」
「チャーリーはボインが好きだもんね。」
茶化すように笑うエルフォード。
「ボインは男のロマンさ!」
「僕はあんまり大きいのは好きじゃないけどなぁ。」
「お、双子で意見が別れたな。」
珍しいとプレストンも笑う。
「「少佐はどっち?」」
「大きさは気にしない、形重視だから。」
「ふむ、オスカーは美乳好きかね。そうか、これからが楽しみだね。」
「“これから”?」
「“楽しみ”?」
「さぁ何のことだかさっぱり。」
興味津々の双子と決まりが悪いような顔をしつつ惚けるプレストン
「惚けちゃって。あの子、そろそろ大人の女性になる年頃だろ?」
「“あの子”?」
「“そろそろ”?」
「ちょ、何を言ってんだ、アンタは!」
エルフォードの言葉に珍しく慌てた姿を晒すプレストン。顔がほのかに赤くなっているのは果たして酒のせいか、否か。
酔いが回っているのか、何時もより締まりのないにやけた顔で笑うエルフォードと、やっかいな上司に絡まれるプレストン。
さらには席に戻ってきたノックスが現状を把握し、蔑むような目で二人を無言で見る。
そんな様子に、双子たちは久しぶりに声を上げて笑うことが出来た。
私もボイン大好きです!