1.Go ahead, make my day.
Go ahead, make my day.〔やれるものならやってみろ〕
グルリア王国
首都ロイヤル・シティ
王国の首都であり王族や貴族といった上流階級が住まうセレブの街でもあるロイヤル・シティ
華やかさの中にものどかな雰囲気が漂ういつも通り平日の午後
しかしここ、ロイヤル・シティ銀行の周囲だけはいつもとは違う空気に包まれていた。
それもそのはず、この国の主要銀行である建物に数人の男たちが人質をとって立て籠もっているのだから。
ーーーーーー
建物の周囲は通報で駆けつけたロイヤル・ガーディアンが囲み、その周囲には不安げに見守る市民やマスコミの取材班など多くの人々が集まっていた。
やがて一台の車が到着し、出てきた人物の姿を確認した現場の捜査官達は皆一様に顔をしかめた。
「来た応援ってあいつらかよ…」
「よりにも寄ってあの8班とは…」
「ついてねぇな…」
口々に捜査官たちは愚痴を零す。
「おやおやおや、聞こえちゃいましたよー」
「お前、いつのまに…」
捜査官たちが驚いて振り返るとそこには一人の男が立っていた。
スラリとした背丈にナチュラルにウェーブしたブラウンの髪、無駄に整った顔立ち。
一見するとこの男、まるでどこかのファッション雑誌から出てきた色男のように見えるが、これでも首都の治安を守る歴としたロイヤル・ガーディアンである。
名をデルタ・エルフォード、という。
「随分な言い草ですねー。そもそも、捜査一課の皆さんがもっとしっかりしてくれれば、うちが呼ばれることもないんですけどねぇ」
明らかな挑発と見える態度と言葉に、捜査官たちはいきり立ったようにエルフォードに詰め寄る。
「何だと?もういっぺん言ってみろや」
「何度だって言いましょう。たかがチンピラに如きに手こずっている皆さんがあまりにもお粗末だから、僕たちが呼ばれたんです」
到着早々に文句を漏らしたエルフォードに捜査官たちが凄むがそれにも構わず、さらに挑発するような発言が続く。
そこへエルフォードを探してやって来たのは厳つい顔と坊主頭が特徴のオスカー・プレストン。
「全くうちの班長は何を考えてるんだか…」
顔を真っ赤にして怒る捜査官たちと、それを半笑いで受け流す上司の姿に呆れたような表情を浮かべる。
しかし最早それは見慣れた光景でもあり、このまま見ていてもでは埒が明かないことを知っているプレストンは、直ちに用件を伝える。
「お取り込み中失礼します。准将、準備が整いました。」
「分かった。」
部下の報告に短く答え改めて捜査官に向き直ったエルフォードの顔には、先程までの巫山戯た様は無かった。
「いいか、お前たちがちんたらしている間にも、人質は訳も分からない状況のまま恐怖に震えているんだ。うちが呼ばれたからには、人質は必ず助ける。」
「要求もない、突入も不可能。こんな状況でやれるものならやってみろ。」
「遠慮なくそうさせてもらう。だから邪魔だけはするな。」
エルフォードが去って行ったあとには、その威圧感と雰囲気の変わり様に唖然とする捜査官たちが残されたのだった。
エルフォードやプレストンが乗って来た車両には装備品一式や様々な機器が積んであった。
その車を運転していたチャーリー・ウッドは、運転席から後ろを振り返る。
「そういえば、うちのボスはどこに行っちゃったわけ?」
癖のある茶色の髪を掻きながら上司の姿が見えないことに首を傾げる。
「敵城視察という名のサボり。で、少佐が探しに行った。」
ビクター・ウッドはそう答えながらも、積んである計器やパソコンを操作する手は動いたままだ。
よく見るとこの男もまた茶色の癖のある髪をしていて、顔も一度見ただけではどちらがどちらか見分けがつかない瓜二つの顔をしている。
やがて若い双子の兄弟のもとにエルフォードとプレストンが戻ってきた。
「人聞きの悪いことを言ってくれるなよ、ツインズ。」
「おかえりーボス!」
「あんたって人は、目を離すとすぐにああだ。少しは捜すこっちの身にもなってください。」
笑って迎えたチャーリーとは対照的にプレストンはぐちぐちと小言を並べる。
「ただでさえうちは厄介者扱いされてるんですから、これ以上面倒な事はごめんですよ。」
「はいはい、わかってるよ。」
「絶対分かってないな、この人。」
「全員お揃いのようですね。」
そこにソプラノの声が響く。黒い髪を後ろにまとめ、きりりとした表情が際立っている。
ジュリエット・ノックス。
この彼女を含めた5人がグルリア王国 ロイヤル・ガーディアン特殊捜査課第8班、通称エルフォード班である。
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「構内に立て籠もっているのは、反尊皇派のジョー・マギリスとその部下。それから同派の構成員十数名。人質は147名。」
ノックスが淡々と事件の概要を説明していく。
「国内屈指の大銀行とはいえ、人質の多さがネックですね。」
「今のところ犯人グループからの要求はなく、一課はお手上げ状態か。」
「ビクターは銀行の監視システムに侵入。チャーリーには後で頼みたいことがあるの。」
双子の兄弟はノックスの指示に揃って頷く。
「オスカーは向かいのビルで待機。」
「了解」
プレストンは愛用のライフルが入った大きめの鞄を手に車を出る。
「あとは、こちらから行くしかないようです。」
「出来ることなら、それだけは避けたかったが、仕方ない。」
そして事件はようやく動き出す。
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「えー、こちらエルフォード。ジョー・マギリスは居るか?って居るよなー、さっさと出てこーい」
エルフォードはとても立て籠もり犯に向けて話しているとは思えない口調で、拡声器を使って呼びかける。すると今まで呼びかけを無視し続けていた犯人グループが動いた。銀行の窓から顔を出したのは1人の若い男だった
「やぁエルフォード准将殿。」
その飄々とした姿はとてもテロリストに見えないが、その男こそがこの事件の首謀者ジョー・マギリスである。
マギリスが反応したことに驚く捜査官たちをよそに、至極面倒くさそうな態度でエルフォードは話しかける。
「で、要求は?」
「今更分かりきったことを聞くんですね。僕たちが欲しいのは、ただ一つ。准将、あなたの首だ。」
「まぁ、そうだろうとは思ったけどね」
マギリスの要求に周囲の捜査官に動揺が広がるが、当人のエルフォードにとっては予想していた答えだった。
「俺が行けば人質は解放するんだろ?」
「もちろんですとも。」
「ならば話は簡単だ。」
これで話は終わったとエルフォードは拡声器を置くが、マギリスの更なる要求が聞こえてきた。
「そうそう、ジュリエット・ノックス大佐もご一緒にお願いしますよ。」
「何故?」
「嫌とは言わせませんよ。こちらには人質が居ますからね。」
「分かった…10分後にそっちへ行く。」
苦々しげに言ってエルフォードは不安げな表情の捜査官の間を抜け、車両に戻っていった。
「そういうことだから、ちょっと行ってくるよ。」
『なんつーノリの軽さですか、あんたは。』
銀行に乗り込む準備を終えエルフォードが言った言葉に、無線から呆れた声が聞こえた。
「これから敵陣に行くってのに、これじゃあねぇ」
「ボスの危機感の無さは今に始まったことじゃないけど。」
防弾チョッキなどの装備を準備しおえた上司を双子の兄弟が見送る
「心配はいらないわ、あとはよろしくね。」
短く答えてエルフォードに続くようにノックスも銀行の中へ向かった。
「ようこそ、デルタ・エルフォード准将殿。それから美しきジュリエット・ノックス大佐、お待ちしておりましたよ。」
「ご丁寧な挨拶だが、こうしてわざわざ来てやったんだ、人質は解放しろ。」
エルフォード同様、手足を拘束されたノックスをつま先から頭のてっぺんまで眺めているマギリス。エルフォードがそう言うまでノックスから視線がそらされることはなかった。
「約束?はて、何のことやら。」
「何だと?」
謀ったな、と詰め寄ろうにも拘束された手足では立ち上がることすらできない。
ニヤニヤとマギリスやその部下たちが笑う。
「…この男、どこまでクズなのかしら」
人質を解放するという約束を反故にしたマギリスに先程から黙っていたノックスまでも罵る。
その言葉に逆上するかと思えば、マギリスの反応は奇妙なものだった。
「あぁ、たまらないよ、ジュリエット。僕を見下したような冷たい目。ゾクゾクするね。さぁもっと、もっと僕を蔑んでよ。」
ノックスが口を開いた瞬間からマギリスの様子が変化し、極めつけは悶えるようにそう言ったのだ。
「ホント面倒くさいやつだな。」
実はエルフォードとノックスにとって、マギリスは初対面の相手ではなかった。
以前マギリスの父が違法薬物で摘発を受けたとき、息子のマギリスにも疑いがかかり、その取調べをこの2人が担当していた。
結局マギリスは違法薬物に関与はしていなかったのだが、それからというものマギリスはノックスの取調べで自分に目覚めたマゾヒズムの相手をしてほしいと付きまとうようになったのだ。
マギリスは何も銀行強盗が目的で立て篭もっているわけではない。ただ一心にノックスの気を引きたいだけなのだ。
「そうだデルタ、貴様がジュリエットの蔑みを独り占めするから、ジュリエットは僕に構ってくれないんだ。貴様のせいだ!」
「言いがかりはよせ。最近彼女は僕にさえ構ってくれないんだぞ。」
「否定するところが違うわ。」
「貴様こそ排除すべきなんだ。そうすれば僕はジュリエットを独占することが出来る。ジュリエットが僕を…」
マギリスは自分が虐げられる想像に夢中で、エルフォードのずれた答えやノックスの必死の反論さえ耳に届いていない。
その様子にノックスとエルフォードはひとつアイコンタクトを交わし、次の作戦に移ることにした。
「マギリス、マギリス!聞いてるの、このクズ野郎!」
「何だい、ジュリエット?」
ノックスの罵倒にようやく現実の世界に戻ってきたマギリス。
「悪い子にはお仕置きをしないといけないわね。」
「お仕置き、お仕置き、」
「でもこれじゃあ、出来ないわ。拘束を外してくれないと。」
「そうだね、そうだよね。」
ノリノリのマギリスはノックスの手足の拘束を解こうとする。
すかさずマギリスの部下が止めに入ろうとするが、
「うるさい!俺に指図するな!」
マギリスのその一喝で部下たちは萎縮してしまった。
拘束が外れるとノックスはおもむろに防弾ベストを脱ぎ、上着を脱ぎ、Yシャツ姿になった。
「これで動きやすくなったわ。」
そんなことを呟く彼女の姿にマギリスは頬を染める。
「で、あんたのことだから用意してあるんでしょ?」
何をとは言わないが、それでもマギリスには全てが伝わったらしく、無言で会議室を指差す。それを確認したノックスは会議室へと足を進める。そのあとにマギリスも揚々として続く。
二人が会議室に消えてしばらくすると、何かがしなる音に続いてバチンという何かを叩いた効果音。そして、
「ふぁぁぁあ」
という何とも表現しがたい男の声。
「誰が声をあげて良いって言ったの?」
会議室の中でどんなことが起こっているのか、つい想像してしまったマギリスの部下たちは、皆複雑そうな顔をしていた。
「あんな上司を持つと大変だ。」
呑気につぶやいたのはエルフォードだけだった。
「ところで俺たちが入って来てから何分経った?」
突然思い出したようにエルフォードが聞いた。
「今更何だ。」
「そろそろ人質が解放されないことを不審に思う頃だな。」
「ハッタリに決まってる」
「外を見てみろよ。」
エルフォードの言葉にマギリスの部下たちが外を覗き見る。
「さっきより入口に捜査員が集まっているぞ」
「あれ何の隊だ?見たことのない色のヘルメットだな?」
窓を覗く男たちは動揺したように、口々に外の様子を伝える。
「そりゃ、字の入っていない、白のヘルメットだろ?」
エルフォードが聞くと男たちは驚いたような顔で頷く。
「あえて色も字も入れないヘルメットは特殊隊のもんだな。」
「騙されるな!特殊機動隊のものはそんなんじゃない」
「だから、特殊機動隊じゃなくて、俺たちとは別系統で動く特殊隊。詳しくは俺も知らないし、半分くらい都市伝説みたいなもんだ。だがこの銀行は多くの政治家がメインバンクにしているようだし、そっちから手を回されたんだろう、きっと。」
ペラペラと話すエルフォード
しかし事実、特殊隊など存在しないし、白のヘルメットの正体はノックスの指示でチャーリーが用意したヘルメットを捜査官に配って被らせているたけだ。
そうとも知らず、男たちの間には動揺が広がる。
「人質は解放することを勧めるよ。元々マギリスが彼女の気を引くために留めておいただけだろ、このままにしててもお前らにデメリットはあっても、メリットはない。」
そうして男たちはまんまとエルフォードの口車に乗せられた形で、人質を解放した。
人質が居なくなって閑散としているロビーホールにエルフォードの声が響く。
「いいなぁ、マギリスだけずるいなぁ。俺も構って欲しいなぁ」
するとそれを合図に、すぐさま会議室からノックスが出てきた。
「ご苦労!」
「さっさと片付けましょう。」
「そうだね。外の奴らもやきもきしている頃だろうし。」
そしてエルフォードはいつの間にか自らで手足の拘束を解き、立ち上がる。
それを見た男たちは2人に銃を向けトリガーを引こうとするが、それより先に室内の照明が消える。監視システムに侵入し室内の様子を見ていたビクターがタイミングよく、照明を落としたのだった。
男たちの視界は闇に覆われ、目が慣れるまでは銃は使えない。
だが一方でエルフォードとノックスはもうすでに動き出していた。
隠し持っていた暗視ゴーグルのおかげで相手の動きは丸見えだった。
それからはあっという間の出来事で、無防備に立ちすくんでいる男たちを次々に薙ぎ倒していく。男たちは状況を理解する間も無く、冷たい床に平伏すこととなる。
「終わったかな」
「終わったわね」
そう二人が呟くとこれまたタイミング良く照明がつく。
一安心したことで心なしかノックスの口調が解ける。
「人質を逃がすまでに時間掛かりすぎ。おかげで奴の気持ち悪さに冷や汗でびっしょり。」
「そりゃすまなかった。まあ良い眺めではあるけど、これから入ってくる捜査官には目の毒だな。」
ノックスは額には汗が浮かんでいて、上着を脱ぎ薄着になっていることもあり、汗で下着が透けて見えそうで見えないというなんとも美味しい姿であった。
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事件の後始末に捜査員が忙しなく動き回る中、長いブロンドを靡かせた美女が現場に現れた。
彼女の足は真っ直ぐに、この事件の殊勲賞である2人の元へ向いていた。
「新しい催眠弾を試したかったのに、残念ね。」
「げ、ケベック、来ていたのかよ。」
「あらベッキー、来ていたのね。」
聞こえてきたその声に意図する言葉は同じでも、2人はそれぞれ異なった反応を見せた。
「まぁ2人とも、それじゃまるで私が職務に怠慢みたいじゃない!失礼しちゃうわ」
「そんなことないわ、ベッキー。わざわざどうしたの?」
「あの変態マギリスって聞いたから心配になっちゃって。大丈夫だった?変なことされなかった?」
ブロンドの美女はノックスの身体に異常がないか心配な様子。
「大丈夫よ。開始五分で伸してやったわ」
「とか言って結構ノリノリだっただろ、SMプレイ」
からかうようにエルフォードが茶々を入れる。
「班長にもそっちの気があったとは、驚きました。」
「まぁデルタったら!そういう目でジュリエットのこと見てたのね、いやだわー」
そう言ってケベックはエルフォードの視線から隠すようにノックスに抱きつく。
「違う、断じて違う!っていうか彼女から離れろよ、ケベック。」
「もうベッキーって呼んでって言ってるじゃない。」
ノックスから離れたその人は怒ったように言うが、そんな表情もまた美人を引き立たせていた。
「誰が呼ぶか!俺はお前を女だとは決して認めん!」
実はこのブロンド髪の美女、ガーディアン局開発部、名前をケベック・ランドルフ。
見かけこそ、すれ違う者の目を引く美女だが、性別上では男である。
「まぁいいわ。」
今度はランドルフはエルフォードに近づき、耳元に口を寄せる。
「やれならやってみなさいよ、デルタ。」
エルフォードの顔がみるみる歪んでいく。
「また遊びに来るわ〜」
去って行ったケベックの背中を睨みつける
「どうかされましたか?」
なおも顔をしかめているエルフォードに首を傾げるノックスの口調はいつものものに戻っていた。
「いや、何でもない…撤収作業も終わったようだ、戻ろう…」
歩き出したエルフォードの様子を不思議がりながらも後に続くノックス。
2人が車両に戻るとすでにプレストンと双子の兄弟が揃っていた。
「お疲れ様でした」
「「お帰りなさい!」
こうして銀行立て籠もり事件は幕を閉じたのだった。
1話 銀行立て籠もり事件編でした。
ガーディアン局は仕事内容は警察のようですが、階級や士官学校がある点で軍に似ている組織という設定です。
特殊捜査課は遊撃の役割をするので、基本なんでもやります、やらせます。
補足でした。