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村へ戻ると、ロエナとエリシャにはすぐさま怒号が浴びせられた。ロエナの腕の中にいる魔族の青年を目にした村人たちの顔が、一斉に恐怖と憎悪に染まる。
村の広場に集まった者たちは互いに顔を見合わせては、不安と怒りの言葉を次々に投げつけてくる。
「魔族をこの村に入れるなんて、とんでもない!」
「村で起きた異変も、ぜんぶそいつの仕業に決まってる!」
ロエナは一度だけ小さく溜息をつき、冷静な口調で諭すように言葉を紡いだ。
「皆様のご心配はもっともですわ。ですので、この村で看病させてほしいとお願いするつもりはありません。ただ、せめて清潔な布と消毒薬だけでも分けていただけませんか?」
だが、群衆の反応は更に強い拒絶で返ってきた。
「魔族なんかに使わせてたまるか!」
「そうだ!そいつのせいで村が呪われたんだ、早く追い出せ!」
ロエナは心の中で小さく嘆息する。
やれやれ、これでは話にならない。けれど、彼らを責めることもできない。魔族という存在が、どれほど人々にとって恐ろしいものかは、ロエナにもよく分かっていた。
「皆さん、落ち着いてください……!この方が本当に村の異変の元凶だと、まだ決まったわけじゃありません!どうか、決めつけずに話を聞いてください!」
エリシャが懸命に声を張り上げる。
だが、村人たちはエリシャにすら鋭い視線を向ける。
「聖女様、あなたは騙されているんです!」
「そうだ!悪女と魔族が結託して村を滅ぼそうとしてるに違いない!」
ロエナはその言葉に小さく息をついた。
堂々と侯爵令嬢であり次期王妃のロエナを悪女と罵る無礼さ───本来なら許しがたいが、ここで怒りを見せても愚かなだけだ。
ロエナは目を閉じ、一拍置いてから、毅然とした態度で言葉を返した。
「……では、私たちは村の外れへ移動します。その代わり、エリシャだけはどうか宿で休ませてあげてください」
一瞬、村人たちの間にざわめきが広がった。エリシャが、慌てて口を開く。
「そんな!ロエナ様……!私も一緒に───」
ロエナはエリシャにそっと微笑みかけ、首を横に振る。
「エリシャ、あなたはここに残って、村の人々のためにできることをしてあげて。私は大丈夫だから」
村人たちは沈黙し、互いに顔を見合わせていた。その目はなおも疑念と警戒で曇っているが、ロエナの毅然とした態度に気圧され、誰一人として反論できない。
ロエナは魔族の青年をしっかりと抱きかかえ、静かに踵を返した。
群衆の間を抜けて村を後にするその背中は、決して小さくはなかった。
♦︎
村の喧騒と敵意から遠ざかり、ロエナは村外れの小さな洞窟へと身を移していた。外は夜の帳が降り、森の影がますます濃くなっている。
ロエナは洞窟の入口近くで宿から密かに持ち出してきたマッチを擦り、小枝や枯れ葉を寄せて慎重に火を起こした。パチパチと小さな炎が闇を押し返し、ほんのわずかな暖かさと安堵をもたらす。
焚き火の傍ら、魔族の青年はなおも深い眠りの中にいた。
ロエナは自分のマントを一部裂き、近くの川で汲んできた水に浸して即席の冷却布を作る。額にそっと載せてやると、熱を帯びていた青年の表情が少しだけ和らいだ気がした。
落ち葉を集めて彼の下に敷き詰め、冷たい岩肌から少しでも体温を守れるよう工夫もした。
やがて、静寂を破るように青年がゆっくりとまぶたを開いた。
「……?」
しばらくぼんやりと天井の岩を見つめていたが、やがてすぐに周囲の状況に気付き、上体を起こす。その動きは獣のように俊敏で、警戒心を全身から滲ませている。
赤い瞳が焚き火越しにロエナを鋭く射抜いた。
「……目が覚めたようね」
「っ……人間…!?」
青年は身を固くし、いつでも跳びかかれるよう身構える。その手は無意識に何か武器を探す仕草を見せていた。
「硬い岩の上に寝かせるのは気が引けたから、せめて落ち葉を敷いておいたの。直に寝るよりは、幾分マシでしょう?」
青年はロエナの真意を量るように、さらに鋭く睨む。
「……何が狙いだ。僕を捕らえて、人間どもに差し出すつもりか?」
青年の声には苛立ちと不安が入り混じっていた。ロエナはちらりと彼に目を向け、肩をすくめて見せる。
「いいえ。まさか」
炎の明かりが二人の間に揺れ、沈黙が降りる。ロエナは焚き火の明滅をじっと見つめ、ふっと笑みを浮かべた。
「捕らえるつもりなら、貴方の手足を折って、絶対に逃げられないようにしていたでしょうね。それこそ看病なんて、するわけがないでしょう」
青年は一瞬、息を詰めた。
冗談とも脅しとも取れる言い方だが、ロエナの瞳には戯れの色はない。淡々と事実を述べているだけだと、否応なく伝わってくる。
ロエナは肩をすくめるようにして、続けた。
「だから安心して。そもそも、わたくしは村から追い出されてきたのよ」
「……追い出された?」
青年は思わず眉をひそめた。赤い瞳に、困惑の色が浮かぶ。
「ええ。本当は、村の清潔なベッドで休ませて、ちゃんと手当てをするつもりだったの」
ロエナは焚き火に小枝を放り込みながら、どこか皮肉めいた微笑みを浮かべた。
「でも、村の人たちは許してくれなかったわ。魔族を村に入れるなって」
炎がぱちりと音を立てて弾ける。
青年は視線を伏せ、唇を噛んだ。自分の存在が、どれほど容易く人の恐怖を煽るか───それを嫌というほど知っている表情だった。
「……それでも、なぜ僕を助けた」
ロエナはその問いに即答しなかった。
少しだけ考えるように間を置き、それから静かに言う。
「理由は単純よ。わたくしは真実が知りたいだけ」
青年の顔を、まっすぐに見据える。
「あなたは一体、何に襲われていたの?それが聞きたいわ」
その言葉が放たれた瞬間、青年の目がはっきりと見開かれた。
「……!」
焚き火の赤い光が、彼の瞳に映り込む。あからさまな動揺。隠しきれない反応。
ロエナは確信を深め、畳みかけるように、しかし決して声を荒げずに問いかけた。
「教えて。あれは、一体何なの?」
青年は視線を逸らし、低く息を吐いた。
「……人間に、話したくない」
「あら。でしたらお話しする気になるまで、待つことにするわ」
ロエナはふわりと笑った。その笑みは、焚き火の灯りに照らされて、どこまでも澄んでいる。青年はその表情に、もう一度困惑したような目をした。
焚き火の音がぱちぱちと静かに弾け、二人の影を洞窟の壁に揺らめかせていた。
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