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作者多忙につき、2話更新は日曜日、木曜日のみとなります。それ以外の日は1話更新です。

「書き換える? 正気か……!」

「無茶を仰らないでいただきたい。魔王陛下ですら不可能と仰せだったのですぞ」

「無責任な提案は控えていただきたい。現実を直視なさっては?」


 大臣たちの声が、冷たい嘲りと苛立ちを含んで会議卓のあちこちから飛ぶ。だが、その目はどれも、ただ責任を他者に押し付けたいだけの小さな臆病さで曇っている。


 ロエナは静かに全員を見渡した。


 彼らの声の底にあるのは、国を思う覚悟でも、未来を見据える意志でもない。ただ「自分たちは責任を負いたくない」という、愚かで浅ましい恐れだった。


 その時───。

 静寂を切り裂くように、重々しい声が響いた。


「───いや、不可能ではない。破ることは出来ぬが、書き換えることは可能だ」


 会議場の空気が一瞬にして変わる。

 ルクルーシュが椅子から身を起こし、会議卓の上を見下ろした。彼の双眸は、赤黒い深淵のような光を宿し、誰もがその視線から逃れることができない。


「元来、深淵胎の討伐は、バインベルクの聖女と我が魔王家とで折半だったはずだ。……だが、そちらはその歴史を隠し、自らの保身のために真実を闇に葬り去った。愚かしい虚飾だな」


 その声には嘲りと哀れみが交じる。

 大臣たちの顔が次々と青ざめ、椅子の上で小さく身をすくめる者もいた。宰相が意を決したように口を開く。


「し、しかし……そのような伝承、我々の記録には残っておりません!魔王陛下のご主張だけで、そう簡単には……」


 その声は震え、最後には消え入るように小さくなった。ルクルーシュはわずかに唇の端を吊り上げ、冷ややかに応じる。


「人間というものは、自らに都合の悪い真実を、実によく〝忘れる〟生き物だ。だが、歴史の重みは消えはしない。五百年分の沈黙が、今ここに積み上がっているだけの話だ」


 会議卓を囲む者たちは、誰一人として反論できず、重苦しい沈黙が広間に満ちていく。

 王はうつむき、宰相は掌に汗を握る。まるで、長い間閉ざされていた古い棺が今、音を立てて軋み始めたかのようだった。


 その空気を切り裂くように、ヴィルヘルトがゆっくりと椅子から立ち上がる。


「……ならば、いまこそ手を取り合うべき時ではないでしょうか」


 ヴィルヘルトの声は、よどみなく、しかし決して強圧的ではない。その語調には揺るがぬ誠実さと、王子としての揺るぎない覚悟がにじんでいる。


「五百年もの間、魔国が深淵胎の脅威を抑え続けてきてくれた。その事実を、私たちバインベルクは決して軽んじてはならないと思うのです。今ここで、責任から目を背けては、王家の名が泣く───そう信じています」


 ヴィルヘルトはもう一度、会議卓を囲む全員の目を見た。


「……バインベルクにも、協力する義務があります。我が国は過去の過ちからも逃げず、魔国と共に未来を選び取るつもりです」


 その言葉は、誰よりも静かに、けれど確かに会議場の重い空気に一筋の光を落とした。

 大臣たちは驚いたように顔を上げ、一部はわずかに瞳を潤ませる。王は、己の息子の姿に初めて王の片鱗を見たような表情を浮かべていた。


 ロエナはそっと微笑む。その横顔には、ほのかな誇りと優しさが宿っている。


「……ええ、ヴィルヘルト殿下のおっしゃる通りです。制約の書き換え、その実現のために、バインベルクも、魔国も、ともに手を携えましょう。それこそが、これまでの沈黙と偽りを越えて───新たな未来への、第一歩となるはずです」


 ヴィルヘルトは、ロエナの横顔を一瞬見つめ、どこかほっとしたように深く息をつく。

 緊張で強張っていた背筋を緩めると、静かに椅子に座り直した。その肩には、先ほどまでの重圧がすこしだけ和らいだ色が見て取れた。


 会議卓を囲む大臣たちの間にも、わずかなざわめきが生まれる。

 誰もが、この場が確かに転換点を迎えていることを、言葉にせずとも感じていた。


 そして、沈黙の中───。


 ルクルーシュが、まっすぐに玉座の主を見据え、低く、重々しく問う。


「……バインベルクの王よ。貴殿は、どうお考えかな?」


 その言葉には、揺るぎない威厳とともに、どこか試すような響きもあった。


「この国の、いや、人と魔が歩む未来は、すべて貴殿の決断にかかっている。───我らが歴史の、その重さを、どう受け止めるのか。ここで、示していただこう」


 王の前には、誰も座っていないかのような静けさが流れる。

 彼の掌の中には、重く古びた制約の羊皮紙。その視線は、書かれた古の言葉と、会議卓を囲む者たちの決意の顔、そしてルクルーシュの赤い瞳の間を、何度も往復する。


 大臣たちは固唾を呑んで見守り、ヴィルヘルトもロエナもただ静かに王の答えを待った。


 王はそっと目を閉じる。

 王冠の重み、責任、そして長く続いた沈黙と偽り───すべてを静かに受け止めるように、深く息を吸い込む。


 やがて、ゆっくりと顔を上げ、王座から会議卓を囲む者たちを見渡した。ルクルーシュの紅い瞳、ヴィルヘルトの誠実な眼差し、ロエナの澄んだ微笑み───すべての視線が、いま王だけに注がれている。


 王は、低く、しかし確かな声で宣言した。


「……よかろう。この制約を書き換えること───それを、王として、バインベルクの意志として認めよう」


 一瞬、会議場全体が静まり返る。

 その重みを噛み締めるように、誰もが声を失う。やがて王は、静かに続けた。


「五百年もの間、我らが隠してきた真実。その報いを今、我が身で受ける覚悟はある。魔国の王よ───貴国と共に、この国もまた責任を背負い直そう。未来のため、そして両国の民のために」


 王の手は羊皮紙をしっかりと握り締めていた。その手の震えは、恐れではなく、覚悟の証だと誰もが感じ取った。

 その姿に、ロエナは胸を撫で下ろし、微かに安堵の笑みを浮かべた。ヴィルヘルトもまた、父王の姿をじっと見つめ直し、誇りと敬意の色をその瞳に浮かべている。


 その時、重々しい椅子の音を立てて、ルクルーシュがゆっくりと立ち上がった。


「……英断に、心から敬意を表そう。バインベルクの王よ」


 彼は静かに歩み寄り、躊躇いなく手を差し出した。国王もまた、その手をしっかりと握り返す。二人の王の手が強く結ばれるその瞬間、会議場の空気はぴんと張り詰めた緊張から、一瞬だけ安堵と希望の光が差し込んだかのように和らいだ。


 ───ルクルーシュの魔法によって、新たな制約が羊皮紙に刻み込まれていく。


 深淵胎を抑える役目はこれまで通り魔国が担う───しかし、今後一定期間、急増した深淵胎の討伐は、バインベルクと魔国とで責任を等しく分かち合うこと。そう明記された新たな契約文が、静かに光を帯びて浮かび上がった。


「……ふむ、確かに」

 

 ルクルーシュは慎重に契約文を読み終えると、その指先で羊皮紙の端を軽くなぞり、静かに頷いた。そして契約書を傍らのウォロへと手渡す。その所作ひとつとっても、王としての威厳と優雅さが漂っている。

 

 彼は再びバインベルク国王のもとへ歩み寄り、改めて握手を交わした。硬い約束と未来への祈り、そのすべてをその手のひらに込めるかのように。

 

「両国の発展と平穏のために、これより新たな歩みを共にしよう」

 

 低く響く声に、場の空気がまたひとつ引き締まる。その瞬間、国王だけでなく、会議場にいる大臣や貴族たちの顔にも安堵の色が浮かんだ。

 

 ふと、ルクルーシュは静かにその視線を横へと向ける。そこには、未だ緊張を拭いきれぬヴィルヘルト。


「……重ねてになるが、今回の賢明なる決断、心より感謝申し上げる。バインベルクの王───そして、将来を担うお方。ヴィルヘルト次期国王殿下」


 ルクルーシュが、堂々たる声でそう告げた瞬間、会議場はまるで雷鳴が落ちたようにざわめき立った。大臣や宰相たちがざわめきを抑えきれず、王も驚いたように眉を上げる。


 ルクルーシュは揺るぎない仕草で深く一礼した。その礼は、決して嘲りでも虚勢でもない。真摯な敬意の表れであり、その言葉ひとつで、場の空気が一変するほどの力があった。


 不意に自分が名指しされ、次期国王と呼ばれたヴィルヘルトは、目を丸くして狼狽える。


「ま、魔王陛下!お戯れを……!私はそのような立場では……!」

「おっと、これは失礼。どうも私は気が早いものでね」


 ルクルーシュの声音には冗談めいた軽やかさの中にも、確かな信頼と含みが滲んでいる。


 頰を紅潮させ、慌てているヴィルヘルトの隣で、ロエナは思わず口元を押さえていた。笑いを堪えきれず、肩が震える。これほど多くの要人と国王の目前で、ヴィルヘルトを〝次期国王〟と呼び上げ、しかも公然と称賛の言葉まで贈ったのだ。


 ───ルクルーシュ、なんて鮮やかに場を動かしてくれるの。


 ロエナは隣に座るルベルトの表情をそっと盗み見た。


「ッ〜〜〜……!」


 その顔には、屈辱と怒り、そして焦燥が渦巻いていた。唇を強く噛み締め、こめかみに青筋が浮かんでいる。自分こそが正統な王位継承者───そう信じて疑わなかった男の誇りが、たった一言で脆くも崩れ落ちていくのが分かった。


 ああ、ずっと見たかった。この瞬間!この顔!


 ロエナは胸の奥で叫ぶ。



 ───上出来よ!ルクルーシュ!



 彼女の頬に、密やかな勝利の笑みが浮かぶのを、誰にも気付かれることはなかった。






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