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 森の湿った空気を背に、ロエナたちは教会の前へと歩を進めた。すると、ほんのひとときの静けさを破るように、エリシャが駆け寄って来た。


「あっ!ロエナ様!ウォロくん!ご無事で良かったです!」


 その声は、ほっと緊張を解かれた子どものように弾み、潤んだ瞳の端には確かな涙の光が揺れていた。安堵と喜び、そして心配が溶け合った笑顔。


「エリシャの加護のおかげよ。ありがとう」


 そう言ってロエナが微笑むと、エリシャははにかみながら頬を赤らめ、小さくうなずいた。どこか誇らしげに、けれど少し照れているような表情───自分の力が役立ったことに、幼い子どものような無垢な嬉しさを滲ませている。


「村の方々は?」


 ロエナが問えば、エリシャは真剣な表情に戻る。


「はい、皆さんには広場の教会に避難していただいてます」

「そう。じゃあ、みんなのところへ向かいましょうか」


 ロエナがそう言って前を向くと、隣に立つウォロがわずかに息を呑む気配がした。


「本当に行くのか……?」


 ウォロの声はかすかに揺れていた。その紅の瞳が、ちらりとロエナを見上げる。恐れるのは無理もない。彼は、ただの少年ではない。魔族───その出自ゆえ、どれほど理不尽な偏見を浴びてきたか、ロエナには想像することしかできない。


 ロエナはそんなウォロの不安を包み込むように、そっとその手を取った。自分の手の温もりを伝えるように、しっかりと握る。


「もちろん。ウォロも、言われっぱなしは嫌でしょう?」


 柔らかく微笑みかけるが、その瞳の奥には決して揺るがぬ意志が宿っていた。



 怒号が嵐のように吹き荒れ、怯えや敵意が入り混じった視線が一斉にロエナとウォロに注がれる。何人もの村人たちが身を寄せ合い、壁際へと下がる者もいる。教会の狭い空間は、息苦しいほどの緊張で満たされた。


 ウォロは思わず一歩後ずさる。だが、ロエナはその肩をそっと支え、毅然とした態度で一歩前へ進み出た。彼女の背筋はすっと伸び、ひるむ様子は微塵もない。


「皆様、どうか落ち着いてください」


 ロエナの声が教会中に静かに響く。その柔らかくも断固とした口調は、荒れた空気を鎮める波紋のようだった。


「村の異変は、彼の仕業ではありません。むしろ、村を守るために力を尽くしてくれたのです」

「な、何を馬鹿な……!そいつが元凶じゃないのか!さっきの揺れだって───!」


 村人の一人が声を荒げると、それに同調するように周囲からも疑念の声が上がる。だがロエナは一切怯まず、冷静なまま言葉を続けた。


「裁きには、証拠が不可欠です。思い込みや恐怖心だけで人を断罪するのは、決して正しい行いではありません」


 ロエナの瞳はまっすぐ村人たちを見据え、揺らぐことなく静かな炎を灯していた。


「魔族という出自だけで、この青年を異変の首謀者と決めつけることはできません。では、伺います。この場にいるどなたか、彼が村の異変を引き起こしたとする確固たる証拠をお持ちでしょうか?」


 沈黙。誰もが互いの顔を見合い、言葉を失う。


「噂や憶測ではなく、事実として証明できるものです。村の皆さんが本当にこの青年を責めるつもりなら、当然その証拠をお持ちなのでしょう?」


 ロエナの言葉は静かながらも重く、村人たちの心に真っ直ぐ突き刺さる。人々は押し黙り、誰ひとりとして名乗り出る者はいなかった。ただ、戸惑いと困惑、そしていくらかの良心の呵責が沈黙の中に浮かんでいた。


 ロエナは、その空気を逃さず続ける。


「……あらあら。では、こちらが証拠をお出ししますわ」


 ロエナは村人たちに向かって優雅な微笑を浮かべてみせた。やわらかく首を傾け、そっとエリシャへと視線を送る。


「エリシャ、ウォロに加護をかけてあげて」


 その一言に、教会の中がざわめきに包まれる。魔族に聖女の加護を───!?村人たちは信じられないといった顔で互いを見交わした。敵意と困惑、そして一抹の期待が、複雑に入り混じって空気を震わせる。


「ま、まさか……そんなこと……!正気か!?」

「いくらなんでも、聖女の加護が魔族に通じるはずが……」


 だが、ロエナは臆することなく続ける。むしろ、ひときわ澄んだ声で言い放った。


「心に害意があったり、人を傷つけようとする気持ちがある者には、聖女の加護は施されない。───そうよね?エリシャ」


 ロエナの問いかけに、エリシャは強く、真剣に頷いた。胸の前で手を組み、長い睫毛を伏せる。



 エリシャの祈りが始まった瞬間、教会の空気が一変した。窓から差し込む柔らかな光が、まるで応えるかのようにエリシャの手元へと集まっていく。やがて、その光は一筋の輝きとなってウォロのもとへと流れ込む。


 村人たちは固唾を呑んで見守った。何か恐ろしいことが起きるのではないかと身を強ばらせる者、逆に好奇心と僅かな希望を抱く者。それぞれが息を殺して、ただ祈りの行方を見つめていた。


 だが、加護は拒まれなかった。乱れも反発もない。むしろ、穏やかで温かな光が、静かにウォロの身体を包み込んでいく。痛みも、苦しみも、禍々しいものは何も感じられない。ただ、透明で穏やかな祝福だけが、確かにウォロに降り注いだ。


「……そんな、馬鹿な……」

「加護を受けられたのか……!?魔族なのに……?」


 村人たちの動揺は次第に困惑へ、そして戸惑いへと変わっていく。誰もが、目の前で起きた奇跡のような光景に言葉を失っていた。

 エリシャは静かに手を下ろし、ロエナの方に小さく微笑みかける。ウォロは呆然と自分の手を見下ろし、その手に宿るかすかな温もりを感じていた。


「皆様、私の加護は確かに彼に施されました」


 エリシャの澄んだ声が教会の静寂を切り裂いた。彼女は、幼いながらも聖女としての威厳を漂わせて村人たちを一人ひとり見渡す。その瞳には一切の揺らぎがなく、どんな非難も恐れていないと告げている。


 ざわめきが一瞬にして消え、重い沈黙が空間を支配する。人々の表情には動揺と困惑、そして僅かな諦めが浮かび始めていた。


 ロエナはエリシャの背に優しく手を置き、場の緊張を和らげるようにふわりと微笑む。


「エリシャは、神託を賜った、国に認められた正式な聖女です。その彼女の加護を受けられた───それだけで、彼が無害なのは証明されたのではなくって?」


 誰も、何も言えなかった。つい先ほどまでの怒号や疑念は、信じがたい事実の前にかき消されていく。エリシャの瞳に浮かぶ清らかな光と、ウォロを包む穏やかな気配が、教会の空気を静かに、しかし確実に変えていく。


「さあ!」


 ロエナはパン、と軽快な音を響かせて両手を打ち合わせ、ぱっと明るい笑顔を村人たちへ向けた。彼女の表情には、これまでの緊張や重苦しさを一掃するような晴れやかさがあった。


「この村の危機を救った功労者に、食事と温かい飲み物を。それから、応急手当ての布と消毒液も用意してあげてくださいな」


 一瞬ぽかんとした村人たちだったが、ロエナの言葉が耳に届くと、はっと我に返り、思わず互いの顔を見合わせる。その瞳には、徐々に気恥ずかしさや戸惑い、しかしどこか安心したような色が浮かび始める。やがて、誰からともなく小さく頷き合い、少しずつ、でも確かな足取りで動き出した。


「ろ、ロエナ!急に何を……!」


 ウォロは戸惑ったようにロエナの袖を引く。


「頑張った者が労われるのは当然でしょう?」

「だ、だからって……!」


 ウォロは反論しかけたが、結局その言葉を途中で飲み込んだ。村人たちが自分のために動き出している───その事実が、信じられないというように。


「……いや、ありがとう」


 それでも、ロエナの気遣いに救われたのだろう。ほんの一瞬、ウォロの表情にあどけない笑みが浮かぶ。村で生きてきた年月、ずっと警戒と孤独に満ちていたその顔に、ごく自然な、年相応の子供らしさが蘇る。


「……本当は、少しだけ胸の奥がスッキリしたんだ」


 その呟きは、ロエナにだけ聞こえるほど小さな声だった。けれど、どこか誇らしげで、そして安堵の滲む素直な響き。

 いがみ合いと疑念に満ちていた空間に、ようやく微かな平和の兆しが生まれつつあった。ロエナはその中心で、静かに胸を撫で下ろした。


 今夜は───彼にも、村にも、少しだけ優しい夜が訪れるだろう。






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