2-1.A shadow.
席を外していたこの部屋の主 デルタ・エルフォードは、戻ってくると人が減ったオフィスを見渡していた。
「あれ?」
「ついさっき電話があって大佐がツインズを連れてサイバー班に行きましたよ。」
唯一オフィスに残って居たオスカー・プレストンはエルフォードが戻ってきたのをちらりと見て、またデスク上の書類に目線を戻し、そう説明した。
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「ええ、分かりました。すぐにそちらに向かいます。」
電話を切ったジュリエット・ノックスはわずかな笑みを浮かべていた。
「どしたの、大佐。」
「なんか楽しそうだけど。」
その様子にチャーリー・ウッドとビクター・ウッドの双子は不思議そうに尋ねた。
「ビクター、あなたの出番よ。サイバー班に行くわ。私について来て。」
「僕?」
驚きと戸惑いでビクターが動けずにいると彼女はチャーリーにも声をかける
「チャーリーも一緒に来る?」
「う、うん。」
「じゃあ、決まり。時間がもったいないから、詳しくは行きながら話すわ。オスカーは留守番ね。気になるだろうけど、詳しいことは班長から聞いて。」
それだけ言い残してノックスは双子を連れて何処かへ行ってしまった。
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そこまでの話を聞いてエルフォードは納得した顔をした。
「なーるほどね。」
「何があったんです?」
「そうだな、僕らも行きながら話そうか。」
エルフォードが立ち上がり歩き出したのを見て、プレストンも後に続く。
今度こそエルフォード班のオフィスは無人になってしまった。
「2ヶ月前から断続的に発生しているパソコンの遠隔操作による情報漏洩事件は知ってる?」
プレストンは最近見たニュース番組を思い浮かべて、苦笑いしながら答えた。
「大企業の極秘情報からアイドルのスキャンダルまで、ずいぶん荒らし回っているらしいとか。」
「それだけ被害が出ていながら、犯人の尻尾すら掴めずにいたサイバー班に業を煮やした上層部が僕らに仕事を振った。」
「へぇ、知らなかった」
「正式に引き受けたわけじゃなかったし。それにあそことはなるべくなら関わりたくないからさ。」
苦々しく言ったエルフォードの言葉でプレストンはようやく思い出した
「あ、そっか…たしかに。」
「大佐はそれを知らないし、急くなとは言ってあったんだけど。まぁ何事もなきゃ1番良いんだけどさ。」
2人の目の前には 組織犯罪捜査課 第3班と書かれたドア。
ここではサイバー犯罪の捜査や解析などが専門に行われ、トップクラスの情報通信技術が集結している。そのためこの班は通称サイバー班と呼ばれている。
「そんな簡単にはいかないよね…」
「恐らくは…」
エルフォードとプレストンはそう呟いては扉を開けた。
ドアを開けると、最初に目についたのは所狭しとならぶパソコンだった。
「パソコンだらけ、なんか目に悪そう。」
パソコンに向かい作業をしている男たちにプレストンは素直にそう思った。
一方エルフォードは部屋中からジロリと向けられる視線に構うことなく歩く。
少し進むとイスに胡座をかき、その上にノートパソコンを乗せて作業をしているビクターと傍らに立つチャーリーが見えた。
突然現れた上司にチャーリーは気づき、軽く手を振ってあいさつするが、ビクターはパソコンに集中しているため気づいていない。
双子のいる位置よりさらに奥に目を向けると、この班の班長であるジオール准将と向かい合うノックスがいた。
2人の顔には笑顔こそ見られるが、包む雰囲気は決して穏やかなものではなく、禍々しさが感じられるものだった。その様子をエルフォードはただ静かに見ていた。
「何もあなた方がいらっしゃらなくても、この事件の解決は時間の問題であるというのに、中将殿のお考えになることは理解出来ませんな。」
ジオール准将はそう言ってエルフォード班の直属の上司であるマイク・ナイマン中将を暗に非難した。
「ええ、私にも分かりかねます」
その時のノックスの表情に変化は見られなかったが、エルフォードは気づいていた。
彼女の顔が引き攣りはじめていることに。
「彼らに活躍の場をというお心遣いなのかもしれませんし、自分たちも出来る限り協力させてもらいますよ。」
「ありがとうございます」
彼女もそろそろ限界かな、そう感じたエルフォードは遠目から見守ることを止めて、2人に近付くが再びノックスが口を開いたため、歩み寄るその足を止めた。
「今になってこのような事件を我々に任せるなんて、中将のお考えは全くもって理解できません。もっと早くに言ってくだされば、今ごろ事件は解決していたでしょう。」
その言葉にニヤリとしたエルフォードとは対照的に、ジオールは顔をしかめたがすぐにその表情は消え、したり顔で口を開いた。
「そうでした、これが彼の得意分野でしたね。かつてはハッキングで荒稼ぎしいていたならず者で、たしか兄もそれに加担していたんだったかな。」
その一言で室内の捜査員は驚きに揺れ、作業を進めるビクターと弟を守るように傍らに立つチャーリーに冷たい視線を向ける。
「奴らが万が一にもおかしなことをしでかすこともあるかもいれない、しっかり見守らせてもらうよ。」
そう言って双子の隠された過去を公表し侮辱したジオールを、ノックスは無言で正面から睨むように見上げる。
「ご安心ください、ジオール准将。万が一なんてことはありえませんよ。」
ノックスとジオールのただならぬ空気に飄々と入ってきたはエルフォードだった。
「あり得ないと言い切る根拠が分からないな、エルフォード准将」
「ビクターもチャーリーも自分の大事な部下ですから。彼らはもうかつての2人ではない。」
「それはどうかな。」
エルフォードさえも見下したような口調に背後に立つノックスから殺気にも似た空気を感じた。再びノックスが何かを言おうとする気配を悟って、エルフォードはそれを手で制す。
「ではこうしよう…二週間、」
そこで言葉を切ってエルフォードは双子の方をちらりと見る。
こちらの様子を見ている双子と目が合った。そしてまた口を開いた。
「いえ、一週間以内にこの事件を片付けてみせる。」
「一週間だと?デタラメな!」
「では、あなたが今デタラメだと笑ったことが本当になったら、2人に対する今までの誹謗を詫びてもらいましょうか。」
「良かろう、謝罪でも土下座でもしてやろう。ただし一週間で出来ればの話をだが。」
もしもその時ジオールが、すでに自分に背を向けていたエルフォードのその顔を見ることができていたのなら、噂に名高いエルフォードとその部下たちの本当の実力を知っていたなら、そんな約束はしなかったかもしれない。
エルフォードの顔はそれほどまでに自信に満ちた表情だった。
しかしそれを確認したのは、すぐ近くに立つノックスと遠くから状況を眺めていたプレストンだけだった。
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「ボス!一週間でできるなんて、なんで言ったのさ」
サイバー班のオフィスから戻って来てそう噛みついてきたのは双子の兄、チャーリーだった。
「あいつらには出来なくても、ビクターと俺たちなら出来ると思ったからさ。」
答えたエルフォードは手元の捜査資料から目を離すことなく答えた。
「弟が心配なのは分かるが、ちょっと落ち着けって。それにこの人のことだ、何か考えがあってのことだろうし」
「そもそもこの事件の首謀者は何のために騒ぎを起こしたのかを考えた。」
エルフォードの解説は唐突にはじまる。
「愉快犯じゃないの?」
「その可能性しか頭にないから、サイバー班は犯人の尻尾を掴めないでいるんだよ」
なるほど、と妙に納得したチャーリー。
「愉快犯以外の可能性とは?」
プレストンも加わる。
「ナイマン中将からこの事件の話を聞いたときから密かに調べてはいたのだが、さすがにサイバー班の知らぬところで情報を集めるには限界があった。だが今日この詳細を見てはっきりした。この事件には計画性がある。ただの愉快犯ではない。」
確信をもって言った上司に思考が付いていけてない2人。
その様子にノックスは近くにあるホワイトボードに何かしらを書き込んでいく。
狙われたのは各業界のリーディングカンパニーや話題の企業、人物というだけで、何の関係性もないこの事件。しかし事件の裏には、それぞれの事件によって何らかの形で得をしたと思われる会社が存在している。
ライバル社として競い合っていた会社がハッカーによる攻撃で被害を受けたため、技術面での競争にチャンスが舞い込んできたり、株価の下落により経済的効果を得ている者がいるのだ。
これらはサイバー班が保管していた被害会社の詳細な情報と事前に調べていた結果を照らし合わせることで、導き出された。
しかし2人にはいまいちつながりが見えていなかった。
そこでノックスは事件の恩恵を受けた会社の中のいくつかを丸で囲んでいく。
「…あ!シェイブル財閥」
「本当だ、この4つはみんな、シェイブル財閥の子会社だ」
初めに気づいたプレストンに続き、チャーリーもその関係性に気づいたようだ。
「あくまでも可能性でしかないけど、調べてみる価値はあるでしょう。」
手にしていたマーカーを置いてノックスはさらに言った。
「それにシェイブル財閥はあまりいい噂を聞かないし。」
その言葉を聞いてエルフォードは早速指示を出す。
「そうと決まればぐずぐずしてられない。チャーリーは僕と一緒にシェイブル社に行くよ。大佐は?」
「二課に行ってきます。オスカー、ついてきてくれるかしら?」
「了解っす。」
「そういうことだから、ビクターは留守番…って聞こえてないか。」
エルフォードの声も届かないほど、ビクターは目の前の作業に集中していた。
「気合い入ってんな。ビクターのあんな姿は初めて見たな。」
「確かに珍しいね。いつもはどんなに集中していても、こっちの話だけは聞いているんだけど。」
他の4人がバタバタと出かける準備をするなか、その様子に一向に気づかないビクター。
それを見てプレストンとチャーリーは少し驚いたように話していた。
「私は先に行くわよ」
「チャーリー、置いていくぞー」
ノックスとエルフォードがそれぞれ声をかけ、オフィスを後にする
「今行きます。」
「置いていくぞって言うけど、どうせ運転するの僕だし。」
一足先に上司の後を追いかけて行ったプレストンに続き、呆れたように言いつつチャーリーもエルフォードの後を追う
しかし思い出したように振り返って、こちらに背を向ける弟に声をかける。
聞こえていないことはわかっているが、チャーリーはなんとなくそれを言わなければならないような気がした。
「いってきます。」
というわけで、次に続きます。
サイバー班なんてものが出てきましたが、基本何でもアリです、私の話。
似たような何とか班というのは今後たくさん出てくるかと、、
ちなみにサイバー班のジオール准将は、エルフォードよりも若干年上の設定で。プチナルシストとかどうでもいい設定まであったりします。