Chronicles of Nostalia 〜黄金は灰に、栄光は涙に消えて〜
【EP.1 Prelude of Nostalia~薔薇と黄金の国、あるいは眩しき終焉の始まり】
黄金の月が天幕を濡らし、白絹のドレスが旋律に合わせて可憐に翻る。
「ご覧ください、リア様。今宵のノスタリアは、まるで神の祝福そのものです」
老臣の誇らしげな声に、18歳を迎えた第一王女リア・ド・ノスタリアは柔らかな笑みを返した。
『薔薇と黄金の国』——人々はノスタリアをそう称える。常春の温床が生み出す咲き誇る薔薇と、広大な鉱山がもたらす無尽蔵の黄金。幾重もの重厚な城壁と肥沃な大地に守られたこの王国は、建国以来四百年もの間、戦の惨禍とは無縁の「地上の楽園」であり続けていた。
「まあ、リア様……まるで夜風に揺れる、可憐な白薔薇のよう」
側添いの女官たちが吐息混じりに感嘆を漏らす。
大理石の床に滑り込む月光の下、リアが軽く裾を持ち上げてステップを踏めば、幾重にも重なるシルクが美しくしなやかな放物線を描く。臣下も貴族も杯を掲げ、その麗しき舞姿に酔いしれていた。
(ああ、なんて温かくて、満ち足りた夜なのでしょう)
玉座から見守る愛する父王の穏やかな微笑み。母后の優しい眼差し。そして会場を満たす、自分を慕う民たちの惜しみない歓声。
リアは細く繊細な指先でグラスを傾け、眩いシャンデリアの灯りを透かした。巡るワイン、洗練された弦楽の調べ。この世の全ての栄華が集約されたようなこの場所で、誰もが「この幸せは永遠に続く」と信じて疑っていなかった。
しかし——。
(……なにかが、違う?)
次のステップを踏み出そうとした瞬間、リアの背筋を冷たい微振動が駆け抜けた。
彼女の肌が、会場を満たす歓喜の裏側で、微かに空気が「震えた」のを察知する。それは弦楽器の共鳴でも、舞踏の足音でもない。もっと不穏で、重苦しい、地鳴りのような違和感。
(空気が……重い? まるで、嵐の前触れかのような…)
思わず足を止め、リアは視線を大広間の高窓へと向けた。漆黒の夜空の向こう、北の国境線——隣国「ガリア」が広がる暗雲の方向を。
だが、そこにはただ静まり返った黄金の月光が横たわっているだけだった。
(まさか。考えすぎかしら)
リアはそっと胸に手を当て、自らの動悸を鎮めるように息を吐いた。ガリアとは長年、形式的な停戦協定が結ばれている。何よりここは鉄壁のノスタリア。破滅の足音など、届くはずもない。
気のせいだわ。今はただ、この愛しい国と民とともに、宴を楽しむ刻——。
不吉な予感を振り払うように、リアは再び完璧な微笑みを口元に浮かべた。そして鍵盤へと歩みを進め、指先を滑らせる。
彼女自身、まだ知る由もなかった。
その微かな空気の揺らぎこそが、三日後に王国を灰燼に帰す、ガリアの電撃的な侵攻——その前兆であったことを。




