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Espressivo  作者: 美籐
Ⅱ.Shadow
5/9

2-3.Cast a shadow

Cast a shadow / 影を落とす


その日オスカーが出勤してくると、もうすでにオフィスには班のメンバーがそろっていた。

大抵の場合、この時間にオフィスにいるのはノックスくらいで、双子に至ってはいつもギリギリの時間に顔を出す。

そんな2人が自分よりも先に出勤していて、且つデスクに向かって作業をしている様子に、プレストンは心底驚いた。


次の日も、その次の日も双子は揃って早い時間に出勤してきた。

それほどまでにこの事件、一刻も早い解決をと気合いが入っているのだ。

なによりも自分たちをサイバー班から守ってくれた上司の役に立ちたいと意気込んでいるのだろう。

しかしその気持ちとは裏腹に、進捗状況は芳しいものではなかった。



ーーー


「またやられた、」

ついつい出た独り言は閑散としているオフィスに響くが、自分以外の誰の耳に入ることなく消えた。

「元々追われる立場の人間がハッカーを追いつめるなんて根本的に無理なのかも知れない。」



ここにくる前は、僕がハッキングで得た情報をチャーリーが売りさばく、そうやって生活をしていた。

そんなある日、僕たちはエルフォード班に捕まった、というか目を付けられた。

ついにここまでか…なんて思っていたんだけど、いろいろあって、准将の提案で捕まることはなかった。その代わりに、士官学校に入ってやり直すことが課された。


僕たちがどうしてそんな条件を受け入れたのか、自分たちにもよく分からない。

ただ、なんとなくこの人について行きたいと思った。


僕にはコンピューターに関する知識やプログラミングの技術があったし、チャーリーはマシン好きが幸いして、車やバイク、ヘリなんかの操縦に長けていたから、士官学校で専門技術を学ぶときに苦労はしなかった。


士官学校を卒業して、ロイヤル・ガーディアンの登用試験に合格した新卒のガーディアンたちはいくつかの課を周り研修をする。

そんなある日、局舎の中で准将を見かけた。

どこかの捜査官に詰め寄られ怒鳴られていたけど、初めて会ったときと変わらない飄々とした雰囲気で交わすに様子に相変わらずだなあと笑っていると、こちらに気づいて近寄ってきた。

士官学校の卒業式には大佐や少佐と一緒に来てくれたけど、こうして局の中で会うのは初めてだった。

「似合っているよ、その制服」

「ありがとう」

「でもちょっと窮屈だね」

訓練服を兼ねていた士官学校の制服に比べ、見てくれが立派な分動きやすさが若干失われていて僕には窮屈に感じる。

しかし科学捜査課や鑑識課に配属にならない限り、この制服を着続けなければならない。


「研修期間も終われば暫く着ることもないんだから、今のうちに着ておくのも良いんじゃないかな。」


科学捜査課や鑑識課の他にこの制服が義務づけられていないところがある、特殊捜査課だ。

課の職務上、潜入捜査や遊撃の役割を担うことが多く、ガーディアンの制服では不都合なことがあるからだ。もちろん班によっては制服を着ているところもある。

この人の班では、たしか着ていなかった。

大佐は動きやすさを重視したパンツスーツを着ていたし、少佐はYシャツにネクタイをして、上着は着ていなかったっけ。准将はネクタイさえしていない、ちょっとだらしないYシャツ姿だ。けど少佐曰く、見てくれだけはいいから、なんだかそういうファッションに見えなくもない。


今さりげなく准将は言ったけど、僕たちはその言葉ですべてを理解した。

この人は僕たちをエルフォード班に入れるつもりだと。


「「それって…」」

「しっ、まだ言ってはいけないよ。それに確定したことでもないから僕から言えることはないんだ。」

いたずらっ子のような、でも僕たちに言って聞かせるように教えてくれた。

「みんなツインズを待っていたし、このまま手放すつもりはないよ。」



通常特殊捜査課に配属されるには、何年か他の課で経験を積まなければならない。でも准将はその段階をすっ飛ばして、僕たちをいきなり特殊捜査課、それもエルフォード班に入れるつもりなんだ。


特殊捜査課を志望する人は多い。それに准将を入れて3人しかいないエルフォード班だから、僕たちが一人前になる頃にはもう他の班員が入ってしまっているんじゃないかと思っていた。それでもロイヤル・ガーディアンでいる限り、チャンスはあるだろうって思うことにしていた。

でも現実問題は別として、本音を言えば、僕もチャーリーも直ぐにでもエルフォード班で働いてみたいと思っていた。

だからそれが叶うかもしれないという嬉しさと、待っていたという言葉。

僕たちを信じて待ってくれていた、そう自惚れてしまいそうになるくらい嬉しかった。


でも僕の場合そう上手くはいかなかった。



「君のその技術、うちで活かしませんか?」

この人は組織犯罪捜査課第3班の班長ジオール准将だ。何度か声をかけられていたが、こうして個室に呼び出されて言われるのは初めてだった。

「何度もお断りしているはずです。僕の答えは変わりません。」

その頃僕はもうエルフォード班に行くつもりだったし、なんと言われようとその気持ちが揺らぐことはなかった。


「エルフォードのところから声がかかっているのは知っていますよ。」

「何のことでしょうか?」

“言ってはいけない”と准将に言われたから、すっとぼけておく。

「かつて足を洗うきっかけをくれたエルフォードに恩返しですか、いい話ですね。」

「どうして、それを…」

エルフォード班のおかげで士官学校に入る前の僕の過去はごく一部の人間しか知らないことになっているらしい。

「少し調べさせてもらいました。苦労しましたよ、なんせ今期注目のルーキーが元はハッキングで荒稼ぎしていたなんて、とても表に出せることではありませんからね。」

「…」

「これが皆の知ることになったらどうなるでしょうね。もやはそれは君だけの問題ではないですね?エルフォード班の評判はどうなるでしょうか?」

いくら士官学校でいい成績をとってやり直したからといって、僕がしてきたことが消えるわけじゃないんだ。僕があの人たちの迷惑になるのなら…


「ご心配には及びません。」

ドアが開いて現れたのはエルフォード准将だった。後ろには少佐もいる。

「何故ならうちの班には下がるほどの評判なんてありませんから。」

「その原因の張本人が言うんだから、説得力はあるかと。」

「全く余計なことを」

忌々しげに呟いて、エルフォード准将に抗議する。

「ちょっとお伺いしたいんですけど、少将以上の権限がないと見られないデータベースにハッキング。いくつの規則に抵触してるんでしょうね?」

「何のことだかさっぱり分からないが」

「おや、しらばっくれます?でも、こういうものがあるんですよー」

そういって差し出したのはひとつの封筒。中に入っている書類を確認するジオール准将の顔が歪む。

「何故これが?ありえない…」

「跡は全部消したつもりだったんでしょ?残念でした。あのデータベースには特殊な仕掛けがしてあって、部外者が不正に起動させると、履歴はリアルタイムで別のサーバーに飛ばされるんです。」

エルフォード准将はジオール准将から封筒ごと取り上げ、自分の手元に戻す。

「どうして僕がこれをもっているのかっていう話になると切りがないので割愛しましょう。僕はこれを見なかったことにします。ですから…」

「私にも見なかったことにしろ…。」

「いや、さすがジオール准将!話が早くって大変助かります。」

「得をしたのはお前たちというわけか。」

「どうです?うちの班の評判、お分かりいただけました?」

満足そうに笑うエルフォード准将に見送られジオール准将は悔しそうに部屋を後にした。


「ごめんね、准将。」

「ビクターが謝る必要はないよ。ジオールには以前からいちゃもんをつけられていたんだ。おおかた自分より年下の僕が特殊捜査課にいるのが気に入らないんだよ。」

「あの様子じゃ暫くの間は大人しくしているでしょう。」

僕の小さな謝罪に前を歩く准将と少佐が答える。


「所詮あの程度でうちを脅そうなんて、百年早いんだよ、バーカ。」

「バカって、あんたねえ…それにしても大佐がここにいなくて正解でした。」

「うん、たしかに。さっきのが大佐の耳にでも入ったもんならな…噛み付くぞ、あいつ。ジオールとは昔から相性悪いし、こんなに穏便にはすまなかったかも。」

「え?」

噛み付く?大佐が?

僕の記憶の中にある大佐は、腹を立てることなんか滅多になさそうで、厳かな雰囲気で淡々と相手を攻め立てそうな人だ。噛み付くなんて表現が一番似合わない人のように思うけど。


「まぁ普通はそう思うわな。」

「ああ見えて、自分の大事に思うことを貶されたときには、普段の冷静な姿はどこへやらだ。そういうやつなんだよ、あいつは。」

だからこのことは大佐には内緒な、そう言ってこちらを振り返る准将。

この人たちに出会えて本当に良かった、心からそう思った瞬間だった。



ふと、あのときの2人の背中を思い出す。自分はあの2人の背中に並ぶような人間になれているだろうか。

…そうだ、向いているか、向いていないかなんて関係ない。

「今はやるしかないんだ。」



ビクターの話と仕組みの話をしていたら、ストーリーの本質に擦りもしませんでした…。


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