2-2.Shadow of a Doubt
「さぁ、行くかー」
局舎の外に出ると、いつも乗っているバンタイプの車ではなくセダンタイプの車が止まっていた。助手席を見るとボスが座っていた。
きちんとシートベルトまでして待っているその様子がすこし滑稽で、くすりと笑いエンジンをかけた。
「お前の運転する車はいつ乗っても快適だな。」
しばらく車を走らせた頃、唐突に言うので少し驚いたが、この人に褒められて嫌な気はしない。ぶっきらぼうな口調も本当のことを言っている証拠だと、これまでの付き合いで知っている。
「大佐の言ってた、シェイブル財閥の良くない噂って何?」
目的地がもう間もなくという頃、気になっていたことを聞いてみる。
「詳しいことはまだ分からないんだが、どうやら産業スパイにかかわる噂らしい。」
「産業スパイ?」
「ああ。だが確固たる証拠がないからどうにもならないんだ。」
「なるほどね。」
そこまで話を聞くと目の前にはシェイブルの本社ビルが見えてきた。
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「おかしいな、ノックス大佐がいない…」
大佐を追って慌てて捜査二課にやってきたはいいが、その姿が見当たらなかった。
やがて少し遅れてやって来て
「ちょっと寄り道をしていたら遅くなってしまったわ。」
ごめんなさいね、そう言って笑う。
笑ったときの雰囲気が、一瞬だけ准将と似ているように感じた。
俺がその違和感のようなものの正体に気づくのに時間はかからなかった。
俺は二課の課長ザイル中将とノックス大佐が入っていった会議室のドアの前に立って待つ。人より少し耳が良いため、2人の会話を拾うことができた。
「いくら特殊捜査課だからといって、うちの情報をそう易々と渡せるわけないだろう」
やっぱりそうなるんだな。しかし大佐にとってその反応は想定内だろう。
さっきの感じ…あれはなにか仕掛けを持っているときの准将の印象と似ている。
きっと大佐はネタを持っているんだ、この頑なな二課の課長を崩すための。
「もちろん8班に情報をいただけるのであれば、うちで得た情報もそちらに開示します。それで二課の捜査にも協力することができますし、ご迷惑はおかけしません。」
「ふざけるな!お前たちの持ってきた情報なんぞなくてもこっちは十分に捜査を進めることができる。」
会話しか聞こえてこないが、ザイル中将がどんな顔をしているか簡単に想像することができる。『こんな小娘に舐められてたまるか』って顔だろう。
「…先日、家宅捜索を目前に控えていたにもかかわらず容疑者に逃げられてしまったというのに?」
「何?」
「慎重に内偵を進め、今後の捜査のあてにしていた人物だっただけに色々と痛かったのではありませんか、ザイル中将?」
「貴様、何故それを…」
「たまたまですよ。我々はそんな“些細なミス”を挽回するお手伝いをさせていただきたいのです。」
しかしどんなに難航不落とも思える人物でも、この人にかかれば必ず落ちる。
そう、こんな風に。
「…何を知りたい?」
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「よし、出来た。…あれ誰もいない。」
オフィスに残されたビクターは、やっと自分の周りに誰もいないことに気づく。
窓の外は夕焼けに染まっていた。
「おなか減った。そういえばお昼食べてなかったな。」
しかし今の今まで全エネルギーをつぎ込んで作業していたので、もはや食べ物を探しに動くエネルギーすら残っていない。
「戻ったよ。あ、ビクターお疲れさん」
そこへ現れたのはエルフォードだった。
やってくるなり手にしていた袋をビクターに渡す。
「これは?」
「兄さんがお前にって。」
袋の中を覗くと菓子パンの他にチョコやキャラメルなどの甘味が入っていた。
「チャーリーは?」
「少し遅くなるけど、そのうち戻るよ。」
袋からパンを取り出そうとすると、ちょうどオフィスに段ボール箱を抱えたプレストンが戻ってきた。
「なに、その荷物。」
「大佐がとりあえず持ってけって。見てないで手伝え。」
「無理、動けない。僕これから昼ごはん。」
「昼飯?それが?」
抱えていた段ボール箱をデスクに置いてビクターの手元を見ると持っているのは菓子パンだった。
「頭使った後には、甘いものが必要なの。で、大佐は?」
「公安に寄ってから来るってさ。」
「なんで公安部なんかに」
「分からん。」
首を傾げる2人にエルフォードが声をかけた。
「皆揃ったら報告会にしよう。」
やがてチャーリーに続き、ノックスもオフィスに戻ってきた。
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「この事件、少なくともシェイブル財閥の上層部が指示しているわけではないようだ」
ホワイトボードの前に全員が揃う。口火を切ったのは、エルフォードだった。
「シェイブル社の警備体制について尋ねたとき、」
「うちのシステムはトップクラスですから、とかなんとか言ってた。自分の会社が被害にあうなんて考えてもいない感じだった。」
チャーリーがエルフォードの言葉を引き継ぐように言う
「甘いなチャーリー、真実はその逆だ。平然と話しているように見えたが、しぐさや目線の動きに落ち着きのなさが出ていた。あれは暴かれちゃまずい心当たりがありすぎて、内心ビビりまくってる様子だった。次に狙われるのは自分たちかもしれないと警戒しているんだ。」
「じゃあシェイブル社は事件の首謀者ではないってこと?」
「少なくとも上層部は何も知らないで怯えていたからシロだ。」
「しかしこれだけ規模の大きい事件、一個人に出来ることでしょうか?」
「それはまたこれから、だな。チャーリーは何か分かった?」
「今日出来たのは、ハッカーが残したわずかな足跡からその手口を解析すること。それから罠を撒くこと。だから、今の段階で僕から言えることはまだないや…ごめんね、ボス。」
エルフォードに話を振られたが役に立てる情報はなく、申し訳なさそうに答えるチャーリー
「気にすることはない、駆け引きに焦りは禁物だからね。」
「罠って?」
今日は盗み聞きと荷物運びしかしていないので報告することは特になく、ただ会話を聞いているだけだったプレストンが口を開いた。
「何も難しいことじゃないんだけどね、ハッカーに仕掛けてみようと思って。」
「?」
「ネットの掲示板にハッカーに向けてメッセージを書き込むだけ。『あなたの弟子にしてください』ってね。偽物含めた野次馬からの反応は来ているんだけど、まだ本人からの反応はない。これに引っかかるかどうかは分からないけど何か見つかるかもしれないから。」
「もし引っかかったとして、どうやってハッカーかどうか確かめるわけ?」
「足跡のパターンを判断材料にする。足跡っていうのは犯行に及ぶときに経由したサーバーの履歴のことね。」
「それはサイバー班でも同じように追っていたはずよ」
ホワイトボードに集まった情報を書き込んでいたノックスが手を止めて尋ねた。
「そうみたいだね。ある程度は追えていたようだけど、途中で迷子になってたよ。なっていたというか迷わされていたみたいだった。」
苦笑いしながら答えるチャーリーに、ノックスとエルフォードは納得したよう言う
「あの班は皆自信過剰だから、なおさらハッカーの仕組んだ迷路にまんまと嵌るんだろな。」
「やはり、チャーリーに頼んで正解だったわ。」
「で、でも何にも分かっていないし、まだまだだよ。」
そう言いつつも、褒められた嬉しさは隠しきれていない。
「私のほうもまだこれからですね。二課から借りてきた資料にもまだ目を通していないし。」
「これ全部見るんですか?」
「もちろんよ。そうだ、ビクター、これが終わったら公安部に行って資料を借りてきてちょうだい。私から頼まれたって言えば渡してくれるはずだから。」
「う、うっす。」
頼まれたプレストンは、また重い荷物を運ばなければならないのかという気持ちより、どうやったらあの膨大な資料に目を通すことができるのかと不思議に思う気持ちのほうが大きかった。
「じゃあ大佐のほうも保留で。チャーリーは気になることがあったんだよね?」
「事件とはあんまり関係ないことかもしれないんだけど、僕が産業スパイって聞いてシェイブル社関連で思いついたのは、モーターカー部門かなって。ここ数年で著しく業績が伸びていて、もしかしたらって思って。」
「それで?」
「レーサーやエンジニア含めスタッフ陣に主だった移籍や移動はなかった。それにチームの方針が変わったわけでもなかった。でもシェイブルのチームがよく利用しているレーシング場のスタッフの話だと、ここ何年かずっと練習を非公開にして、部外者の立ち入りを厳しく制限しているんだって。」
「非公開にすることで手の内を隠したいのか、それとも見られちゃいけないものがあるのか。チャーリーはどう思う?」
「たぶん表立って言えないことがあるんだと思う。でもハッカーと関係があるわけじゃないし…」
「関係あるか無いかは別として、少し気になるな。」
「事件なんてどこでどう繋がっているかわからないものよ。それに産業スパイというだけでそこまで調べられたのなら上出来でしょう。」
そうかなぁと言って照れたように笑うチャーリー
プレストンの目には、大佐と准将に褒められて嬉しそうにしている双子の姿が、まるで主人に撫でられ尻尾を振る子犬に見えたのだった。
やっぱりまだ続きます、はい。
プレストンは、もし大佐に何かあったときのために、すぐに動けるようにドアの前に立っていました。ただ盗み聞きしていたわけじゃないです。
あ、あと私、読点を付けるのが苦手です。
読みづらかったらすみません。善処します。