チェンジリング・リング
誰も幸せになれない輪の中で、
妖精は無邪気に笑い、隠者は悲しく微笑み、赤子はすくすくと育つ。
そしてまた、輪は廻る。
昔あるところに一匹、もしくは一人の妖精がいました。
彼、もしくは彼女はいつも仲間と一緒に森の中を飛んだり川で水浴びをしたり、そして時々人間の村まで行っていたずらをしたりしました。
そんなある日、妖精は人間の赤子を見つけました。
抱きかかえる両親の手の中ですやすやと眠る赤子を、やさしく見守る父親と母親を見て、妖精は自分も子供を育ててみたいと思いました。
しかし、妖精は子を産みません。妖精は妖精の里にある古い巨木から大人の姿で産まれるからです。
それから妖精は仲間と遊ぶのもやめて、毎日赤子を見に人間の村まで行きました。
眠る赤子、泣く赤子、そして笑う赤子を見ているうちに、妖精は赤子を愛する気持ちを抑えきれず、とうとう妖精は赤子を抱いて自分の家につれて帰ってしまいました。
妖精の家に着いて最初は眠っていた赤子でしたが、しばらくすると泣き出してしまいました。
子を育てたことの無い妖精には、赤子がなぜ泣いているかが解りません。
妖精は子供を抱えて、森の奥に住む世捨ての隠者の元を尋ねました。
隠者はたちどころに赤子を泣き止ませて、妖精に赤子を育てる方法を教えました。
しかし隠者は妖精に、赤子が赤子であるうちに、両親の元に返すように言いました。
妖精はその言葉を頑として聞き入れず、隠者から教わった方法と、それでも分からないことは自分の知恵で赤子を育てました。
数年経つと、すくすくと育った赤子は、元気な少年になりました。今は森の奥に住む隠者にいろいろなことを習っています。隠者の家にはたくさんの本があるので、覚えることはたくさんあります。
ある時隠者に、人は人の親から生まれ、自分は人であることを教わりました。
少年は自分に本当の両親がいることを知って、会いに行きたくなりました。
次の日少年は朝早く起きて、妖精が寝ている隙に家を抜け出し、本当の両親を探しに行きました。
遊びなれた森を抜け、朝早く家を出たのに、少年が人里に着いたときにはお昼過ぎでした。
少年は村の家々を少し覗いては、自分の両親はどこだろうと探しました。
一つ一つ見ていくとそのうち、小さいながらも笑い声が聞こえてくる家を見つけました。少年が中を覗いてみると、中には粗末な机を囲んで食事を取る親子がいました。
少年はその親子を見て一目でその親子が自分の両親と分かったのです。
そして、ならばその二人の間で食事をしている男の子は自分の弟だろうか。
少年はその光景を見て、最初は嬉しかったのですが、だんだん悲しくなってきました。
その親子があまりにも幸せそうだから。
その光景があまりにも素晴らしいから。
そこに自分が入り込む間など無いから。
少年は何も言わず、家に背を向け帰っていきました。
今日の出来事を隠者に相談しようと、少年は隠者の家を訪ねました。
隠者の家に着いて少年は驚きました。隠者が妖精に殺されていたからです。
妖精は隠者を絞め殺した長い指で少年を指差すと。
こいつはお前に余計なことを教えたから殺した。お前はもう私の子供ではない、お前などもう知らない、どこかへ行ってしまえ。
そう言って妖精は姿を消してしまいました。
居場所を失った少年は、死んでしまった隠者の墓を掘り、自分は隠者の小屋で暮らすことにしました。
かつて隠者が育てていた畑を耕し、時々獣を狩る。夜は小屋にあるたくさんの本を読んで勉強をする。
そうして何十年も暮らしているうちに少年は年を取り、この小屋の持ち主だった隠者と同じくらいの年になりました。
そんなある時、泣く赤子を抱えた妖精が家を訪ねてきました。
少年だった隠者は、赤子を泣き止ませて育て方を教えた後、悲しく微笑んで、妖精に赤子を元の場所に返すように言いました。
fin.
あとがきと作品解説
小説というより絵本みたいな作品だ、と見せた友人に言われて、
あ、やっぱり? と返した私は半分は確信犯。もう半分は愉快犯だと思います。
このお話はヨーロッパの昔話、伝承、おとぎ話などを調べていた時に見つけた、『changeling』妖精が人間の赤子と自分の赤子を取り換えるという話を知った時に思い付きました。
ワリと不条理な作品になったのは、私の妖精に対するイメージや解釈の結果です。
妖精=自然の擬人化。と解釈し、大自然の権化ならば不条理で理不尽で然るべきだ。と思ったからです。