僕のご主人様
君から全てを奪ったこと、謝っても許されないことは知っている。
憎まれても、恨まれても、蔑まれても、それでも僕は君に愛されたいと願っている。
でも、どうか、どうか、僕を許して。
君の笑顔がまた僕に向けられることを、ずっと夢見る。
これは僕の昔話。なずなが生まれるまでの過ごした日々。
鬼ヶ原家、鬼屋敷家、鬼夜家は鬼族の中で忍の名門御三家一族と言われていた。
その跡継ぎである鬼ヶ原家の海兎、鬼屋敷家の鰍、そして鬼夜家の氷鏡。
三人は同じ年であり、優秀な忍として育った。同じ村で育ち、幼馴染ということもあり、三人の仲はとてもよかった。
そして今から十二年前、海兎たちはまもなく十四歳になる。いずれ鬼族の元服を迎える。その前に修行の一貫として妖宝家に仕え始めた。
美しい当主、幽月に「今日からあなたたちは私の影となり、妖宝家を守る忍となりなさい」と命じられ、三人は何があっても命がけで守ると誓ったのだった。
何より海兎はその当主の幽月に惚れた。所謂、一目惚れ。
旦那である夜桜がいても、海兎は幽月に惚れてしまったのだった。
妖怪としても上であり、年齢でも上、力として上である彼女に恋心を抱いてしまう。
何よりも彼女の瞳に惹かれていた。
青い青い優しい青空のような瞳。惹きつけられて目を離せなくなる。
初めてその瞳に僕が映ったとき、僕は一瞬にして彼女の虜になった。
感情が昂ぶって赤色になった彼女の瞳は、全てを染めるような赤色さえも僕を魅了して止まない。
これが叶わぬ恋だとわかっていた。この思いは誰にも告げず、密かなものにすると思っていた。
しかし彼女はそれをわかっているのか、海兎を弄ぶように好意があるかのように接する。
子ども扱いをしておきながら、男として接する彼女。
妖しく微笑んで、悪戯に口づけをする彼女。熱を持った瞳で僕だけを見つめる彼女。
「夜桜がいなくて寂しいの…」と甘い声音で優しく、僕の耳元で囁く彼女。
罪悪感と背徳感に苛まれながら過ごした、夢のような一夜。
それに何度苦しんだことか。それでも彼女への思いは募るばかり。
そんな思いを抱きながら海兎は彼女の元で働くのだった。
ある日、僕の傍らで溜息を吐きながら主人である幽月は呟く。
「…つまらないわぁ…。」
とても美しく長い金の髪。空より海より蒼い瞳。真珠のように白が映える肌。
彼女には夫の夜桜と禁忌と謳われる双子の娘、燐華と鈴香がいた。
しかし、夜桜は今はあちこちの一族の国々と同盟を組む為、今は外出していた。
娘達は、幽月に一切会わずに同じ屋敷に過ごしている
すると、彼女は海兎に近づき、するりとその白い指で海兎の頬をなぞる。
「どうなさったのですか?幽月様。」
「海兎…。暇でつまらないのよ。外で何か見ようかしら。」
その青い瞳で彼女は海兎を見つめる。それから妖しく微笑み、抱き付く。
「それとも…ねえ…海兎ぉ。今日も、遊ばない?」
「…僕は、その、貴女のただの下僕なんですよ、そんな…。それに夜桜様に怒られてしまいます。」
「つまんない子ね…。私はあなたのことを気に入ってるのに…ふふ。私、拗ねちゃうんだから。」
「なっ…!幽月様!」
海兎がそう答えると幽月がつまんなさそうにし、拗ねて海兎の反応を楽しむ。
拒み続ける海兎に諦めたのか彼女はダルそうな体を起こし、立ち上がる。そして肌蹴ていた着物を着直す。
「ちょっと、外に出かけるわ。お前は影で私の傍から離れないこと。いいわね。」
「承知いたしました。」
そして幽月は自分の屋敷から出て行ったのだった。




