主人公(仮)と異世界
圭介が目を覚ますと山吹色の草原の真ん中で仰向けに倒れていた。
(草むら……)
圭介が回らない頭で考えても何も分からなかった。
上半身を起こして身の回りを見渡す。見知らぬ風景が広がっているだけであり、決して駅のホームや線路、電車があるようには見えない。どこまでも広がる草原と小高い丘、そして遠くに見える山々。
圭介は起き上がりコートについた土や草を叩き落とし、鞄を手に取り立ち上がる。携帯を開くと待ち受けには『圏外』の二文字。そして、『新着メール1件』と表示されている。回らない頭で無意識にメールをチェックする。
『
送信元:***
件名:無題
本文:ようこそ私の箱庭へ
』
というものだった。
圭介にはメールの内容がよく分からなかった。圭介が想像する箱庭といえば、ゲームの世界でキャラクター達が生活する壁に仕切られた小さな世界のことだった。
回らない頭のまま少し小高い丘へと登る。すると、石造りの市壁に囲まれた街が見えた。壁は長年そこに存在したのか日焼けをしており、所々に草が生えていた。圭介が臨む市壁の一箇所に門があり、門衛が四人いた。
小高い丘を下りながら、何を話すか、尋ねるか、考える。
「すみません!」
圭介は門衛の一人に声をかける。
こちらを視野に収めた衛兵さんがこちらへと近づく。
「なんだ?」
「尋ねたいことがあるんですが」
「なんだ?」
兜でこもった女性の声だった。
「ここはどこですか?」
「なんだ、迷い人か」
女性の衛兵は四人のうちの一人の衛兵に合図を送る。
「ウリク、こいつの相手をしてやれ」
「はい!分かりました!」
今度は少年のような声が聞こえてくる。
「では、こちらに来てください」
ウリクと呼ばれた少年声の門衛は圭介を詰所に案内する。内部も石造りで少し薄暗い。
圭介は詰所の一室に通され待つように指示され、それに大人しく従った。
「座ってお待ちください。ちょっと地図を探してきますから」
ウリクという名の門衛はそう言うと部屋を出る。隣の部屋からはガソゴソと漁るような音が聞こえてくる。
圭介はめられた椅子に座り部屋の内装を見渡す。
部屋全体は意外にも小ざっぱりとしていて、机と椅子が置いてあり、机の上には残り少ないロウソクが備え付けられているだけだ。
体感にして2,3分、門衛が兜を脇に抱えたまま一枚の折りたたまれた古い紙を持って戻ってきた。兜を外した門衛の顔は中性的な顔立ちで、少し青みがかった髪をしており、不自然な寝癖のような跳ね方をしていた。圭介は兜を被って髪に変な癖がついたのだろうと思った。
「お待たせしました。これがこの周辺の地図になります」
地図を開きながら、向かいの椅子へと座る。
「ココが現在地のノギスです、そしてこちらが―――。」
説明を聞いても地名が全然分からなかった。地名に心当たりがないか考えながら視線を上げるとウリクの髪が不自然に動いていた。自然と手が伸び、髪に触れる。
「っ!?」
驚いたウリクは思わず跳ねてしまい、机を大きく蹴り上げてしまった。その机は圭介の顎を強打し、圭介は意識を失った。
「オイ、こいつが何かしたのか?」
「あ、ユニさん。ボク、耳を触られて……ビックリして、あの、机がこの人に当たって……」
ユニと呼ばれた門衛は圭介の意識がないのを確認する。
「……とりあえずベッドで寝かせておくか」
そう言うと、ユニは圭介を持ち上げ、留置場のベッドに寝かせる。
「ユニさん。この人、どうすればいいんでしょうか?」
「とりあえず、本業の門衛に聞くしかないだろ。私達は頼まれて身代わりになってるだけだしな」
ユニはそう言いながら留置場から出て詰所に戻る。ユニは椅子に座り、足が何かにぶつかるのを感じた。
「これは……ああ、あの迷い人の持ち物か。……とりあえず、検査だけはしておくか」
「いいんでしょうか? 勝手に中を見ても」
「構わないさ。どうせ街に入るには検査しなきゃならないんだし」
そういいながら圭介の鞄を探る。
「ん? これはどうやって開けるんだ?」
ユニは初めて見る機構に頭をかしげる。ファスナーだ。簡単な機構のためスライダーを摘み、左右に開閉することができた。ウリクの目の前のため、冷静に中身を見聞するが、ユニはスライダーで開閉する不思議な感覚をもう少し味わいたいと思った。
「これは……本でしょうか?」
ウリクは恐る恐る触れる。統計学の教科書だ。
「たぶんそうだろう。それにしても凄い製本技術だな……。」
ユニは少し大きい青い表紙の本を手に取る。機械工学便覧だ。
「彼はもしかして、これを売るために街に来たのでしょうか? それとも技術を広めるため?」
「詳しくは分からないが、目が覚めたら聞いてみよう。少し興味が湧いた」
2013年6月27日 改訂